第46話 今キミに出来る事
邪神は叩き付けた腕をゆっくりと上げると、そこには血塗れになったイリアが倒れていた。その姿を見て邪神はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ちょこまかと小賢しい真似をしていたが、どうやらその状態だと終わりの様だな」
……あー……まだ、生きてはいるか……
そんな彼女は、まだ辛うじて意識が残っていた。だが、それだけで体の自由は既に利かず、指先一本すら動かせない状態にあった。そんな彼女の脳裏には、走馬燈のように思考がはたらいていた。
叩きつけられる直前に左腕で庇い、若干位置をずらしたおかげで即死は免れたけど……
チラリと視線だけを動かし左腕のあった方を見る。
その時に引き千切れたのかしら? そのまま飛んで行ったようね。
そこには何も存在しておらず、覆う物を亡くした袖は寂しく風に煽られていた。
「こふっ!」
口からは吐血し、視界は朦朧としていた。
限界が来た上にこの有り様、さすがにもう意識を保つのが限界だわ……
全身の骨は砕け身動きが取れず、肋骨は肺に刺さり呼吸が出来なくなっていた。呼吸が出来ない以上死を迎えるのも近いだろう。まさに風前の灯火状態である。
……まぁ、いいか。私のやれる事はもうやりきったし。
弱気なのか? 諦めてしまったのか? 天を見上げ、そう彼女は思った。
「虫螻蛄にしてはよくやったと誉めてやろう。邪神たる我に傷を付けたのだからな」
そんなイリアを余所に邪神は口を開いた。
「その敬意に表して一思いに逝かせてやろう!」
そう言うと、邪神は右手を前に翳し魔力を集め、その凝縮した魔力をイリアに向かって放つ。
迫り来る魔法になす術の無いイリアは、受け入れたのか、そっと目を閉じて……閉じて……?
否、目を閉じるどころかしっかりと見据えていた。その視線の先にいる少女の姿を……
――時は少し戻り、シャルワ祭壇跡下層にて。
イリアに追いやられるように最上階を後にしたアンジェとネルであったが、階段を降りきる辺りでアンジェはその歩みを止めてしまった。
「どうしたのアンジェ? 急いでここを離れようよ」
「……うん」
振り返りチラリと最上階を見つめるアンジェ。
「気持ちは解るけど……」
残して来たイリアの事が気になっているのだろう。自分も気持ちは同じなのだから。
「けど、僕が出来る事はアンジェを守る事だから」
「解ってる。解ってるけど……」
頭では理解しているも、気持ちが納得したくないと否定しているようであった。
「何にしてもここに居たら危険だよ! 兎に角離れよう!」
その言葉に押されるように祭壇跡を後にする。
二人は近辺のイリアが潜伏していた森辺りまで移動して来た時、再びアンジェは歩みを止め、ネルに尋ねる。
「……ねぇ、ネル」
「何?」
尋ねられたネルは歩みを止め振り返り答えた。
「ずっと気になってた事があるの」
今まで引っかかっていた事について聞いてみる事にした。
「これまでずっと見ていて思ったんだけど、イリアって私達の身の丈に合っていない事柄は全て一人で引き受けていた節があったよね?」
「……うん、そうだね」
「それってやっぱり何か理由があるのよね?」
「……まぁ……ね」
事情を聞いてしまっていたネルはバツが悪そうにしていた。その様子を見たアンジェはネルに問い質す。
「知ってるのね? その理由教えて貰えないかな? 人の過去を本人の居ない所で聞くのはどうかと思うけど、何て言うのかな……」
色々言い方を考えてみるも良い表現の仕方が思い付かず、シンプルに述べてみた。
「今、聞いておかなきゃいけない気がするの」
「……わかったよ」
真撃に受け止めようとするアンジェを見たネルは、一呼吸置きゆっくりとその口を開いた。
「この話は僕も学園長から聞いた事なんだけど――」
「――という事だってさ」
ネルはイリアの事情について簡潔にだが説明した。すると、アンジェは何かを察したようでボソリと呟く。
「……そう……だから、あの時……」
「……あの時?」
「ううん、何でもないの。それよりも……」
アンジェは振り返り祭壇跡を見つめた。
「やっぱり、戻るわ!」
「えっ?」
そう言うや否やアンジェは祭壇跡へと駆け出して行った。ネルはそんな彼女の後を慌てて追いかけた。
「ちょっとアンジェ! 戻っても僕の出来る事は――」
「解ってる! 解ってるから戻るのよ!」
走りながら声を掛けてきたネルの言葉を遮るようにアンジェは答えた。
「今私が出来る事があるの! だから戻るの!」
「出来る事って……えっ……?」
ネルはその意味を何となく察した。
「付き合ってくれるかな?」
「ふっ……今更じゃん?」
皆まで言うなとばかりにネルはニヤリと笑って見せた。
「行こう!」
二人は頷き合い、祭壇跡へと駆けて行った。
――そして今に至る。
「くっ!」
イリアの前に庇い立ったネルは防御魔法を全力で使い、その攻撃を防いでいた。
「どっせーい!」
気合いと共に魔法を押し返し、軌道がずれた魔法は彼方へと向かって行った。
「イリア!」
そんなネルの傍ら、素早くアンジェはイリアに駆け寄り頭を抱えた。その姿は全身血塗れになりぐったりと横たわっており、全身は傷だらけで関節はおかしな方向へと曲がり、骨は砕けているのか歪な形をしていた。それは外見からも解る程である。
「ごめん、やっぱり戻ってきちゃった」
「……いや……いい」
辛うじて声を出しイリアは答える。
「でも、唯戻ってきたわけじゃないわ。今私が出来る事をやりに戻ってきたのよ」
その目には信念が籠っており、そんな彼女を見たイリアは口元をニヤリと歪めて返す。
放った魔法を躱された邪神だが、戻ってきた二人を見ると、寧ろ好都合だとばかりの表情で口を開いた。
「戻ってきたのなら丁度良い、纏めて片づけてくれるわ」
そう言うと、邪神は上空へと舞い上がり、両手を前に翳しこちらへ向かい魔力を集中させ始めた。その魔力は今までのものとは比較にならない程で、それを中心に周囲は風が渦巻き吹き荒れていた。
「聞いて……アンジェ」
そんな絶望的な中、イリアは息も絶え絶えに言葉を紡いできた。
「イリア、喋っちゃダメよ」
「いいから……聞いて」
呼吸が出来ていないのに無理して喋るイリアを止めるが、それを遮るように話を続ける。
「枷の無い今なら……全力の魔法を……ぶつけてやればいいわ。最上級の魔法を放つのよ……きっと出来るから……」
「何を言うかと思えば……」
しかし、それを聞いた邪神は否定する様に答える。
「そんな大規模な魔法を行うには準備が必要となるぞ? そんなもの、今この状況でどうやってするつもりだ?」
邪神の言葉にイリアはニヤリと笑みを浮かべ返す。
「その辺りに……抜かりはないわ。既に……終わっているから」
「……何?」
そう答えたイリアに邪神は眉を顰めたような表情を浮かべていた。
「けど、相手は私達の上空にいるのよ? それをするにしてもこちら側にも影響が出るわ」
「それは問題無いわ……ディルムの……逆をやればいいの」
「ディルムの……」
そう言われてアンジェはその時の事を思い起こす。
「多少はこちら側にも影響は出るだろうけど……そこはネルが……全力で守りに徹して何とかしな……さい……な……」
「ちょっ! 雑! 僕だけ雑過ぎない!」
そんなネルのツッコミも他所に、精神だけで保っていた意識も限界に達したイリアは、そっと目を閉じ意識を失った。
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