第38話 昔々あるところに

 昔々あるところに可愛いお姫様が居ました。

「うん、知ってる」

 しかし、お姫様は生まれつき体が弱く、動き回る事も出来ずに、いつもベッドの上で過ごしていました。

「それも知ってる」


 ネルは一つ溜め息を吐く。

「……あのさ、回想シーンにいちいち合いの手いれないでくれるかな? 話が進まないんだけど?」

「いやぁ、ここ最近シリアス多かったから、ここらで一つブレイクタイムにしておこうかなと」

「そういうのいいから!」

「はいはい、大人しく聞いてますよ」

 不貞腐れ気味なイリアを見て、ネルは呆れていた。

「えーっと、どこまで話したっけ? ……あぁ、そうだそうだ!」

 一つ咳払いを吐いて話を再開した。



 ある日、お姫様はいつもの様にベッドの上で静かに本を読んでいました。すると部屋の扉からコンコンとノック音が聞こえてきました。それに気付いたお姫様は本を読むのを止め返事をした。

「どうぞ」

「……失礼します」

 そう声がし、扉が開かれると、一人の女の子がお姫様の部屋を訪れました。

「本日よりアンジェリーヌ様の御側役として仰せつかった、ネルセルス・アルスレイと申します。宜しくお願い致します」

 女の子は深々と首を垂れた。見た目はお姫様と変わらないくらいの年齢なのにしっかりと礼節を弁え、所作が洗礼されているのを感じる。

 その女の子は騎士団長の一人娘で、同年代の話し相手がいない事に思う所があった国王が騎士団長に頼み、守護騎士という名目で話し相手になるよう仕向けたのであった。


 しかし、お姫様はその態度に違和感を覚えていた。世話役の人や兵などは立場上そう取る必要がある事は理解しているのでまだよかったが、同年代の子までにもそんな態度取られるとなんだが寂しいものを感じていたようである。そうしたら自然と口が開いていた。

「……あの」

「はい」

 お姫様が声を掛けると、凛とした態度で返答をする。

「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ? 年もそんなに離れていないみたいですし」

「いえ、不躾な態度を取らぬようにと父にも言われております故に」

 頑なに態度を崩そうとしない女の子を見てお姫様は少し考えた。そして、何かを思いついたのか、その口を開いた。

「では、私から一つお願いがあります」

「何でしょう?」

「公の場以外では、気軽に話して下さい」

「えっ?」

「ダメでしょうか?」

「いや、しかし……」

 気落ちするお姫様に動揺する女の子は、色々葛藤した後に口を開いた。

「……よろしい……よいの……いいの?」

「勿論です。気軽にアンジェと呼んでください」

「わ、わた……僕の事もネルとお呼び……呼んで……ね」

 屈託の無い笑顔で差し出したお姫様の手をおずおずと握り返した。

 ――これが僕とアンジェの出会いだった。



 それからは毎日の様にアンジェの部屋を訪れては沢山話をしてました。そして、いつしか二人は友達の仲になっていきました。

 そんなある日、騎士団の遠征に付き添っていたネルは、王都へ帰還する最中、遠征隊は物資の確認をする為に道の途中で馬車を停めていた。騎士団長たる父親のガルニアは忙しそうに指揮を出していた。

 一方、手持無沙汰のネルは馬車の窓から外をぼんやりと眺めていると、道の脇を少し行った先に花畑のような場所を見つける。

 アンジェへのお土産として摘んで行こうと思い、馬車を降りると指揮を執るガルニアに近づき声を掛けた。

「父さん」

「ん? どうした?」

 ネルはこの先にある花畑を指し示し、その目的を説明すると少し考えた後首を縦に振った。

「わかった。だが、目の届く場所までにするんだぞ?」

「うん!」

 元気よく返事をすると、足早に花畑のある方へと向かって行った。

「いやぁ、良いお嬢さんですね」

「うむ、王の誘いに乗ったのはお互いに良かったのかもしれんな」

 そんなネルを眺めるガルニアは父親の顔になっていた。



 花畑ではアンジェの好きそうな花が咲いており、これなら喜ぶだろうと意気揚々に摘みに入った。そして、粗方花を摘み終わり、そろそろ遠征隊の元へ戻ろうとしたその時、ふと背後に気配を感じ振り返ると、そこには熊のような魔獣が立ち尽くしていたのだった。

 その事態に気付いた騎士はガルニアに声を掛け急いでこちらへと駆けつけて来ていたが、少し距離があったのが悪かった。辿り着いた事には魔獣の攻撃を受け血塗れになったネルが倒れていた。魔獣は騎士団に倒されたが、ネルは致命傷を受けておりすぐにでも治療しないと命の危険性があった。

 治療する場として近場は王都であった為に、騎士団は急いで帰還するのであった。



 王都へ帰還したガルニアは教会に連絡を入れ、急いでネルをベッドへと運び込んだ。致命傷ともなれば相当な腕利きの治癒術士が必要ともなり捜索に時間が掛かっていた。その間もネルの命の灯は尽きようとしていた。

 一方、部屋で静かに本を読んでいたアンジェは、部屋の外が騒がしい事に気付き耳を傾けていた。

「……団長の娘さんが……致命傷で……治癒術士がまだ見つからないと……」

「……えっ?」

その所々聞こえてくる声に驚愕した。

 すると、居ても立ってもいられずに、気付けば部屋を飛び出していた。

「ア、 アンジェリーヌ様!」

 世話役の声を聞かずにネルのいる部屋へと向かって行った。



「ネル!」

 部屋の扉を勢いよく開き、部屋へと飛び込む。そこには国王に王妃二人の兄に父親のガルニア、そして力無くベッドに横たわるネルが居た。

「ア、 アンジェ! お前!」

「イ、 「ネル! しっかりして!」

 驚く一同を余所にネルへと近づきその手を握り締める。

 そんな中一人の兵士が部屋を訪れ口を開く。

「団長、治癒術士が到着されました」

「そうか! すぐに通してくれ!」

 招かれた治癒術士が部屋を訪れネルを診察すると、やはりと言うか、致命傷を受けたネルは助かる見込みが限りなくゼロに近いという事で、一同は顔を顰めていた。

「……ネル」

 アンジェは必死に助かるようにと手を握り思いを込めていた。すると、その時アンジェの手から眩い光が放ち始めた。

「こ、これは!」

 光は部屋中を包み込み皆が目を閉じる。そして光が収まる頃に目を見開くとそこにはベッドへと倒れ込むアンジェの姿があった。

「アンジェ!」

 国王がアンジェを抱きかかえるが意識の無いままぐったりとしていた。

「まさか! これは……」

 そんな中、治癒術士は驚きの声を上げる。

「どうした?」

「傷が……致命傷となる傷が完全に癒えています」

「なっ!」

 一度に色んな事が起こり過ぎた為に一同は驚愕を隠せなかった。

 あれ程の傷を負っていたネルは完全に癒え、それとは引き換えにアンジェはそのまま昏睡状態へと陥ってしまったのだから。



 ――それから一週間が経ち、漸くアンジェの意識が戻った。ネルは三日目には普通に動ける程に回復していたのだという。まさに奇跡と言える所業である。

 暫くは治癒術士に診察してもらう事となったアンジェだが、アンジェ本人はその時の事をよく覚えていないとの事だ。

 更には、アンジェの体調はみるみる良くなっていき、今では皆と変わらぬ生活を送れるまでになり、昔の事が嘘のように思えた。

 ……ただし、その代償なのか魔法の行使が一切出来なくなっていた。魔力が無くなったわけではないが、魔法を使おうとするとまるで停止が掛かる様になり、扱う事が出来なくなっていたのである。



 ――こうして、アンジェは定期的に検診に行く事になったんだよ。そして十年後の今に至ると。

 話を聞き終わると、私は深く溜息を吐いた。

「……やっぱりそうなのね」

「えっ? 知ってたの?」

「いや、知ってたわけじゃないわよ? 大凡の予想はしてたから」

「予想出来たって、一体どこで?」

「そうね……殆ど初めからかしら?」

「ハァァァァァ!?」

 とんでもない事実をサラッと言うイリアにネルは声を上げた。

「いやだってね、電荷を意図的に操作出来るとか高度な技術がいるのに、サラッとやってのけてしまうアンジェは素質が高い証拠よ? まぁ、わかってたから進めたんだけどね」

「えー……」

「おまけにディルムでの件、あれは魔法の暴走と言うよりは魔法の質が高すぎたのが原因なのよ。言わば初級魔法が上級魔法並になってるみたいな? だから、もう確信出来る域にはあったのよ」

 別段驚きは無いよ? と言わんばかりのイリアにネルは拍子抜けしていた。

「それと、ネルの無鉄砲さもその辺りが原因なんでしょ? 一応言っておくけど、責任感じるのはいいけどそれはアンジェたんに失礼だからね」

「うっ……わかってるよぅ」

 完全に見透かされたネルはぐうの音も出なかった。


「ところで、アンジェたんの事情について知っている人物は誰がいるの?」

「えっと、僕と父さんと王家一同に、一部の城の者かな?」

「……他には?」

「他には……あっ! いた!もう一人!」

「誰?」

「アンジェの通ってる診療所の治癒術士の先生」

「なるほど、それで合点がいったわ」

 その返事を聞くとイリアの眼つきの鋭さが増す。

「今までの事柄を整理した上での今回の話で、犯人はその治癒術士の可能性が高いわね。今回の犯行は十年前から計画されていたってところかしら?」

「そんな、まさか……」

「じゃあそいつはどこにいるの?」

「それは街の診療所で――」

「そうじゃなくて、どこに住んでいるのって事よ?」

「それは……あれ? どこだろう? あれ??」

 その質問に答えようとするネルだがそこから先が一向に出てこず頭を悩ませていた。

「やっぱりか」

 そんなネルを見て溜め息を吐く。

「認識阻害よ」

「えっ?」

「自分についての認識できるラインを一定の所以上には出来ない様に魔法を掛けていたのよ、そいつ」

「そんな……」

 良く知った人物が実は黒幕であった事にショックを隠し切れないネル。

「このことは城に報告に行ってきた方がいいわよ」

「……そうだね」

「――あぁ! それと、もう一つ言っておくことがあるわ」

 そう言い踵を返すネルにイリアは付け加える様に言い放った。

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