第1章 少女達の冒険
第5話 始まりと出会いと……
――王国歴3460年
一人の行商人が、荷馬車で王都を目指し、馬を走らせている。その荷台には荷物以外も乗っているようだが……
「お嬢ちゃん、王都は初めてかい?」
お髭の似合う行商人のおじさんは、馬を走らせながら、荷台の少女に話しかける。
「はい、ずっと村暮らしで、偶に街に出るくらいでしたので」
荷台の少女は、読んでいた本を閉じると、ブックバンドに括り、腰のポーチに仕舞う。
先程から本を読んでいたようで、荷物を背に、物静かにしていた。
着ている服は、動きやすい軽装で歳は若いものの、長い髪にキリっとした眼、女性らしい体つきと、その容姿は大人びて見える。
「そんなら、着いたらさぞ驚くだろうよ」
「ふふ、それは楽しみです」
自慢げに語るおじさんに、荷台の少女は笑顔で返す。
「ところで、王都には何しに行くんだい?」
「明日から、王都の魔法学園に通う事になったんですよ」
「ほう、魔法学園にか! そいつはすげぇな! お嬢ちゃん優秀なのかい?」
「いえ、その逆です」
「……逆?」
予想に反して、返ってきた言葉に、おじさんは不思議そうにしていた。
「あっ、いえ。何でもないです」
少女は咄嗟に言葉を繕う。
「ところで! 王都までは後どのくらい掛かりますか!」
「王都までは、もう間もなく着くぞ……って、言ってるそばから、ほら見えてきたぞ」
おじさんが指さす先には、石造りの大きな壁が聳え建っていた。
この世界は、大きく分けて五つの大陸があり、その中央に属する大陸、ソルディーヌ大陸には様々な種族が暮らしている。その中でも最大規模を誇るセレンディア王国。その王都エレミアには、人間が多く住んでおり、王都から延びる鉄道は、大陸中に広がっている。その立地から様々な物が集まる場所でも有名である。
エレミアは円形型の都市づくりで、、街の中央にある駅を中心に、西側が商業区、東側が工業区、南側は一般の住居地区、北側が富裕層・貴族などの高級住居地区、そしてその先に王城という構成になる。
また、魔法学園とは、正式には王立ニルヴァーナ魔法学園と言う。魔法技術を養成・育成する機関で、研究から軍事に関わる事まで、様々な要素を学び、多くの名のある人物を輩出してきた名門校であり、王城の横手に存在している。
「ほれ、入口の門だ。俺は、ちょっくら通行証見せてくらぁ」
おじさんは、門番に通行証を見せに、馬車を降りる。
その間に、少女は門を見上げていた。
「話には聞いてたけど、実物は大きいなぁ」
街を覆う壁の高さは、十五メートルはあるだろうか、そこにある門もまた大きく、道幅も広い。
荷馬車を横に並べても三台くらいは、スッポリ入れられるだろう。そして何よりも、人の多さが窺える。さすが天下の往来、人々の行き交う量は半端ない。
そう少女が呆けていると、おじさんが戻ってきた。
門を潜り中へ入ると、景色は外壁の物々しさとは一変し、美しい光景が広がっていた。
街に並ぶ建物の数々、整備された道、その街並みは、フランスのパリを想定させるようであった。
「ほれ、お嬢ちゃん着いたぞ」
おじさんは、街に入った近くで馬車を停めた。これから商品の荷降ろしがあるからだ。
「ありがとうございました」
少女は、おじさんに一礼すると、気にするなとおじさんは笑って返す。
「ところでお嬢ちゃん、名前なんだったか?」
ど忘れしたのか、おじさんは考え込む。
「私ですか? 私の名前はイリアです」
「おぉ、そうだった! そうだった!」
思い出したようで、両手をポンッと叩く。
「それじゃ、イリアお嬢ちゃん勉強頑張れよ!」
「はい!」
手を振り少女は歩き出した。
――そんな訳で、私、イルステリア改めイリアは、明日からこの王都にある魔法学園に通う事になりました。
とは言っても、本来私は、行く予定など一切無かったのですが、知り合いに、半ば強制的に入れられたというか、嵌められたというか……兎に角、行かされる羽目になりまして。
まぁ、行くなら行くで、学べることもあるだろうと、前向きに考え、入学する事にしました。どう考えても場違いでしかないと思うのですけどね。
因みにイリアですが、この世界でイルステリアだと色々拙いので、略してイリアと名乗っています。
「さて、どうしようか」
宿舎への契約は明日からで、今日は街の宿屋を借りる事にしました。荷物も明日、宿舎に届く予定で、手持無沙汰になっており、一先ず、何かやれる事はないかと考える。
「まず何をしよう? アルバイトにトレーニング、あとはコネクション作りね」
そうと決まればと、街の配置を覚える序でに、アルバイト探しに出かける事にした。
――暫く街中を探訪しながら、とある路地に差し掛かった時、何やら揉めるような声が聞こえてきた。
まーた、面倒事だろうなぁと思いつつも、性分で放ってもおけず、様子を見てみる事にした。
どうやら三人の男が一人の少女を取り囲んでいるようだ。
「俺たちと遊ぼうぜぇ」
「なぁ、ちょっとだけなんだし、いいだろぉ?」
チャラそうな男と細身の男は、軽薄そうに少女に言い寄る。
「ですから、私は急いでるんです」
少女は声を露わに拒否する。
「そんなつれない事言わずにさぁ」
「離してください!」
厳つい男が少女の腕を掴む。少女は振り解こうとするも、力任せに掴んだ手は振り解けなかった。
「……やれやれね」
溜め息一つ吐く。
私は、徐にポーチに仕舞った本を取り出し、背後からゆらりと近づく。
そんな、こちらの様子は誰も気づいていない。
「何が嫌なんだよ!」
厳つい男が、少女を強引に引き寄せようとしたその時――
「サーチアンド――」
本を持った手を、大きく振りかぶる。
「――デストロイ!」
「ふがぁ!」
剛球が如く、勢いよく投げつけた本は、厳つい男の脳天に直撃する。丁度本の角にぶつかり、男は掴んだ腕を離し、そのまま倒れ込んだ。
「だ、誰だ!」
二人の男は振り返る。
「誰だと言われても、通りすがりのおのぼりさんです」
そう答えると、男達は、良い獲物を見つけたかのように、ニヤリと笑い近づいてきた。
「お嬢ちゃん、よく見りゃ中々どうして。俺たちと遊ぼうぜぇ?」
「なぁ、ちょっとだけなんだし、いいだろぉ?」
この人達は、RPGの街の入口付近にいる人なのかしら? 一人倒されてるのに、同じ事しか言ってこないわ。
私は、地面に落ちた本を拾い上げ、砂を払いつつ答える。
「それはいいけど、ここでも何だし? もっと、奥に行きましょう……ね?」
「へっへっへ、話が分かるねぇ」
上目遣いに、おねだりすると、男達は気を良くしたようで、奥へと足を進めた。勿論、そんな隙を逃すわけも無く、そっと少女に話しかける。
「逃げるわよ」
「はっ、はい!」
私は、少女の手を取りその場を走り出す。
「なっ! 騙したな!」
漸く気付いた男達は、急いで追いかけてきたので、咄嗟に声を上げる。
「変態よ! 変態不審者さんがいるわー!」
私が大声を上げて叫ぶと、周囲の人達は、何かあったのかと集まり出し、憲兵も駆けつけ、男達は行く手を阻まれる。
「さっ、今のうちに」
少女はコクリと頷き、私達は人込みに紛れ、その場を走り去った。
――暫く走り、街の中央にある駅前まで逃げ、漸く一呼吸置くことにし、二人とも息を切らしながら話をする。
「ここまで……げほ、来れば……ごふ、大丈夫でしょう」
てか、助けた私の方がバテてるんですが。
「ありがとう、ございました」
少女は顔を上げ、礼を言う。
「礼には及ば――」
その姿を見た瞬間、私は衝撃を受け、しばしそのまま停止した。
先程は、どさくさでよく見ていなかったけど、やや青みかかった銀髪のセミロングヘアーに、琥珀色の目、清楚で華奢なその容姿は、まさに――
そんな私を見て少女は心配そうに尋ねた。
「大丈夫ですか?」
その声に、我に返った。
「――あぁ、いや、大丈夫よ。問題ないわ」
内心問題なくないが。
そんな感じに呆けていたが、ふと、本来の目的を思い出す。
「そうだ! バイト探しの途中だった!」
そう言うや否や、徐に踵を返す。
「では、私はこれで」
じゃあ、と手を上げ走り去る。
「あの! お名前を――」
私は、少女のその言葉を、最後まで聞き取る事なく走り去った。
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