第32話 備えあれば憂いなし

 一方その頃、学園では魔法大会がつつが無く進行されていた。

 大会は円形状の形をしている野外演習場で行われており、見た感じはコロッセウムの様な構造になっている。観客席には大勢の人が集まり、下の演習場では生徒達が各々競技を行っていた。

 また、観客席でも一段と高い位置に存在する来賓席では国王が席に腰掛けていた。国の催し物という事で顔を出しているのである。傍には騎士団長のガルニアが控えている。そんな国王は協議を行う生徒を見守りつつも、表情は硬く内心穏やかではなかった。

 今まさに王都で蠢く事態を既に耳にしていたからである。傍に控えるガルニアも頻りに伝令にくる兵士と話をしていた。


 伝令の兵士から話を聞き終わったガルニアは国王にその詳細を耳打ちした。

「――そうか、わかった」

 話を聞いた国王は目を瞑り一つ頷く。

「私がここを離れるわけにはいかぬしな」

「私も、万が一に備えてここに居らねばなりませぬ故」

「……互いに歯痒いな」

「……ですな」

 二人は正面を向いたまま口を開く。

「今、殿下が向かわれておりますので、我々は待つだけでしょう」

「うむ」

 国王は一つ溜息を吐く。

「……頼んだぞ、シグルド」

 誰に言う訳でもなく国王は呟いた。



 丁度同じ頃、そんな来賓席を見ていた人物がいた。

 遠目でハッキリとした事は判らなかったが、二人が頻りに何かを話しては硬い表情をしていたように思え、気になっていたようだ。

「――そういえばさ」

 隣のネルが話を持ち掛けてきたので、視線をそちらへと戻した。

「全然姿を見かけないんだけど、イリアどこいるんだろうね?」

「……そう言えばそうね」

 気になっていた事と言えば、大会を楽しみにしていた彼女イリアの姿を、今日は一度も見ていなかった事である。この二つの出来事を偶然で片付けていいのだろうか? と……

「……多分、で遅れているんじゃないのかな?」

「それもそうだね」

 それと同時に、彼女イリアがいないならば問題無いのでは? と、思う自分もいた。



 ――その頃、地下ではシグルドはローブの者を睨んでいた。

「さぁどうする? こんなところでもたついてないで、早く解除しに行かないと爆発するぞ?」

 そんな相手の隙を見て飛び込もうと、シグルドが足を少し動かしたその時。

「おっと! 動くなよ!」

 ローブの者は右手を軽く上げ、静止を促した。

「直接起爆させる事も出来るのだ、下手な真似はするんじゃないぞ?」

「チッ!」

 その手は読まれていた事にシグルドは舌打ちをする。

「序でにその手の武器も捨ててもらおうか? そっちの奴もだ」

 武器を捨てるように催促し、二人は渋々武器を前へと投げ捨てた。

「さて、解除に向かうのなら急ぎたまえ。行くつもりが無いのなら道を開けたまえ」

 口元を歪ませ選択を迫るローブの者。その態度に苛立ちを隠せないシグルド。そんな中、シグルドの脇を横切り私は前へと出た。


「その前に、少し話をしましょう」

「何? 話だと?」

「おいおい、こんな時に話ってよ……」

 視線を下に向けシグルドは声を掛ける。

「アイツが何者か知りたくない?」

「解るのか?」

「私の予想している人物通りなら間違いなくね」

「ほぅ……いいだろう。話してみるがいい」

 私のその言葉にローブの者は少し興味が湧いたのか、話を聞く態勢を取った。



「どうせ爆破のタイミングは、大会のクライマックスに合わせてするつもりなんでしょう?」

「そうなのか?」

「えぇ、アイツの口振りからして派手に飾りたがっているのは目に見えて明らかね。そうやって上がる声が楽しいのでしょうね」

「チッ! 愉快犯かよ!」

 増々眉間に皺が寄るシグルド。

「しかし、そのタイミングに確実に合わせてくるとなると、随分と学園の内情に詳しいじゃない? まるで、関係者の様な……ね」

 その言葉に含みを持たせて言う。

「内通者……いや、そもそも初めから潜入していたのか?」

「いいわね、中々鋭いじゃない?」

「って、マジかよ……」

 予想してみたものの、そのまさかであった事にシグルドは溜息を吐いた。


「更にはこれまでの学園での行事で関わった不可解な出来事だけど、随分と特定クラスのみに起こっていたようだけど?」

「あぁ、その話は聞いたぜ」

「ずっと気になっていた所に前回のディルムの件、そこでハッキリとしたわ」

「確か行動がループしてたってやつだな?」

「そう……その中でもう一人、ループしていない人物がいたのよ」

「同行者にいたのかよ!」

「ニグレド・アーベスト教師! アンタよ!」

 左の人差し指を突き付け言い放った。



「ふふふ……ふはははは! そこまで理解しているのなら、最早顔を隠すまでも無いな!」

 そう言うと、被っていたローブのフードを外した。すると、その中からは宣言通りニグレドの姿が現れた。

「テメェ……教師に成りすましていたのか!」

「成りすますだなんてとんでも無い。ちゃんと教師はしていたさ」

「そうね……しか見ていなかったけどね」

「どういう事だ?」

 その意見に同意する私に、それがどういったものか知らないシグルドは尋ねた。

「奴は自身が興味を持つに値する生徒しか見ていなかったのよ。それに値しない者は眼中に無いのよ。寧ろ記憶にすらないでしょう」

「完璧主義者の偏見ってやつかよ、反吐が出るな」

「まぁ、人の顔を覚える量に対して言葉の記憶量には限界があるから、不必要な情報を得ない為の行為とも取れるけど、単に性格の問題でしょう」


 具体的に言えば、顔を覚えるのは右脳の側頭葉深部にある、通称顔認知センターで、顔認知細胞と呼ばれる顔だけを記憶する特別な細胞がある。顔を認識すると、目・鼻・口の三つに反応し、その特徴を記憶していく。その間凡そ0.15秒程で、その記憶量は略無限とされ、街中ですれ違う人の顔までも認知してしまうのだ。

 それに対して、名前を記憶するのは左脳の側頭葉で、そこは名前だけでなく言葉全てを記憶する所なので限度がある。

 また顔と名前を一致させるには、エピソードを加える事でその人物をしっかりと認知できるのだ。エピソードは大脳皮質に貯蔵されており、そこから繋ぎ合わせる事で、顔と名前を一致させるのである。

 この事から、余計な言葉を記憶しない、余計なエピソードを作らない等の処置を施す事により、不要な情報を得ない様にする事は出来る。

 更には魔法で余計な顔も覚えないように認知しないものがあるらしく、完璧にどこにも記憶しない様にする事も可能になるようである。


「しかし、私の事を知っている貴様は何者だ?」

 ニグレドは私の方を見て言った。

「漸く私を見たな」

「……何だと?」

「私はアンタを知っているが、アンタは私を認知していなかった。だから、アンタが私を知るわけが無いのよ。事ここに至って認知したようだが、名前も出てこないだろう?」

「くっ!」

 ニグレドは思い出そうとするも、宣告された通り名前も顔も何一つ覚えておらず、苦い表情を浮かべた。

 その表情を見て満足した私は、ニグレドに背を向け後ろへと下がる。その際、すれ違い様にシグルドに小声で話しかける。

「全て探査が終わったわ」

 チラリとシグルドを見るとその視線が交わる。それを確認すると視線を戻しシグルドの後方へと下がった。



「だが、それがどうした! そんなもの今必要の無い事だ! こちらの優勢なのは変わりないのだからな!」

「チッ!」

 雰囲気に押され気味ではあったが、ニグレドの言う通り状況的に有利なのは変わりない。

 そんな中、シグルドの背に隠れるように立っていた私は、背中越しにこっそり小声で話しかけた。

「合図したら目と耳を塞いで」

 そう言うだけ言うと、私は再び前へ出た。

「……おい、その懐に隠している物も捨ててもらおうか?」

 出てくる際に、少し懐を気にするようにしていたのをニグレドは見逃さなかった。軽く舌打ちをして話し掛ける。

「……いいのね」

「そうだ」

 言われるがままに懐に手を忍ばせ、そこにある物を取り出そうとした。

 その際に、半身をずらして反対の手を背中に隠し合図を送っていた事にニグレドは気付いていなかった。


 その時、背中で動かしていた手を見ていたシグルドは、その意味を模索していた。

「(人差し指を地面にさして、手を閉じた? あぁ、そう言う事か)」

 その意味を理解したようなのか話に加わってくる。

「バレちまったら仕方ねぇ、しかねぇな」

 話に加わってきた事を、理解したと肯定した私は懐の物を握った。

「それじゃお言葉通りわよ」

 懐から取り出した物をニグレドの方に向かって投げ捨てる。それは缶の様な形状をしており、放物線を描くように中を舞うと地面へとぶつかった。すると、その瞬間眩い光と激しい音が辺りに鳴り響いた。それらは地下を一瞬で照らし白い世界へと誘う。

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 その際、直前で目と耳を塞いでいた私達は被害を免れたが、それをまともに受けたニグレドは激しい耳鳴りと目の眩みに襲われ声を上げた。



 光と音が止み、辺りは元の薄暗い水路へと返る。まともに受けたニグレドではあったが、それでも何とか聴覚と視覚を残す事は出来たようだ。ガクリと右膝を曲げ、地に手を着いた状態でそっと目を見開いた。だが、その時目の前にはフードを被った者が目の前に迫って来ていたのだ。

 その者は、ニグレドの右膝を踏み台にして相手の膝上に乗り上がり、反対足の膝蹴りを喰らわせた。その際、被っていたフードが捲れた。

 それをまともに受けたニグレドはゆっくりと地面へ倒れるのだった。


 すぐさまシグルドに抑え込まれたニグレドは、完全に動きを封じられていた。

 使ったのが閃光弾だけに、シャイニング・ウィザードってのは中々に洒落てると思わない?

 その様子をじっと見つめて私はこっそりと思っていた。



「い……いいのか、私をこんな風に扱って……爆破の魔法陣の事を忘れてないか?」

 抑え込まれたニグレドであったが、朦朧とした中まだ意識はあるようで、その口を開く。

「魔法陣が一つだけとは……言ってないぞ? 全部であるのだからな」

 用意周到なだけに一つだけで済むとは思っていなかった。しかし……

「そう……なら、既には解除済みよ?」

「な……に……?」

 予想だにしなかった言葉にニグレドは心底驚いていた。

「もしかして気付いていなかった? 私が何の為に話をしていたのかを」

「時間稼ぎか? だが、どうやって……」

「これよ?」

 そう言うと、右目に着けている眼帯を指差した。

「これにはね通信機や発信機等色々搭載してる優れモノなのよ」

「馬鹿な……妨害の魔法結界は張っていた筈だ! なのにどうして?」

「そうね、魔法なら妨害出来たでしょうね。でも、これはね、によるものだから関係ないのよ」

「なっ!」

 そこにシグルドも話に加わる。

「俺も最初聞いた時は驚いたが、魔力の無い唯の機械なんだそうだ。電波が行き届き辛い地下だから、拡張機も出入り口にいる奴らが設置してるしな、完全に筒抜けだったのさ」

「後は、私がダラダラと話をしている隙にギルドや兵士達で全て調べ尽していたって訳よ」

 地下に降りる前に仕込んでいた作戦とはこの事であった。

 事前に予想していた事で、相手が作戦を実行するのにどれだけ掛かったのか知らないが、こちとら十年前から想定済みよ。


「だが、後一つ忘れてないか?」

 魔法陣の解除出来たのは四つで、ニグレドの言う通り後一つがまだであった。

「忘れてなんかいないわ、爆破させたきゃすればいいじゃない」

「お、おい? 後一つはまだなんだぞ?」

 爆破を催促する意見にシグルドは静止を掛けた。だが、そんな事はお構いなしに話を続けた。

「どうしたの? 早くしなさいよ」

「……くっ!」

 だが一向にニグレドは爆破させる様子を見せなかった。

「やれないの? そうよね。例え仕掛けていたとしてもアナタ如きにはそれは出来ないわ」

「どういう事だ?」

「五つ目は無いのよ。何せ爆破場所はここなんだから」

「何?」

「ここの真上って、どこだか解る? 学園真下よ」

「そうか、そう言う事か!」

「私達が探しに行った後にでも悠々と仕掛けるつもりだったのでしょうね。まぁ、仮に仕掛けてあっても爆破出来なかったでしょうけど」

「何故だ?」

「コイツの性格上自分諸共なんて選択出来るわけないじゃない? 結局かわいいのは自分何だから」

 そう言うと私はニグレドに話掛ける。

「貴方は最善の策を取ろうと手段を択ばなかったようだけど、現実はその逆、手段何て限られたものしかないの。結果をどこに置くかって事が大事なのよ」

「つまり、どういう事だ?」

 今一つ理解出来ないシグルドは尋ねた。

「私は常にどこまでを最悪として置くかという事を想定した上で、動いているのよ。言うなれば負けない為の戦い方ってやつね」

 結果を一つに考えているニグレドに対し、あらゆる結果を想定したイリア。敗北は既に喫していたという事である。

「貴方が勝てる道理は無かったのよ、初めからね」

 ニグレドはそれを聞き終わると、緊張の糸が切れたのかガクリと倒れ意識を失った。

「……どこからどこまでも計算づくってか? お袋とは違うベクトルで怖いな」

 そんな彼女にシグルドは背筋が凍るような感覚を覚え、ぼそりと呟いた。

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