第8話 畑荒らし退治

 ――それから何事も無く、私達は村へ到着しました。

 その道中、さり気無く探してみたが、本当にアレはいませんでした。無念!



 村長の家を訪ねると、四十代ぐらいの体格の良い男の人が出てきました。この方が村長のようです。早速、村長に事情を話し、畑を調べさせてもらう事にしました。話によると、畑は色々荒らされているが、中でも被害が大きいのは芋畑であるとか。

 芋畑は、村の裏手から少し進んだ森の傍にあるそうで、村長の案内のもと、早速向かう事にしました。

 その道すがら、他の畑も見てみると、周りは柵で囲んでおり、それぞれの畑を区画で別けてられているようで、近づくにつれ、その広さはより鮮明に映り、かなり広範囲な畑である事が分かる。



 芋畑の入り口に着くと、被害の具合がはっきりと見えた。

 しかし、畑は無造作にあちこち掘り返され、そこで爆発でもしたかのように抉れており、地面はデコボコしていた。

「これはもう畑泥棒じゃなくて、言葉通り畑荒らしね」

「そうなんですよ。こうも滅茶苦茶にされてしまうと今期の収穫は無理そうですな」

 はぁっと、村長は深い溜息を吐く。

 私は屈んで土を見てみると、普段は地中にあり見えないであろう種芋が、地表に飛び出ていた。

「……ん?」

 その踏み荒らされた土を観察していたところ、気になる足跡を見つけたのだが、これは――

「イリア? 行くよ」

「あっ、うん」

 一先ず、中を見てみようとの事で、ネルから声が掛かり、一度中断して後を追いかけました。



 畑の奥までやって来たが、やはり畑はあちこち抉れていた。

「うーん、これって人がやった事なのかな?」

「あー……多分それ違うかも。ほら、ここみて」

 私は屈んで見ていた地面を指す。

「この足跡、偶蹄類のものに似てるでしょ?」

 指し示したその先にある足跡は細長い蹄の後が二つあった。

「ぐうているい?」

 何だそれは? という顔をするネル。

「哺乳綱偶蹄目に属する有蹄獣の総称の事よ」

「ごめん、もうちょっと砕いて言って」

「えっと、シカやイノシシとかの事だっけ?」

「そう、アンジェ正解」

 褒めるようにアンジェの頭を軽く撫でる。


「それで、私はこの足跡がイノシシのものだと推測するわ」

「どうして?」

「ほら、この足跡の後ろに一対の副蹄の跡があるでしょ? これはイノシシの特徴なのよ」

「あっ、ホントだ」

 細長い蹄の後ろにハの字を逆さにしたような跡が見える。

「掘った穴の深さと作物の食い荒らしようからして、相当大きいと考えられるわ」

 後ろに控えていた村長に話を聞いてみる事にした。


「村長さん、この辺りで過去にイノシシの被害はありましたか?」

「いえ、この辺りでイノシシは生息していない筈ですが」

「なるほど、他所から流れてきたのかもしれないですね」

「ふむぅ、これは対策を取った方が良いですな」

「その方がよろしいかと」



 迎え撃つ相手が見えてきたところで、対策を取ろうと思ったその時、傍の森の中から奇怪な音が微かに聞こえてきた。


 シュー……カッカッカッ。


「……ん?」

 その音に、アンジェと村長も気付いたようで、音のする森の方を見つめる。

 音は徐々に近づいてきており、次第に耳障りになってくる。


 シュー……カッカッカッ……クチャクチャクチャ。


 木々の陰から見えた姿に、私達は言葉を失う。

 予想通りイノシシだった。その上大きいというところまでは当たっていた。だが、余りにものだ。



「よーし! 犯人ならぬ犯獣がイノシシだとわかったから早速退治といこう!」

 グッと拳を握りしめ、やる気を出すネルはまだ気づいていない。

「……って、皆どうしたの? 」

 私達は少しずつ後退っていた。

「その……ネルさん? 今すぐ防御魔法をお掛けになった方がよろしいかと」

 アンジェと村長はコクコクと頷く。

「えっ? なんで?」

「その後、ゆっくり後ろを振り返るのよ? 刺激しない様にね?」

 私と村長はコクコクと頷く。

「あー……うん、分かっちゃったかも」

 さすがにネルも気づいたようで顔色を悪くしていた。。その姿はすぐ傍にまで来ており、威嚇音がはっきりと聞こえるのだから。

 ネルは意を決して振り返る。と、そこには――

「――って、デカ!」

 驚くのも無理はない。その体長は優に二メートル近くあったからだ。そんな私達を余所に、イノシシは素早い動きで正面から突進してきた。

「に、逃げろぉ!」

 私達は一目散に逃げだした。



 背後からスプリンター並の速さで追ってくるイノシシに、私達は畑の中をぐるぐると走り回わって逃走していた。

「先生!」

「はい! ネル君!」

「こういう時の対処はどうすればいいのですか!」

「いい質問です! イノシシに出会った時の対処法は『相手を見て、背中を見せず、ゆっくりと離れること』です!」

「全部逆になってるよ!」

 相手を見ず、背中を見せて、猛ダッシュで逃げている今の状況は、まさに一番やってはいけない事だ。


「先生!」

「はい! ネル君!」

「先生の戦闘術を発揮して欲しい所ですが!」

「いい質問です! 先生の戦闘術はこんな状況だと発揮できません!」

「使えねぇー!」

「おまけに先生、もう体力の限界です! 死にそうです!」

「バテるの早いよ!」


 余裕があるのか無いのか、私とネルは巫山戯たやり取りをしていた。とは言え、こちらは体力も残っていない。

「なのでネル、あのイノシシ倒せる?」

「多分大丈夫だとは思うけど! 全然止まってくれないからから落ち着いて狙えないよ!」

「じゃあ、いいのね?」

「うん!」

「それじゃ、少し時間稼ぎしてもらえない?」

「何か策があるんだね?」

 その言葉に私は力強く頷く。

「わかった!」

 そう返事をするや、ネルは踵を返しイノシシへと対峙する。その間に私達はその場から離れて行った。



 ネルは一呼吸置くと、魔法の詠唱を口にする。

「厚き壁よ 身を護る 盾と成れ! プロテクション!」

 そう魔法を唱えると、魔力の壁がネルを包み込んだ。


 プロテクション。防御魔法に部類されるものの一つで、魔力による対物理の障壁を作り出す魔法である。また、ある学者によると、薄い空気の層が何重にもなっているという説もあるらしい。


「いくぞ!」

 魔法を掛け終えたネルは、気合いを入れると腰に携えた剣を引き抜き構える。イノシシは低重心に姿勢を構えると、勢いよく突進してきた。

「ハァッ!」

 さすが守護騎士。その名は伊達ではなく、両手剣にも関わらず力強い斬撃はとても素早いものであった。しかし、振り下ろす剣に、イノシシは鼻を振りかぶり弾く。その上、突進の勢いのままネルに直撃した。

「ぐっ!」

 普通なら加速のついた突進を受けたネルは、吹き飛ばされ大怪我を負っている……はずなのだが、その一撃は魔力の壁に遮られ殆ど緩和されて、後ろに押し返される形になっていた。

 走り去るイノシシは勢いのまま旋回すると、再びネルに向けて突進してくる。どうやら今の攻撃で敵と認識し、興奮状態に陥ったようだ。

「なんの! 負けるかぁー!」

 再び剣を構え直すとイノシシに向かって行った。



 その頃私達は、ネルが囮となって引きつけてくれたおかげで、畑の端にある農道具小屋にまで逃げ遂せる事が出来た。だが、全力で走っていたので息が上がりっぱなしです。

「ここまで……くれば、一先ずは平気かと」

「う……うん、そうだね」

 ふぅっと一呼吸置き、今後の事を口にする。

「それで、これからどうするの?」

 呼吸も落ち着いた私は村長に質問をする。

「村長さん、農作業用の長靴や手袋……後は雨具なんかありますか?」

「えぇ、この農具小屋にありますが」

「うん、上々ね」

「イリア、何をするの?」

「ふふーん、我に策ありってね!」

 人差し指を立て不適に笑みを浮かべる私に、アンジェは疑問符を浮かべていた。




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