第40話 不器用な白鳥

 振り返った先には一人の好々爺が立っていた。

「……学園長?」

「アルスレイさん、少しお時間良いでしょうか?」

「至急の要件がありまして、急いでいる所で申し訳ありません」

 詫びを入れると急ぎ歩みを進める。

「……イリアさんの後を追うつもりですね」

「えっ?」

 ところが、意外な一言に駆け出した足を止め振り返った。

「どうして学園長がご存じで?」

「その事についてもお話がありますので、少しだけお時間頂いてもよろしいですか?」

「……はい、わかりました」

 何かしらの事情を知っているのだろうと感じたネルはゆっくりと頷いた。



 一先ず宿舎の中で話を聞く事にした。一階のダイニングにて椅子に腰を掛ける。

「アルスレイさんは、イリアさんについて何かご存じな事はありますか?」

「……そう言えば、妹がいたとか、もう亡くなって久しいとかそういう話は以前に聞きましたが……」

「そうですか、その話が既知でいらしたのでしたら、お話してしまっても構わないでしょう」

 学園長は一呼吸置きゆっくりと口を開き始めた。

「今からお話する事は私も知人から聞いた話ですので、明確な所は解りませんが、私なりの解釈を踏まえてお話します」

「はい」

 ネルが頷く姿を確認した学園長はイリアについて話始めた。



「まずアルスレイさんもご存じの通り、彼女には妹さんが一人いました。ご両親は彼女が幼い時に亡くなったそうで、身寄りも無い彼女は親代わりとしても奮闘されていたそうです」

 面倒見が良いのはそのせいなのかもしれないとネルは思い頷く。

 しかし、その妹さんは生まれつきの病で床に臥せっていたそうで、その治療代を稼ぐためにも仕事を択べず働き詰めでした。とはいえ、彼女の必死な献身により妹さんの病態も良くなり少し動けるくらいにまでは回復されたそうです。ですが……

 学園長の表情は暗く険しいものへと変わる。

 そんな彼女達に更なる仕打ちが襲い掛かる事となります。


 ある日彼女達の家に賊が入り、妹さんが攫われてしまします。

 紆余曲折の末、妹さんが攫われた場所を見つけ出し救出に向かいました。しかし、辿り着いた彼女の目の前で妹さんは殺されてしまいます。無論彼女も抵抗しましたが、力及ばず彼女自身も大怪我を負うことになりました。間一髪駆けつけた者によって何とか賊は捕まりましたが、彼女は生涯消える事の無い傷と妹さんを失ってしまいました。


 復讐心に駆られそうな彼女でしたが、妹さんの言葉を思い出し何とか一線を超えるまでには至りませんでした。それからの彼女は、これ以上大切な者を喪う事に無いようにと誓いを立てたそうです。

 ですが、自身が凡人である事を何よりも理解していた彼女は、己の全てを捨ててまでも直向きに努力を続けたそうです。結果その栄誉を称えられ、守る側の立場の者へと至る事となりました。


 そこでも常に誰かの為に尽していた彼女ですが、とある紛争に多くの仲間と向かう事となった彼女は持てる力を出し切ってその争いを終結にまで導く事が出来ました。

 ……ですが、自身が守ろうとした者、大切な仲間はその途中で一人また一人と倒れて行き、全てが終わる頃には誰一人救う事が出来ませんでした。

 偏に称えられた彼女ですが、結局昔から何も変わっていない事に気付いた彼女は、一人姿を消したそうです。きっと、心も体も傷だらけで限界まで磨り減っていたのでしょう。


「……?」

 ネルはその話に何か引っ掛かりを感じていた。



 そんな彼女でしたが、とある事件に遭遇し、その出会いから暫く身を落ち着かせる事となります。その際、幾多の場所を巡りては戦時に親を亡くした子供や身内の圧力から逃げ出した子供達などと出会い、そういった子供達を集め保護し、いつしか孤児院を建てるまでに至りました。

 せめて、自分と同じ道を辿らない様にと、自身を反面教師とし教え導く側に身を置く事にしたそうです。


 子供達には将来独り立ちする際に役立つようにと、自身が持つ技術が知識を教えていました。ですが、運営にせよ教えるにせよお金が必要となります。このままでは、孤児院の運営は出来ず子供達を路頭に迷わせる事になると、頭を悩ませていました。


「その時とある提案を知人がしてきました。私の知人でもあります」

 そんな学園長の話に何かを思い出したネルは口を開く。

「……もしかして、肩代わりするから街に出てお金を稼いで来い……ですか?」

「おや? ご存知でしたか。その代りにと出した条件にはそれありました。現状どうする事も出来かった彼女はその条件を吞み、王都へと向かう事となりました」

 こうして学園長はイリアが王都へと来る事となった経緯を話し終えた。

「因みに学園への入学手続きの際、私はこの話を知人に聞かされました」

「……」

 この話どこかで聞き覚えのある話だと思ったら、以前イリアが話していた物語そのものであった。まぁ、所々脚色してはあるのだろうけど、殆ど実体験による昔語りだったのかもしれない。確かあの時、イリアの事について触れていたし……

 その時、ネルはそう思っていた。



「それからのイリアさんは随分と奔走されていました。街中の店に行っては働き口を探していましたし、学園の施設を使用する際も何度も頭を下げて頼み込んでいましたしね」

「えっ? そうなんですか?」

「はい、本来学園の実験施設などは半年分の教育課程を通過してしか許可を出す事は出来ません。ですが、彼女はその半年分を僅か一月で習得出来ていた為に私の特例という事で、監視付きの元、使用を許可していました」

 そう言えば入学したての頃アンジェから聞いた事があった。学園の特別な施設は半年分教育課程が必要であるとか何とかと。それに、監視付き。恐らくそれはミルド先生だろう。でもなければ、あんな反応するとは思えない。

「長期休暇の際は、何度も魔法理論を作成してきては見せに来ていましたね。荒唐無稽な感じでいて、理に適った高度な魔法理論は論文としても申し分ありませんでしたね」

 その時の状況を思い出し学園長は笑みを浮かべる。

 確かその時は特訓を始めた時でもある。イリアは人知れずそういった事を行っていたのだろうか? そんな疑問が浮かび尋ねてみた。

「何故そんな事を?」

「その質問は私も思いましたので、一度尋ねた事があります。すると、彼女はこう言っていました」


 “直向きに努力をする者は全力で応援する主義ですし、何より無能という烙印を押され本当の才能を殺してしまうのは何よりも度し難い”


「――との事です」

 如何にもイリアが言いそうなセリフであった。

「思えば、彼女は本質を見抜き育てる能力に長けている所がありました」

「……確かに」

 イリアの言う通りの特訓を行った結果、新しい魔法を習得できたわけだし。

「まぁ、それ以上に貴女方が好きだったのでしょうね。いつも面倒臭そうに言ってましたが、表情は穏やかでしたしね」

 学園長の意見には心当たりがある。確かに、イリアは時々そういった表情をする事があったからだ。

「いつぞやの課外実習では、怒鳴り込んでしまったようですね。相当自己嫌悪されていましたよ」

「いや、それは僕が悪かったので」

「彼女は気に入った相手でないと本音を出さないみたいですから、本当に大切に思っていたと思いますよ?」

「……はい」

 やっとその時、気付けばいつも陰で支えられていたのだとネルは気付いた。



「本来イリアさんは半年で学園をお辞めになる予定でしたのよ? 既に資金は集めきっていましたので」

「えっ!」

 それは初耳であった。鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ驚いた。

「でしたが「やるべき事が出来た。ちゃんと結末を見てからにする」と、仰り卒業まで延期にしたそうです」

「やるべき事?」

「どうやら、今回のアンジェリーヌさんの件は、ディルムの一件から予想されていたそうで、水面下で色々と手を回していたそうです」

「まさか!」

 だが、イリアの事だ、やりかねない。そう自信をもって思える自分がいた。

 いつぞやの手紙に書いてあった通り、イリアは不器用だった。日頃は何食わぬ顔をしているが、水面下では必死に藻掻き続ける白鳥のようだ。



「さて長々とお話してしましましたね」

 二人は宿舎を出て表通りまで出てきた。

「いえ、イリアの事情も知れましたし、再認識する事も出来ました。ありがとうございます」

 学園長に頭を下げ一礼をする。

「イリアさんの居場所ですが……豈然よもやご存知なのでは?」

「……えぇ、まぁ……」

 ネルは少し複雑そうな表情を浮かべ口籠る。

「恐らくイリアさんは相当無茶をすると思いますので、お願いしますね」

「はい!」

 力強く返事をすると、ネルはイリアの後を追うように駆け出して行った。


「女神様、どうか彼女達の無事を……」

 学園長は一人そう願い口遊んだ。

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