第30話 地下水路にて
長い階段を降りて地下水路へと向かう。下に見える水路は薄暗くはあるが、真っ暗というわけではない。壁に取り付けてある照明がうっすらと辺りを灯しているからだ。これは、魔力に反応して光る仕組みになっており、云わばセンサーで反応して光る照明みたいなイメージと言えば判りやすいだろう。
この地下水路は、街の排水路として利用されている所で、排水性に乏しい石畳の街に降った雨水などを一旦この水路に送り、そこから街の外へと排水している仕組みになっている。また、その水の一部は別にある貯水槽に蓄えられ、火災などの際に防火水槽として利用出来るようになっている。
また、この地下水路は定期的に清掃をしているので汚くないです。ギルドにも定期的に清掃依頼が来るので、小遣い稼ぎにやる人も多く、私もその一人でした。
階段も終わりを迎え通路へと出た。水路の通路は広く、幅高さ共に五メートル程ある。真ん中には水が流れており、ここも二メートル程あった。おまけに王都の全てを賄う広さなので結構大きな水路である事が判る。このことから、清掃依頼などの人員を募る理由も頷けるだろう。
「それで、『
「まずは、敵の居場所、人数から知る必要があるわ、第二王子殿下」
「あー……やっぱ知ってたか」
二人に変な空気が流れ、暫しお互いだんまりしていたが、不良っぽい男性が先に口を開いた。
「俺はシグルドって呼んでくれていいぜ、別に公の場って訳でもないしな」
「そう、わかった。私も好きに呼んでもらって構わないから」
「そうか……じゃあ、ゼロって呼ばせてもらうぜ」
お互いの呼び名を改めた所で、方針を決める事にする。
「まずは、どこから向かうかね?」
「そうね……」
私は徐に懐から石を幾つか取り出した。
「ん? 石?」
不思議そうにするシグルドを余所に、徐に石を軽く通路に投げ捨てる。石は数回地面を跳ねると少しだけ転がり動きを止めた。その際カランカランと水路中に音が反射していた。それを数回重ねる。
「何をしてるんだ?」
何をしているのか判らなかったシグルドは尋ねてきた。
「反響音を聞いてるの」
「どういう事だ?」
「エコーロケーションって知ってる?」
「なんだそれ?」
「音の反響を聞き分けて、距離感を掴む技法なんだけど、毎回返って来る音がずれていたらどう思う?」
「……そうか! 動いているな!」
少し考え、ピンと来たシグルドはパチンと指を鳴らした。
「えぇ、そうよ」
「探査魔法みたいなものか」
「因みにこれを極めれば距離だけではなく、潜伏先・人数・所持する武器の材質等も聞き分けられるのよ」
「マジかよ……」
それを聞いたシグルドは驚いていた。
「魔力感知の魔法や妨害系の魔法などを使われている場合でも、これなら問題無くいけるわ」
「すげぇが、覚えるのは大変だろ?」
「いえ、覚えるだけなら誰でも出来るわ」
「なに?」
興味が湧いたのか、その話に耳を傾ける。
「目を瞑って手を叩きながら壁に向かって歩くの。ぶつかりそうだと思ったら止まって目を開く。それだけでも十分訓練になるわ」
「ほぅ」
「ある程度慣れたら、広さ・部屋の材質・屋外など色々変えていって、人込みの中目を瞑って歩けるのなら文句なしに完璧ね」
「ふむ、面白そうだな。屋内戦とかで使えそうだし、ちと覚えてみるか?」
シグルドは顎に手を当て考え始めていた。
「ちょっと話が逸れたわね」
「おっと! いけね」
逸れた話を戻し、仕切り直す。
「それで、どの辺りだ?」
「ここから南に進、み左に曲がれそうな所を曲がり、少し先に進んだ辺りに音のずれがあるわ」
「よし、じゃあ行くか!」
こうして私達は動きが見られたポイントへと向かうのだった。
暫く進むと水路は十字路になっていたので左折した。そして、更に歩みを進めていたが……
「……待て、何かいるな」
「……えぇ」
二人はその歩みを止め、前方からする気配に意識を向ける。
水路の奥は灯りがあるにしても暗く見えなかったが、確かに何かの気配を感じる事が出来た。そして、それは水路の水臭さとは別に生臭い臭いも感じ、ズルズルと何かを引き摺るような音を立てながらこちらに向かっていた。
その異様さを感じ取ったシグルドは、腰に携えた剣を静かに抜き構える。
暗闇から影が近づき漸くその姿を見る事が出来た。
「アリゲーター……しかも三体か」
シグルドはそれを見据えて呟いた。
それは、全長四メートルくらいの大きさの巨大なワニのような姿をした魔物であった。
「特徴は?」
そっとシグルドに尋ねる。
「……ワニが魔物になったって感じだな」
「ふむ」
変わった特徴でもあったらと思ったが、ワニそのものの特徴と大差ないなら大した事は無い。
「んじゃ、始めるか!」
「ちょっと待って!」
迫るアリゲーターにシグルドが踏み出そうとした所に声を掛ける。急に声を掛けたので、シグルドはよろける感じになってしまった。
「おっとと……どうした?」
「まだ敵も判っていない以上、余計な音も立てたくないし、まずは黙らせるわ」
懐から三つ丸薬の様な物を取り出すと、アリゲーターに静かに近づいた。
「大丈夫か?」
「まぁ、いいから」
そっとアリゲーターに近づくと、三体のアリゲーターは口を大きく開けて飛びついてきた。
「よっと」
それと同時に、素早くバックステップをする。その際、その口に丸薬の様な物を一つずつ口の中に放り込んだ。
口の中で丸薬が接触したのと同時にアリゲーターは、大きく開いた口を勢いよく閉じた。
それを確認した私はシグルドの元へと背を向けて戻った。
「おいおい、背中向けてもいいのか?」
さすがに不用心過ぎると思ったのか声を掛けてきた。
「問題無いわ、既に終わってるから」
「ん? さっきのに毒でも盛ってたのか?」
「毒ではないけど、盛ってはいるわね」
改めてアリゲーターの方を見ると、先程から何かが歯がゆい感じに右往左往に体を捻っていた。その動きが異常に思えたシグルドは尋ねた。
「……何したんだ?」
「あぁ……強力な粘着性のあるトリモチを与えたから、口が開けないのよ」
「何だと?」
「ワニっていうのは、口の中に何かが触れると反射的に口を閉じてしまう習性があるのよ。また、口を閉じる力は強いけど開く時の力は抑え込むだけで封じる事も出来るくらい圧倒的に弱いの」
「つまり、一度ああなるともう口は使えないって事か?」
「そう言う事ね」
話を聞き終えると、シグルドはもがくアリゲーターに近づき一刺しの元アリゲーターを倒した。残りもサクッと終わらせ、大した戦闘音も立てずに戦いは終わりを迎えた。
「なるほど、ゼロの戦い方はクールだな。無駄がねぇ」
剣を鞘に収めつつシグルドは呟いた。
「しかし、水路に魔物がいるとはおかしいな」
「そうね、召喚でもしたのかしら?」
この王都には魔物や魔獣避けの結界が張られており、外部からの侵入はまず不可能であった。もし、出現していたのなら、それは内部から呼び出したものに他ならないのである。
「だとしたら、倒した事で侵入はバレたかもしれんな」
「まだ詳細までは判っていない筈だから、急げば取り押さえられるわ」
「だな!」
石を投げエコーロケーションを再度試し、反響音の違いからこの先を左折した先と判明し、早急に現場へと向かうのであった。
「さっきの所を左折したらこの先は行き止まりになっている筈だから、間違いなく敵がいるわ」
「あぁ、わかった」
水路が左右に別れていたのでそこを左折し直進を駆けていた。すると、前方の暗がりに誰かがいる事に気付きシグルドは声を上げた。
「お前ら何やってる!」
その声に気付きこちらを振り返った者は全員で五人いた。その者達はローブの様な物を纏い全身を隠しており、顔まではハッキリと見えなかった。
「何! 放っていた魔物が居た筈だぞ!」
「そいつらなら、おネンネしてるぜ?」
「戦闘音も立てずにどうやって……」
顔は見えないが口調から、悔しそうにしているのが窺えた。
「それより、お前らが今日何かしでかそうとしているのは、お見通しなんだよ!」
「何だと! 何故それを知っている!」
予想もしなかった事だったようで、驚きと焦りが入り混じった声がした。
「んなこと、どうでもいいだろ。往生しやがれ」
シグルドは携えた剣を構える。
「くっ! 邪魔はさせん!」
ローブの者達は四人シグルドに向かって魔法を詠唱し始めた。だが、それよりも早くシグルドはローブの者達に接近していた。
「おせぇ!」
その一人には中段の蹴りを喰らわせ突き飛ばし、壁に叩きつける。身を捻り反対の者には回し蹴りを、更にもう一人には鳩尾一発喰らわせ、一撃の元に戦闘不能に陥れた。
「くっ! これでも喰らえ!」
一人のローブの者は詠唱を終え、魔法を放った。
「あめぇ!」
だがシグルドは、強引に剣で魔法を弾き飛ばす。
「なっ!」
驚くローブの者は次の瞬間シグルドの剣の柄頭を顎下に受け、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
「おみごと」
流れるような動きで敵を制圧したシグルドに賛辞の言葉を送った。
「さて……残るは」
シグルドの見据えた先には、今の中で一切の動きを見せなかったローブの者が一人、残っているだけであった。
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