第37話 ある仮説を解く

 ――一方、朝から仕事に出かけているイリアはというと……

「ありがとうございました!」

 本日の業務である配達をしに朝から街中を走り回っていた。台車には荷物が一つ残っており、本日最後の荷物となっていた。

「さて、最後のところは……おっ?」

 メモ書きを確認すると届け先は冒険者ギルドと記名されていた。

「なんだギルドか。なら丁度いいかも」

 そう呟くと足早にギルドへと足を運びはじめた。



 ギルドに到着すると、荷物を抱えそのまま中へと入る。

「どうもー、荷物のお届けでーす!」

 そう言いながら受付へと向かって行き、書類の処理をしていたシルキーさんに声を掛ける。

「宅配でーす、受け取り印おねがいしゃーす」

「イリアさんご苦労様です。えっと……」

 明るい笑顔で対応するシルキーさんは、印鑑を探そうと引き出しを探していたその時、一本の電話が鳴った。

「……失礼」

それに気付いたシルキーは電話に出る為に席を立った。その表情は先程までとは変わり、険しくなっていた。そんなシルキーさんの後を追うように私も視線を向ける。

 電話が鳴るくらい普通では? と、思うだろう。だが、その電話は王都での事件の時にも使用したであるという事だ。普段使う事が無い電話が鳴るという事は、それに対応した機器からであるという事と、その存在を知っている人物からであるという事が判る。

 また、それを使わざるを得ない状況か? 又は、聞かれたくない内容なのか? 何にしても吉報ではない事も判った。

「……何? ……えぇ、今いますけど……」

 シルキーさんは電話の最中にチラリとこちらを窺い見る。

 ……あぁ、つまり要件はか。

 代わろうか? と合図を出すと、それに気づいたシルキーさんは軽く頷いた。

「……えぇ、今代わるわ」

 そう言って差し出した受話器を受け取り電話に出ると、案の定というか予想通りというか、受話器からは良く知る人物の声が聞こえてきた。


「やっほー、元気してた?」

「いつも通り元気じゃないわよ」

「ならばよし!」

「いや、良くはないでしょ!」

 この人と話す時はいつもしょうもない会話から始まる。お約束というかお決まりというか……そういった類のもので、挨拶代わりと言えば聞こえは良いだろう。

「……で? 何用なのよ?」

 こっちも暇ではないので、さっさと要件に移らせる。

「あぁ、それで、この前言ってた件なんだけど……」

「ディルムの時のやつね」

 この前の件と言うのは、ディルムでの出来事の後に一つ頼み事をしていた。

「それでね、色々調べていくうちにちょっとおかしな事が判ったわ」

「おかしな事?」

「ディルム周辺の霊脈が活性化していた痕跡を見つけたわ」

「……それは自然ではなく?」

「えぇ、人為的に活性化いたわ」

 その返答を聞くと、無意識に眼つきが鋭くなっていた。

「私の勘だと、ここだけって感じじゃない気がするのよね。何か嫌な予感がするわ。後手に回ってるような……そんな感じのやつ」

「……そう」

 この人はロクでもないが、こういったここぞという勘は鋭く、馬鹿に出来ないのだ。しかも、大抵は良くない事に働く。

「一旦私もそっちに戻るから、何かあったら連絡頂戴」

「分かったわ」

 そう言い終ると、静かに受話器を置いた。

 話の内容を一部始終聞いていたシルキーさんにも相談し、連絡役を任せる事にしたその時、勢いよくギルドの扉が開かれ、誰かが中へと入って来た。それに気づき視線を向けると、それは良く知る人物であった。



「ネル?」

 ネルはこちらに気付くと足早に近づき声を掛けてきた。

「イリア! 丁度良かった! アンジェ見なかった!?」

「アンジェたん? 見てないけど、どうしたの?」

「実は――」

 ネルからニグレド吐いた隠れ家から見つかった資料の話や、アンジェが行方不明になっている事を聞いた。

「……なんですって?」

「今街中探してるところなんだよ」

 ふと視線をシルキーさんに向け首を横に振った。するとシルキーさんは静かに一つ頷いた。

 つまりはこうだ。まだそうだと決まった訳でもなく、国の一大事とも言える事なので、安易に口にして混乱を招くのは拙いだろう? と問いかけ、ハッキリとした事が判るまでは、この件は内密にしておきましょうと返答した。と、いう感じだ。以心伝心とはよく言ったものだ。さすが、あの人の相棒をやっていただけあり、思考の汲み取り方が上手い。

「それは城の兵士も動いてるのよね?」

「うん」

「だったら、人通りの多い所はそちらに任せて、私達は人気の無い所を重点的に探しましょう?」

「分かった!」

 こうして、私とネルは人気の無い所を別れて探す事にした。因みに、シルキーさんは何かあった時の為の連絡役として承ってくれました。



 ――それから、粗方人気の無いような死角となりうる場所を探して回ったが、一向に見つかる気配はなく、いよいよ最後の一つだけとなっていた。ここにもいなかったらいよいよ手詰まりになりかねないだろう。と、そんな事を思いながら路地裏の角を曲がり覗き見る。

「……いない……か」

 残念ながら最後の場所にもおらず、溜め息を一つ俯き加減に吐いた。すると、視界の端に微かに光る何かを捉え、視線を向けた。

「……これは」

 そこに転がっていた物は何気ない髪飾りであった。だが、この髪飾りは紛れもなくアンジェの身に付けていた髪飾りであった。

 それを確信した瞬間、私の頭にはとあるシーンがフラッシュバックされた。

“お姉ちゃん”

 心臓が穿たれたような感覚を覚え、よろける様に壁に凭れ掛かった。激しい動悸を必死に抑えゆっくりと深呼吸をする。

 どれだけの時間が経っただろうか? 実際は数秒の事であったのだが、私にはとても長い時間に感じていた。

 落ち着きを取り戻した私は、髪飾りを持つ手をグッと握り締め、その場を去って行った。

 その時の彼女イリアの瞳には光が宿っていなかった。



 その後ネルと合流し事情を説明した。ネルは一旦報告をしに城へと戻る。その際、私は学園の図書館で調べ物をしていた。

 あの人……ネーちゃんから聞いた霊脈の件が引っかかり、この辺りの霊脈の流れを調べる為である。

 まず、ディルムの霊脈の話は聞いていたので、そこに印を付ける。そして、他の霊脈の流れを調べるうちに、ふと、とある奇妙な事に気付いた。

「……?」

 霊脈の流れる通りを指でなぞって行くと、必ずとある場所を通過していたのである。

「……まさか?」

 仮説として立てるには十分な理由だろう。そう思っていた時、報告を終えたネルが入って来た。



「ごめん、遅れた」

「いや、別にいいわよ?」

 息を切らして謝るネルに気にするなと声を掛ける。

「それよりも、ちょっと聞いて頂戴」

「ん?」

「今から言うのは私なりに立てた仮説なんだけどね」

 そう言い、自分なりの解釈を口にした。


「結論から言うけど、今回の件はもしかしたら以前から計画されていた可能性が高いわ」

「えっ? どうして?」

「そう思う要因の一つに霊脈の事があるわ」

「霊脈?」

 ネルは何のこっちゃ? とばかりの表情を浮かべる。

「えぇ、とある筋からの情報ではディルムの霊脈が活性化させられていた事が判ったわ」

「うん、それがどうしたの?」

「実はね、このあたりの霊脈の流れを辿って行くと妙な事になっていてね」

「妙な事?」

「そう、霊脈の流れる通りの途中には、私達が訪れた場所を必ず通過しているのよ」

「……えっ?」

「最初の課外授業のあったトータス村、ギルドの依頼で行ったガラム鉱山、二度目の課外授業のディルムにここ王都、全てが霊脈の通り道になっているのよ」

 そう説明をしていく毎に、ネルもさすがに何が言いたいのか薄々感じ始めたようで、段々と表情が硬くなっていった。

「……そこでなんだけど、ネルの話にもあった資料の件。どうもアンジェの事に詳しい内容だったけど、何か心当たり無いかしら?」

「うーん……そうだねぇ……」

 ネルは腕を組み、唸り声を上げながら頭を捻る。

「資料の事から読み解くと、アンジェの過去に関わっている気がするんだけど?」

「むっ……」

 その言葉を聞いた瞬間、ネルの表情は険しくなった。

 ……やはり、そうか。昔に何かある可能性が高い。

「今回の一連の事件の黒幕を暴くカギはそこにあると思うの。話してくれないかしら?」

 そう問い詰めると、余程の葛藤があったのだろうか、渋々口を開く。

「……分かったよ」

 一つ溜め息を吐くとネルはアンジェの過去について語り始めた。

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