第29話 無の機工士

 ――魔法大会当日の朝。

 キッチンで二人分の弁当を作り書置きを残した後、私は部屋で身支度をしていました。手慣れた手付きで髪を編み、右目に眼帯をし、外套を纏い付属のフードで顔を隠す。机に置いている道具一式を身に付け宿舎を後にした。


 向かった先は冒険者ギルド。扉を開き中へと入り、受付へと直行した。

「おはようございま――」

 こちらに気付き挨拶をしてきたシルキーさんは、その姿を見て言葉を止めた。

「……話に聞いていましたが、イリアさん改め『ゼロ』さん、今日は何用で?」

 暫し間を空けると改めて声を掛けてきた。大体の話は事前に通しているので察する事が出来たようだ。

「えぇ、実は――」

 例の噂について、自身が見聞きした事を説明した。


「――なんですって? それは本当なんですか?」

「えぇ、残念ですが、直に聞いた事なので間違いありません」

 その話を聞くとシルキーさんは頭を抱え溜息を吐いた。

「大会そのものを狙うのか、それに便乗して何かをするのか、具体的には判りませんが、何かをしでかす事は確かです」

「情報が少なすぎますね」

「いつ始めるのかも判らないので、緊急性を要します」

「わかりました」

 真剣な表情で頷くと、シルキーさんはギルド連絡案内の音を鳴らすと、言葉を紡ぎ始めた。

「ギルド内にいる全冒険者に告ぎます。現在緊急性の高い要件が発生致しました。手の空いている冒険者は参加の程を宜しくお願いします」

 朝から騒めきだっていたギルド内はその連絡案内を聞くと一変して静まり返った。雑談していた冒険者のグループが受付に向かうのを皮切りに、次々と集まりだした。


 そんな光景を眺めつつ、シルキーさんに声を掛ける。

「人手は良さそうですし、私は狙いが何かを探ってきますね」

「はい、宜しくお願いします」

「あっ! それと、アレの準備もお願いします」

「はい、了解しました」

 不意に思い出した事を述べ、受付から立ち去った。

 すると、丁度その時、ギルドの扉が開き不良っぽい見た目の男性と兵士が数人入って来ました。すれ違い様に軽く会釈をし、そのまま扉へと向かい出て行きました。



 外へ出ると、街は露店を組み立てている商人が見られ、王都の門側からは多くの人が来訪してきていた。魔法大会は一般の人からしたらお祭りのようなものだし、稼ぎ時でもある。

 一先ず、本格的に混む前に店の方を片っ端から回ってみようかしら?

 そう思い、足早に歩み始めた。



 ――それから二時間、街中の店を一通り回り聞き込みをするものの、どこも噂程度の話しか聞く事が出来なかった。学園のある方向から音が一層大きく聞こえてきた事もあり、ふと時計を見ると、既に魔法大会が始まっている頃合いだった。今はまだ開会式が終わった辺りだろう。本格的に始まってしまうと、大会が狙いなら手が付けられなくなる恐れもあるので、急がないといけない。

 内心どうしようか? と、思っていた時、近くの露店からの声が耳に入る。


「だぁーかぁーらぁー! 大会のメインになる奴は誰なんだって聞いてんだよ!」

「ですから、そんな人いませんよ!」

 露店の店主に客がいちゃもんつけてる……わけではないが、変な感じに絡まれているようであった。

 頬をポリポリと掻きながら溜息を吐く。

 急ぎではあるが、見てしまったものは放っておけないし……

 仕方なしに、その揉め事に首を突っ込む事にした。



「はいはいはい、そこまで」

 両手を広げ二人に割って入る。

「なんだ? お前?」

 ギロリとこちらを睨むその客は、女性であるが人間ではなかった。身軽な格好に高身長の青い髪の毛、頭部にある耳と口から見える牙、そして尻尾。その人物は人狼族であった。

「まぁまぁ、一体何について揉めているので?」

 一先ず、問題について聞いてみた。

「だからよ、俺は魔法大会に出てる注目株って奴は誰なんだ? って聞いてるだけだよ」

「……ふむ」

「ですから、そんな人はいませんって!」

 ……んー? これは、アレかな? 根本的な所で間違っていないかしら?

「つかぬ事を伺いますが、魔法大会がどういったものかご存知ですか?」

「えっ? アレだろ? 魔法とか駆使して戦う感じの奴だろ?」

 あー……やっぱり。

 思った通り勘違いしていたようだったので魔法大会について説明する。

「魔法大会はですね、学園の催し物で、闘技大会のようなものではないんですよ」

「マジかよ!」

 本当に素で知らなかったようなのか、相当ショックを受けているようであった。



「いやぁー、悪かったな」

 露店の店主に謝り、店主も誤解が解けたのでよいと許しを得て一件落着しました。その後、露店の食べ物を買い、表通りから外れた路地で話をしている所です。

「アンタにも迷惑かけちまって、何かお礼させてくれないか?」

 そこで、一つ考えが浮かび提案してみる。

「でしたら、一つ頼まれてもらえますか?」

「ん? なんだ?」

 今調べている件を辺り触りの無い範囲で説明した。

「――なるほど、それで探してるって訳か」

「えぇ、そこで――」

 そう言い、外套の内側に仕舞っておいた布切れを取り出した。

「この布切れの匂いがする所を探ってみてもらえませんか?」

 その布切れは、犯行予告を聞いた時に現場に残されていた布の切れ端であった。どこかで引っ掛けたりしたのだろう。これで魔力探知が出来るのでは? と調べてみたが、しっかりと対策が取られていた。

 だが、匂いまでは隠しきれていないだろうと取っておいたのが功を奏した。人狼族の嗅覚をもってすればそれも容易い事である。


「あぁ、いいぜ」

 布切れの匂いを嗅ぎ、その後辺りの匂いを入念に調べに入る。暫くすると、少し困ったような表情を浮かべて話始めた。

「うーん……今日は、人込みが多いせいでハッキリとは判らんな」

「大体の方向で結構ですので」

「そうだな……」

 悩みぬいた結果、ある方向を指す。

「極最近のって言えばあっちの方からするな」

 その方向を見ると、私が目撃した現場の方角であった。

 なるほど、だとしたら……


「ご協力ありがとうございました」

 大凡の見当がついた私は礼を言う。

「いやなに、大体な感じになっちまって悪いな」

「いえいえ、十分に助かりました」

「んじゃ、俺は食べ歩きでもして楽しむとするかな」

 表通りに向かおうと座っていた木箱から立ち上がった。そこで私は一声掛ける。

「それでしたら、飲食の際は私の……イリアからの紹介でって事にすれば融通利くと思いますよ?」

「マジで? そいつはいいな」

 意気揚々に歩みを進めていたが、ふと立ち止まり振り返る。

「そういや、まだ名乗って無かったな。俺の名はリオン。よろしくな!」

 軽く手を上げ名乗ると、軽快な足取りで表通りへと向かって行った。



 それからギルドへ向かい敵の潜伏先について説明した。その知らせを受けたシルキーさんはすぐに各人員に通達し包囲網を張る作戦を練り始めた。

 そんな中、私は一足先に潜伏先を確認すべく、以前目撃した場所へと訪れていた。

「……ここね」

 以前声を聴いた場所の角を曲がると、そこで行き止まりになっていた。だが、その行き止まりには扉があり、鎖で施錠されている。この扉の先は地下水路となっており、普段は進入禁止になっている区画であった。

 その可能性も考慮していたが、目的が何か判明していないので、安易に決める訳にもいかなかった。しかし、思わぬ助っ人により、決定打となる情報を得た今、躊躇う必要もなくなったわけだ。

 侵入するにあたって、考えられる可能性は……

 そんな事を考えていたその時、後ろから物々しい足音が複数近づいてきた。



「――で、この角を曲がった先がそうなんだな?」

「はっ!」

 不良っぽい男性が尋ねると、兵士は敬礼して答えていた。

「おっ?」

向こうもこちらに気付いたようだ。

「あれ? アンタさっきギルドにいたな。そうか、アンタが話の『《ゼロ》無』なんだな?」

「『ゼロ』と言えば、魔法を一切使わず道具だけであらゆる問題を解決してきたというあの『ゼロ』ですか?」

 話が何なのかは判らなかったが、一応そうなので軽く頷いた。

 兵士の一人が声を露わに驚いているのを見て、表情には出さなかったが、凄く複雑な気分であった。


 『ゼロ』と言うのは、正確には『ゼロの機工士』という。村での外敵対処に明け暮れていたら、いつの間にかそんな二つ名がついてしまっていた。

 正直静かに暮らしたい私にとっては邪魔でしかないので、極力避けてきていたのだが、事態が事態なので久しぶりに活動し始めた矢先にコレですよ。村から離れてるし知られていないと思ったら、普通に知られていましたよ。

 多分ネーちゃんのせいだな。よし、許さん。後である事ない事吹聴してやる。


 などと考えていたら、不良っぽい男性は扉の施錠を調べ始めていた。

「巧妙に細工してあるが、こいつは既に開けられた後に内側から魔法で閉めてやがるな」

 何気なく見ていただけのようで綿密に調べ上げている事から、見た目とは違い細かい事に気付く良い目を持っている事が判る。

「さて、こっからどうするか……」

「それなら、既に手は打ってあるから」

「なに?」

 ギルドの面子で包囲網を敷いている事、そしてある作戦を密かに進めている事を説明した。


「――なるほど」

 説明を聞き終わるとすぐさま兵士に指示を飛ばし始めた。

「よし! お前は巡回中の兵士に通達。ギルドの面子と協力体制を取り、敵を逃がさぬよう包囲網を強化しろ! 結界を使ってでも絶対に逃がすなよ!」

「はっ!」

 指示を受けた兵士は伝達の為に駆けて行った。

「残りは時期にここにもギルドの連中が来るから合流して作戦を開始せよ!」

「はっ!」

 残りの兵士も指示を受け、すぐさま準備に取り掛かった。


 そんなやり取りを横目に、私は施錠された鍵を外し鎖を解く。扉を開くと重い金属音が擦れる音が鳴り響いた。

 開かれた扉の前で私達はお互いの顔を見ずに話しかける。

「アンタ、腕はどうなんだ?」

「対人で後れを取る事はまずありえない」

「上等」

 不良っぽい男性はニヤリと笑うと、私達は暗い地下へと降りて行った。

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