第41話 心は激情に、頭は冷静に
――シャルワ祭壇跡近辺の森にて少女が一人木々に身を隠し、片手に持つ双眼鏡を用いて様子を窺っていた。見つめる先には一つの古惚けた祭壇があった。所々は雨風に晒され続けた結果崩れ去ってはいるものの、その姿は未だに祭壇としての姿を保っている。
少女は祭壇の様子を窺いつつも反対の手では何かしらの機械を動かし操作していた。
その時、少女の背後から草木を掻き分ける音が聞こえてきた。その音は次第にこちらへと近づいて来ている。
「漸く来たわね。意外と遅かったじゃない?」
しかし、少女は振り向く事無くその音に向かって口を開いた。
「そっちこそ一人で突っ込んでると思ったんだけど?」
「まさか! どっかの誰かさんじゃあるまいし!」
「どういう意味かな?」
互いに顔を見ずともいつものやり取りをする。
「……まぁいいわ。よく来たわね、ネル」
「イリアこそ」
漸くそこで振り返り二人は顔を合わせた。
ネルはイリアの隣に並んで状況の説明を求める。
「それで、今はどんな感じなの?」
「まだ大きな動きは見られないわ」
「今のうちに仕掛けるのは?」
「無理ね」
ネルは提案してみるも、あっさりと否定されてしまった。
「何でさ?」
「ここが限界なのよ。これ以上進むと魔力感知の結界内に入ってしまうから、すぐにバレるわよ」
「なんでそんな事が判るの?」
「色々な角度から視ているからね」
ネルの疑問にイリアはクスリと笑いそう答えた。
「それに今の私はあくまでも斥候よ? ギルドにもそう伝えていた筈だけど?」
「……えっ?」
「……オイ」
初耳ですがとばかりの表情を浮かべるネルに、イリアは呆れ顔をしていた。
「それと、ギルドから城へもそういう報告をするように要請しておいたから」
「そうなの?」
「……どうせネルの事だから、こっちに来ることに気を取られて、先にここに来る事を城に報告してないでしょ?」
「……あっ!」
言われてみれば伝えてない事に気付き、ネルはバツが悪そうな顔をしていた。
「……そうそう」
先程の事を思い出したネルは、不意に口を開く。
「イリアの事、学園長から聞いたよ」
「聞いちゃったの? まぁ、あの人心配性みたいだったし、黙ってられなかったんでしょうね」
「あの人って……」
もっと深刻な感じになると思っていたのだろうか? 予想とは裏腹に、あっけらかんとしたイリアの態度にネルは戸惑っていた。それどころか、学園長相手にあの人呼ばわりする始末。
「……あぁ、そっか! 知らなかったっけ? 私と学園長は茶飲み友達なのよ。バイト先の店に結構顔出してる常連でもあったしね」
「えー……」
今明かされるどうでもいい事実。
「それにしても一人で調べてたってさ、水臭いじゃない? もっと頼ってくれてもいいのに」
「いやぁ、確証も無いうちに色々言うのは余計な混乱を生むだけだから、言わなかっただけよ? そのうち言うつもりだったけど、今回はタイミング的に後手に回っただけって話よ」
「ホントかなぁ?」
「信用無いなぁ」
無論日頃の行いのせいであることは言うまでもない。
――閑話休題。かなり脱線した話を戻す。
「……それで、私が斥候として単身来たのには幾つか理由があるわ」
「理由」
「まず、私がそういう事が得意な事。私自身の性に合ってる事と、魔力感知されないって点でもね」
「そう言えばそっか。天然迷彩だったね」
「それと、一つ訂正もあるわ」
「訂正?」
「私はアンジェを攫った相手をどうこうするつもりは無いわよ?」
「……はい?」
てっきり怒ってるかと思いきや、意外な返答にネルは間の抜けた声を上げた。
「いやいや、当たり前でしょ? 私がそんな綿密に計画してるような相手にまともにやり合って勝てる訳ないし」
「それは……まぁ……」
「それによ、私の目的はあくまでもアンジェの救出だからね? 態々藪をつついて蛇を出す真似なんてリスクしかないじゃない? そういうのはそういう事が出来る人に任せればいいのよ?」
「うん、確かに」
イリアの言う通り、相手を刺激して救出自体出来なくなってしまっては元も子もない。
「後は、もしもよ? もしも、軍の到着よりも儀式が先に始まってしまった場合、時間との勝負になるから強襲出来る人員も必要だったってわけ」
「……まさか!」
その時、ネルの中で一つの疑問が解決した。
「僕にここの居場所を言ったのって……」
「えぇ、そうよ」
その、もしもの時の為の強襲班に含まれていたようだ。恐らくはネルを囮にして自身が不意打ちで救出し即離脱する算段でもしていたのだろうか?
「……抜け目ないな」
「何の事かにゃぁ?」
ジト目で見つめるネルに、悪ぶれた素振りもなく恍けるイリアであった。
そんなイリアを見てネルは思った事を口にした。
「……ねぇ、イリア」
「ん?」
「怒ってないの?」
「何を?」
「アンジェが攫われた事とか」
「……怒ってないと思う?」
そう言うイリアだが表情はいつも通りであった。
「一時の激情に駆られてしまっては、上手く行く事もいかなくなるわ。常に頭は冷静でいないとね」
「そうだけどさ……」
言い分は解るが、どうにも消化しきれないネル。それを見かねたイリアは頭をポリポリと掻きながら口にする。
「……あのね、別に怒るなとか言わないわよ?」
「そうなの?」
「現に今私だって、攫った奴の事を無茶苦茶にしてやりたいと思ってるし」
「……わからん!」
そう言うイリアの表情は何一つ変わっていない。
「その激情は反撃の一手に全てを掛ければいいの。その時は、思いの丈を存分にぶつけてやりなさい」
そう言いニヤリと笑うイリアは、悪役の顔をしていた。
「わかった! そうする!」
ネルは自分なりに整理を付けたようで、先程とは違い表情は良くなっていた。
「それで、これからの事だけど」
一呼吸置きイリアは話を切り出す。
「既に色々手は打ってあるわ。それでも軍の到着が間に合わなかった時は強襲作戦を実行するわ」
「うん、わかった」
「それで、その作戦の手筈だけど……」
イリアは作戦内容を手短に、そして確実に伝えて言った。
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