女神様のセカンドライフは静かに過ごせないー退職女神の異世界奇譚ー
鷹観きつね
第一部 黄昏の聖櫃
序章 元・女神の人生計画
第1話 女神、やめるってよ
さん……に……いち……
目の前には会社の事務室が如く、よくある風景が見える。
書類を整理する人、忙しなく電話に出ている人、コピー機の前なんか列が出来て、はやくしろよと言わんばかりに若干揉めている。
椅子に腰を掛け、ぼんやりと机に肘を掛けつつ壁時計を見ながら、心の中でカウントダウンを始めてみる。
――ゼロ!
時計の短針が長針と重なる。
カウントダウンがゼロになったと同時に、パンッと手を合わせ席を立つ。
「任期、お疲れ様でした!」
それと同時に、部下達が私に集まり花束を渡される。
挨拶は各々違い「姐さんお疲れ様でした」だの「お姉様がいないと寂しいです」だの色々言われている。
因みに、こう言われているのは、普段仕事をしている時がクールでテキパキとワンマンプレイを熟し、部下に寄り添いながら仕事をする姿のウケが良かったようで。
単に普通に働いていただけなのだが……多分そう見えるのは見た目のせいでは? と、思う。
ロングヘアーに若干吊り目で、所作に無駄が無いのが、恐らく原因だろう。
色々言われはするものの、部下に慕われていたのは、本当に良かったと心から思う。
各自にお礼を言い、見送られながら私は部屋を後にした。
――そんなわけで、私ことイルステリアは本日付で女神を定年退職しました。
と、言っても人間基準の年齢ではない! 断じてない!
一概に神と言っても、それは下位次元の人達がそう呼んでいるだけで、別に特別な存在でもなく、唯高位次元にいる存在なだけである。
そう呼ばれているのは、単に何処の世界も似たような呼び方をしているので、それならばいっその事、そう言う呼び方でいた方が、都合が良いのでは? という、随分安易なものである。
私達のいる世界、最高位次元世界コスモ・スフィア。全ての終着点となる最後の次元世界。
そこには科学文明の発展した世界軸の人から、魔法文明の発展した世界軸の人など、様々な人達が存在します。
そんな世界に存在する機関、次元管理局に私は勤めていました。
仕事内容を詳しく言うと長くなるので、掻い摘んで言うとこうなる。
まず、魂の転生先に住まう為の受付、言わば市役所の市民課の様なもの。次に、他次元に不正に介入する次元違法者を取り締まる為の違法取締、早い話が警察機構。更に言えば、下位次元で勃発し、他の次元に影響を与える様な大規模な争い、通称次元戦争と呼ばれる事が起きた場合、鎮圧する為の軍事、要は軍隊である。
後は、世界証明する為に観測する事を目的としたものなのだが……
これがまた、ややこしい話なので、端的に言うと、世界は世界が存在するという事を観測者が観測し続ける事で世界が存在するという事を証明しているの。
……何言ってんだ? と、思うだろうがそこは量子学の話になり、これまた長くなるので置いておいて。
そういった事柄を日常業務として行っています。
――さて、これからどうしたものか。
自室のベッドの上で寝転がりながら怠惰を貪り、早くも数日が経過。
シャツ一枚来ているだけで裸同然の恰好に、長い髪の毛はボサボサ、情けなく欠伸をしている。部屋中何かの部品や作りかけのものなど散乱しており、とても女性が住んでいるとは思えない程である。
本来、私はこんな感じで一部の人のみ知っています。
定年退職後の事、言わばセカンドライフというやつをどうするか、以前から考えてはいたが、取り留めのないまま結局今に至る。
このままでいても埒が明かないと、ベッドから飛び起き適当に見た目を整える。そして、部屋を後にし、ロビーへと移動した。
今は仕事の時間だからか、ロビーは閑静としており人の気配がまるでしなかった。
ホラー映画なら、今から窓とか突き破って何者かが押し入って来るタイミングだなと、どうでもいい事を思いつつ、ロビーの傍らにある雑誌を手に取りテーブルのある椅子に座る。
片手で髪の毛を弄りながら、雑誌を読み始める。
タイトルにはこう書かれていた。
『セカンドライフを楽しみたいアナタへ送る、オススメ世界億選集』
旅行の案内じゃないんだからどうなんだ? と、思いつつも読む事にした。
まず見開きの頁にはこう書かれていた。
『ドキドキワクワクを楽しみたいアナタへオススメなのはこれ!』
『今、流行りの異世界ファンタジーで冒険の旅に出かけてみませんか?』
よくある見出しだなと思ったら、補足に見過ごせない事が書いてあった。
『ただし、軟体生物に限る』
「……はい?」
思わず声をあげてしまった。
何よ、軟体生物って? イカとかタコじゃないの。
いや待てよ? 軟体生物と言っても普通のとも限らないわよね? まさかと思うが、お城の周りによくいるあの生物も含まれてるのでは?
狩られるじゃん! 確かに違う意味でドキドキしますけど!
……無いわ。
次の頁を捲る。
『ワイルドな生活を送ってみたいアナタにオススメなのはこれ!』
『今、流行りの豊かな自然の中、アウトドア生活を送ってみませんか?』
これは、良さげな内容だなと思ったら、また補足に看過出来ない文字が。
『ただし、節足動物に限る』
「……んっ?」
何よ、節足動物って? クモとかムカデとかサソリとか、早い話が蟲じゃない!
確かに自然豊かでワイルドだけどさ! 弱肉強食過ぎるでしょ!
……ダメだこりゃ。
次の頁を捲る。
『ミリタリー好きなアナタにオススメなのはこれ!』
『今、流行りのサバイバル生活、硝煙香る世界を堪能してみませんか?』
これは、なかなか唆られるかもしれない。
何を隠そうこの私、うっかり自分で剣とか銃とか造ってしまう程に好きなのである。
無論、扱うのも好きなので、良いなぁーと思っていたのに、またもや補足に気になる文脈が。
『ただし、武器種に限る』
「……んん?」
何よ、武器種に限るって? 意味が解らない。
まさかとは思うが、武器種に限るって事は、扱う側出なくて武器そのものって事?
最早生き物ですらなくなったー!
確かに好きよ、でも別になりたいわけじゃないから!
……アカンわ。
さっきから何なんだ? このピンポイントにズレた感じのものは。まるで
目次を見てみると、そこには六次元編と書かれていた。
「なるほど、納得いったわ」
それというのも、その辺りは何分色々出来て便利なので、六次元とか七次元の世界は転生先などで人気があり、競争率が高いのだ。
だから、余ったところはこういった、一部の人向けのものに偏ってしまっているのである。
とは言え、別段その辺りの次元に拘りも無いので、もう少し下位次元の方を見てみる事にした。
「まぁ、三次元くらいでいいかな?」
この辺りの次元は主にゆったりとした余生を送りたい人向けのものが多く、私も元々そのつもりであったので、探してみる事にした。
パラパラと適当に頁を捲っていたら、気になるところに目が行く。
『ゆったりとした生活を送りたいアナタにオススメなのはこれ!』
『昔ながらの魔法の世界、比較的安全でのんびり生活送ってみませんか?』
「うーん、魔法世界かぁ」
少し惹かれている私がおります。
それというのも、私は科学文明出身なので、実のところ普段からちょっと魔法とか使ってみたいと思っていた次第で。それに安全って事だしセカンドライフを静かに過ごすなら最適といえば最適だしね。
そこでふと、先程の件を思い出す。まさかと思うが、また余計な補足とか無いよね?
探してみるものの、特に余計な補足も無い。ならばよし。
それで、この世界の担当はっと。
担当者項目の名前を見てみると、見知った名前が載っていた。
『第三次元C714通称ミーティア 担当責任者、女神クルセイル』
「あぁ、彼女か」
そう言えば、彼女魔法文明出身だったなぁ。
まぁ、彼女は真面目だし、おかしな事にはなってないだろうから、ここにするかね。
そう決断し尋ねる事にした。
雑誌を閉じ、元の場所に戻してから、鼻歌交じりに磨き込んであろうピカピカの廊下を歩いて行った。
――後に、私は一つ後悔する事になる。
とても肝心な事を忘れていたのだが、今の私がそれを思い出す事は無かった。
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