第33話 結局は、ブルマか? 短パンか?

 それから私は、気を失ったニグレドを足蹴にしながら眼帯の通信機で状況を伝えていた。

「……えぇ、そういう事で……終わったので……では、宜しく頼みます」

 連絡を終えると眼帯の通信を切り一呼吸を置いた。

「直に貴方の部下がここに到着するそうよ」

「おぅ、悪いな。序でに連絡任せちまって」

「それこそ序でだから構わないわ」

 ふと視線を下げると水面に映った自分の姿が目に入る。そこで漸くフードが脱げている事に気付いた。被りなおそうとしても結っている髪も外套の外へと出てしまっていたので、一度脱いで気直す事にした。


「あー……そうそう」

 外套を脱ぎながら思い出したかのように呟いた。

「……本当なら、コイツニグレドもヒュドラ同様処理してしまおうと思ったけど、それだとそっちが困るでしょ?」

 脱いだ外套を手で払いながら倒れているニグレドを見つめる。

「あぁ、マジで困るな」

「だから生かしておいてあげたわ。骨は何本か折ったけど、別にいいわよね?」

「それは構わないぜ、俺もそのつもりでいたからな!」

 シグルドは高らかに笑っていた。どうやら同じ考えであったようだ。

「……それと、コイツニグレドの態度を見ていて思ったんだけど……」

「ん?」

「他の四人の連中とコイツニグレドは、多分違う関係性だと思うわよ?」

「……何?」

 その発言にシグルドはピクリと反応しこちらを見る。

「こう言ってたじゃない? 「貴様ら」とか「こいつら」とか」

「あぁ! 言ってたな!」

 言う通り、確かにニグレドは他の四人に対して他人行儀な物言いをしていた。

コイツニグレドは雇われたとか、協力関係だとか、そういった立場だったんじゃないかしら?」

「ふむ……なるほど」

「他の四人の方には大本がいると思うわ。コイツニグレドを叩けば何か出てくると思うわよ?」

 外套を再び纏い、フードを被りなおす。

「オーケー」

 シグルドはニヤリと笑った。丁度そのタイミングで、水路の暗闇から複数の足音が聞こえて来た。



 一方、地上の学園では、伝令の兵士がガルニアに事件の顛末を報告していた。

「――と、言う訳で、犯人の確保に成功しました」

「うむ、わかった。ご苦労だ」

「はっ!」

 兵士は足を揃えキリッと敬礼すると、踵を返し戻って行った。早速ガルニアは国王にも先程の内容を告げる。

「――なるほど、あいわかった」

 内容を聞き遂げると、国王は一つ相槌を打ちそっと目を閉じる。

「殿下のおかげで無事に事が済ましたな」

「うむ、見事であった」

 その表情は先程までとは違い柔らかなものであった。



 また、そんな国王を見つめる者が一人。

 遠目であったが、国王の表情が和らいだように見えたのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。

「どうしたの?」

 隣のネルが尋ねてきた。

「ううん、何でもないわ」

「そう? ならいいけど……」

 きっと、何か起こっていた件が片付いたんだろうと思う。

「ところで、イリア本当に来ないね? どうしたんだろう?」

「んー……そろそろ来るんじゃないかな?」

「いやさ……くるのはいいんだけど……」

 そう言いながら、ふと視線をずらし口ごもるネルがいた。



 ――その後、駆け付けてきた兵士達によりニグレドの身柄は拘束され、連行されて行った。また、シグルドは周囲に見落としが無いか? こことは別口で何か仕掛けてないか? と、周辺を調べる為に現場に残る事となった。

 その始終を見届けた私は、そっと踵を返し現場を立ち去ろうとしていたが、そこへシグルドが声を掛けてきた。

「もう行くのか? 今回の報酬の件なんかの話もあるだろうに?」

「それは別にいいわ。私は私の都合であたっていただけに過ぎないから。そこからは貴方の仕事でしょう?」

「……まぁな」

 シグルドは部下の兵士を見ながら答えた。

「それに……」

「それに?」

「私にはまだが残っているから」

 振り返っていた顔を戻し、歩みを進める。

「それじゃ、縁があったらまた会いましょう。

 片手を上げそう言うと、そのまま現場から立ち去って行った。


「ホント、孤高だねぇ」

「……孤高ですか?」

 近くにいた部下がシグルドの呟きが耳に入り尋ねてきた。

「あぁ、孤高だとも。最悪でないって事は、そうでなければ結果はどうであれ構わないって事だ」

「そう……ですね」

 兵士はその返事を少し躊躇っていた。

「という事は、どんなに頑張ってもその努力は報われないどころか恨まれる次第だ」

「そうなりますね」

 シグルドは溜息を一つ吐く。

「けどな、敢えて憎まれ役を買って出てくれる奴がいるからこそ、本当の最悪の結末を回避出来ているって事を理解しなければいけないんだよ」

 言うなれば、ダークヒーローと言う立場がそれに値するだろう。

「だから、孤高なんだよ。気高い人だと思う。まるで、あの方のようだ……」

 そっと目を閉じるシグルドは、その心に思い描く誰かを想像していたようであった。



 一方、地下水路から地上を目指して歩む私だが、その歩みは次第にスピードを増していき、いつしか駆け足へ、そして猛ダッシュへと転じていった。

 私にはがある……

 そう! 魔法大会で汗水垂らしているであろうアンジェたんを写真に収めなければならないという重大なミッションがあるのだからね!

 ……などと、邪な理由であった。

 因みに、閃光弾はカメラを作る際にフラッシュを発する部位に使用した魔鉱石を利用して作った物であった。応用は利くし、使い道もあるしで、序でに作った物にしては理想的だったと言えよう


 駆ける、駆ける、私は只管駆けていた。

 そして、見えるは地上への階段。降りる時から思っていたが、この階段は長かった。上れど上れど地上へはまだ着かない。全力で走っていたので、気分は最悪だ。吐き気もする。血糖値も駄々下がりだ。しかし、こんな事もあろうかと、予め糖分を多く摂取していたので、ニグレドを倒す時も、今現在も倒れるまでには至らずに済んでいた。

 息も切れかかったその時、漸く地上への扉を視界に捉えた。



「あの扉を潜れば……」

 勢いよく扉を開くと、地上から差し込む光に少し目が眩んだ。次第に視界がハッキリとしてくる。そして、視界が戻ると少し違和感を感じた。

 これは……まさか!

 建物の影が目に入った時、私は事の深刻さに気付いた。

 地下へ降りる前の影とは反対方向に影が延びていたからである。つまりは、日が沈み始めているのだ。

「アカーン! 大会終わりそうじゃない!」

 勢いだけで走って来てクタクタの体に鞭打って、そのまま学園のある方向へと全力で駆け出した。


 唸れェェェェェ! 私の宇宙よ! 今こそ輝けビックバン!

 もう何が言いたいのかわからないまま学園へと急ぐ。

「見えた!」

 遂に視界に学園の校門を捉える。

 勢いのまま校門を突っ切ると正面玄関へと激走した。だが……

「にゃっ!」

 なんと、玄関からは生徒が帰宅しているではないか! 思わず変な事を上げてしまった。

 くっ! なんてこった! もう大会は終わってしまったようではないか!

 心は絶望に迫られていた。……だが、私は諦めていなかった。まだ一つの希望が残されていたのだから!

 ……そう! 大会の服装は何なのか! ここ重要です!

 果たして、それはブルマなのか? 短パンなのか? それとも別の何かか?

 それを確かめるべく……そして、写真がダメならせめて脳内フォルダに永久保存よ!

 馬鹿イリアはそのまま玄関口を突っ切り曲がり角を左折する。

「後はこのまま突っ走った先の、左手に見えるは女子更衣室!」

 後三メートル……二メートル……一メートル。

 ……そして、遂に……!


 その時、更衣室の扉がガチャリと開いた。

 しめた! 開いた扉の隙間から一気に突っ込んでやるわ!

 そう思い、扉の方向へと顔を向けたその時……

「――だねぇ……って、あれ?」

「イリア?」

「……へっ?」

 扉から出てきた生徒は、アンジェとネルであった。視界に二人を捉えた馬鹿イリアはそちらに気を取られ、軸足にしようとしていた右足を踏み外し、盛大に捻った。

「ふぎゃ!」

 足を踏み外した馬鹿イリアは走ってきた勢いのまま前へと転がって行き、そのまま壁へと激突する。


「ちょっ! 大丈夫!」

 物凄い勢いのまま壁へと激突した光景を見ていた二人は慌てて駆け寄ってきた。

「着替え……ちゃったの?」

 今まで無理していたのが祟ったのか、顔面蒼白のままアンジェに尋ねる。

「えっ? うん、終わったからね」

 残酷な天使が死の宣告を放ってきました。

「そんな……そんな……」

 酷過ぎる! 譲れない願いを抱きしめたかっただけなのに!

「そんなのってないよぉぉぉぉぉ!」

 今日と言う日に、一つの暗躍と一つの陸でもない野望が潰えたのであった。



 ……いや待てよ? 洗濯の時にチェックすれば、あるいは――

 いつまでも懲りない馬鹿イリアであった。

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