第51話 今度こそ、のんびり生活を
――あの事件の後のそれぞれちょっとした出来事を語るとしよう。
これはギルドで聞いた話であるが、此度の戦いに完全に出遅れ、肝心な時に役に立てなかったと王国軍は深く反省していた。その失態を挽回しようと王国軍団長ガルニアの指揮の元、ギルドの面々と連携を取りながら、二度と同じ過ちを犯さない様にと、残党が残っていないか徹底的に調べているとの事だ。
その甲斐もあってシルキーさんは目まぐるしく業務に追われて、休む暇がないと嘆いていました。ご愁傷様です……
王国軍と言えばシグルド君だが、此度の件を踏まえて様々な戦い方というのを模索し始めた様である。多分私の影響だろう。なんかすまない。
また、ネルはその鍛錬の相手をさせられているらしい。『護りの剣』を手に入れたネルに対して、シグルド君は参考になると相手をさせているようである。ネル本人も今回の件を経て、より一層鍛錬に打ち込もうと思っていた矢先の話でもあり、良い刺激になっていると満足気であった。まぁ、シグルド君相手なので、防戦一方になっているのは仕方ないのだろうけど……
そうそう! アンジェなのだけど、あの後以降に以前の様な体調不良が起こっていないとの事よ。恐らく自身の魔力に耐えうる程に成長出来たのだろうと思う。
……だが、それと同時にまた魔法が使えなくなってしまったわ。治癒術士曰く、あの戦いで全力を出し切った反動であろうとの見解であるわ。とはいえ、今回は以前とは違い、単純に魔力切れ、ガス欠状態になっているだけで、回復しきるまでは時間が掛かるだろうが心配はないらしい。善哉善哉。
――そして、肝心の私であるが……
ここにきて重大な事を忘れてしまっている事に気付いた。本当に今更だと思うのだが、ハッキリと口にして言おう。
「全然のんびり生活送れてないじゃん!!」
何か違くね? 今更だけど? 見たいな?
この世界に来てからは、兎に角やる事だらけで目まぐるしく時間が過ぎて行きすっかり忘れていたけど、当初の目的から想像以上に離れていってしまっている現状に気付いてしまいました。これはイケナイ。何とかせねば……
――そして、季節は巡りて……
――その日は晴天で青空が広がっており、卒業式日和となりました。
卒業を迎えた学生のこれからは専門機関に属して研究・軍事などに携わっていく者もいれば、冒険者として世界中を飛び回る者もいるのだと思います。
学園長からの最後の式辞も終わり、教室で最期のHRを迎えます。その途中では涙ぐむ者もいれば、感傷深く物思いに耽っている者も見られました。
そして、卒業式も終わり私達は一度宿舎へと戻る事としました。それと言うのも……
「――荷物はこのくらいかしらね?」
「それだけ? 以外と言うか少な過ぎない?」
「そんな事無いわよ? 来た時なんて身一つの状態だったわけだし」
外套を纏い、軽装の格好をしたイリアはいつもの口調で話していた。
本日、彼女は街を出ます。元々半年で帰る予定だったようですが、事件の事もあり延びに延びて、結局一年滞在する事になっていました。
イリア曰く「そろそろ孤児院の様子も見たいから帰る事にするわ」と言っていましたが、折角なので卒業式まで向かえないか? と、提案し本日にまで至った次第です。
宿舎前にて、私とネルはイリアと最後の挨拶を交わしています。
「帰ってからイリアは何するつもりなの?」
「そうねぇ……」
イリアは少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「特に無いわね。後はまぁ、静かにのんびり暮らすかな?」
「早くも隠居宣言か!」
「わたしゃもう若くないからねぇ」
「一番年下だよね!」
相変わらずイリアのボケにすかさずツッコミを入れるネル。けど、この二人の何時ものやり取りも見られなくなると思うと感傷深いものがあります。
「あっ! そうそう!」
ふと思い出したかのようにイリアは声を上げる。
「はいアンジェ、コレ」
「えっ? これって……」
イリアは藪から棒に腰に携えていた白い銃を、ホルダーと共に私に渡して来た。
「以前の様にって訳じゃないけど、今魔法使えないでしょ?」
「うん」
「その間の護身用にでも使ってなさいな」
そう言いつつ、やや強引に手渡して来た。
「使い方は前に言った通りだから。魔法以外にも物理的にも使えるので便利! 便利!」
茶化した口調のイリア。だが、長らく一緒にいた私にはすぐに判った。気遣った様な言い方ではあるが、これは彼女なりのプレゼントのつもりなのだろうと。
「――ところで、すっごく今更何だけどさ」
何か思う所があったネルはそれを口にする。
「結局イリアって、何処に住んでるの?」
「言われてみれば、聞いた事無かったかも」
そうネルに言われて気が付いた。確かにイリアが何処に住んでいるのか一度も聞いた事無かったわ。
「別に取り立てて言うような場所じゃないわよ? 前にも言った通り、辺鄙な辺境にある何処にでもあるような村よ?」
「だから、そこはどこら辺になるわけ?」
「そうね……強いて言うなら、この大陸の東西の境界に当る付近の最南端ってとこかしら?」
「判りづら!」
「と言ってもねぇ……あの村、寄せ集めで作った所だから地図どころか知ってる人の方が少ないと思うわよ?」
どう説明したか? と、悩みつつ言葉にしていく。
「兎に角、その辺りを通れば辿り着くんじゃないかしら?」
「大雑把すぎる件」
「あの村に名前なんて無いんだから、そうとしか言いようがないのよ! どうして場所を絞りたいならクラディウス商会の住所でも調べてみれば判るわよ」
「……あー、そう言えばそんな設定あったね」
「設定とか言うな!」
言われてみれば、イリアはクラディウス商会の関係者でしたね。ごめんなさい、私もすっかり忘れてました。
「まぁ、何にもないところだけど、来ることがあれば歓迎するさぁ~」
イリアはそう言うと、クルリと踵を返す。
「それじゃ、何時までも話が長引く訳にもいかないし、空気の読めるイリアさんはクールに去るわぁ~」
手をヒラヒラと振りながらこちらを振り返る事無く、のらりくらりと歩き出す。
「またねー!」
「私達からも会いに行くわー!」
立ち去るイリアの背に向け、そう答えた。
「うーん……最後まで適当な感じだったね」
「そんな事無いわよ? とても純真で一途な人だと思うわ」
「そうかなぁ?」
「えぇ、そうよ……」
納得いかなさそうに首を傾げるネル。そんな彼女を横目に私は思っていた。
……そんな事無いわよ。
だって、そんな適当な人だったら、あの時……イリアと初めて出会ったあの時、彼女はあんな事をする筈がないもの。
私、本当はこう聞きたかったのよ?
――どうして貴女は涙しているの?
……と。
――とまぁ、ここで終われば綺麗に終わっていたのだろうと思います。しかし、そう簡単には終わらせてくれませんでした。
そんなイリアの姿も小さく見えてきた頃である。
一台の馬車が私達の傍を横切り、イリアの行く少し先の歩道で停まった。その馬車の中から黒尽くめの服装を着た男の人達が数人降りてきた。そう思うと、その男達は手早くイリアの手足を縛り上げ、取り出した袋の中に詰め込むと、馬車の中へと放り投げる。そして、男達は早々に馬車に乗り込むと、御者の合図と共に走り去って行ってしまった。
そんな状況の一部始終を目撃した私達は、咄嗟の事に呆気に取られていました。
「……はっ!」
少しの間を空け、漸く我に返る。
「……変わった送迎の仕方……だね?」
「いやいやいやいや! アンジェ何言ってるの!」
「きっとイリアなりのサプライズ的な何かで――」
「気持ちは解るけど現実見ようよ!」
ネルは未だに現実逃避するアンジェの肩を揺らす。
「これってつまり……」
「どっからどうみても……」
「「誘拐だー! イリアが攫われたー!」」
慌ててイリアが攫われた現場へと向かった。
「……? 何かしら?」
すると、地面に便箋が落ちている事に気付いた。何か書かれていないかと思い、それを拾い上げ見てみると……
「これって……」
“マイエンジェル、アンジェたんへ”
と、私宛へとなっていました。
「どういう事?」
「解らない。兎に角、中を読んで見ましょう」
封を切り、中身を取り出してみると、一通の手紙が入っていました。内容は何だろう? と思いつつも、一先ず読んで見る事にしました。
マイエンジェルアンジェたんへ。
ハロー! 元気かな? あたしは元気よ!
先ずは、先に謝っておくね。今回の事件殆ど役に立てなくてゴメンネ。本当ならあたし自ら野郎をぶちのめしてやりたかったところだけど、他にやる事があってね、完全に出遅れたわ。
まぁ、大事に至らなくて本当に良かったわ。あの子には感謝ね。
それはそうと、漸く手が空いたみたいだし、あの子貰ってくねー。後、暫く遠出するから帰れないんで、そこんとこ
貴女のママン ネフィリムより ☆(ゝω・)v
「……」
手紙を読み終わると、暫くの沈黙を齎した。そして――
「「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」
その奇声にも似た私達の叫びは、街中に木霊した。
こうして一つの物語は終わりを迎えました。それはもう酷い形で。
そしてまた新たな物語が紡がれるのでしょうが、その原因が身内だけに頭が痛いです。
新たな門出の季節、私は深い溜息を吐くのでした。
第一部・完
女神様のセカンドライフは静かに過ごせないー退職女神の異世界奇譚ー 鷹観きつね @takamifox
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