第21話 語るは勇者の物語

 ――思えば、それはほんの気紛れだったのかもしれない。

 今の私にはそう思えます。



 その日、私達は中間試験も間近という事で、勉強会をする事になりました。イリアの部屋でやる事となり、一式の勉強道具を持ってネルと一緒に部屋を訪れたのですが……

「……何やってるの?」

 イリアは窓から身を乗り出して空の方を仰いでいました。それだけなら別段不思議ではないのですが、手には見た事の無い物を持っており、何かをしているようです。

「あれ? もうそんな時間だった?」

 その声でこちらに気付き振り返った。

「ちょっと待ってね、今戻すから」

 そう言い手に持った物を動かすと窓から一羽の大きめな鳥が入り込み、イリアの腕に止まってきました。

「わっ! 鳥が! ……って、鳥?」

 よく見るとその鳥の体は機械仕掛けになっており、関節部が動くと僅かに駆動音が聞こえてきた。

「私が作った機械仕掛けの迷彩鳥、その名も『ハヤブサ君1号機』よ!」

 そのハヤブサ君1号機は、ちょこちょこと首を動かしており、本物の鳥みたいな動きをしていた。


「いつの間にそんな物を」

「毎日ちまちま作ってました」

 言われてみれば、毎日カチャカチャと隣から物音が聞こえていたような気がする。

「今はまだリモコン操作での手動運転だけど、将来的には入力した動きを自動で運転出来るようにする予定よ」

 そう言いながら、イリアは腕に止まったハヤブサ君を机に降ろし、勉強道具を手にテーブルに向かった。

「ほらほら、そんなところに突っ立ってないで勉強始めましょう?」

 イリアに先導されるかたちでテーブルへ向かい、勉強会を始めました。



 ――それから数時間経過。

 今は魔法動力学まほうどうりょくがく、通称魔動学まどうがくの勉強をしています。魔動列車まどうれっしゃの技術でもあり、技術知識のあるイリアの解説を受けながら勉強していました。

「――と、このように物理エネルギーは、エネルギー量保存の法則に従って、常にそのエネルギーに見合った変換が行われるの」

 イリアは眼鏡の縁をクイッと上げ、教科書を片手にスラスラと解説する。

「この時、物理エネルギーは一部が熱に変換されロスがでるの。それに対し、魔法素の返還の場合――」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 説明の途中で急にネルは声を上げた。

「えぇっと……この場合、物理エネルギーが運動エネルギーから始まって……」

「その前に位置エネルギーがあるでしょ?」

「あっ、そうか! ……でもなんで位置にエネルギーが発生するの? 訳わからないよ!」

 ネルはもう限界とばかりに机に突っ伏してしまう。

「重力に逆らったエネルギーが蓄積されてると思えばいいのよ?」

「あっ! なるほど!」

 混乱するネルに一声かけると、どうやら合点がいったようで顔を上げた。

「アンジェ良く出来ました。偉い偉い」

 そう言うとイリアは私の頭を撫でてきました。



「……あのさ、前から思ってたんだけど」

 そんな光景を見ていたネルは不意に尋ねてきた。

「イリアってさ、アンジェに甘くない?」

「えっ?」

 突然の事に頭を撫でていた手の動きがピタッと止まる。

「なんかこう……さ、小さい子あやしてるような感じと同じ気がするんだけど?」

「そ、そんな事は――」

「そんな事あるよ。前の課外授業で会ったミーシャちゃんと全く同じだよ?」

「それは……その……」

 ネルの的確な指摘に、珍しくも動揺しているようで、口ごもるイリアの表情は浮かない顔であった。

「ネル、無理強いしちゃダメだよ?」

「いいのよアンジェ、別に構わないわ」

 そう言うと、イリアは静かに語り始めた。



「私には妹がいたのよ」

「妹さん?」

「えぇ、とても優しい子だったわ」

 そう語るイリアは昔を懐かしむような目をしていた。

「……だった?」

「もう亡くなって久しいわね。でも、別にいいのよ? あの子はあの子の生を精一杯生きたのだから。他人が語る事じゃ無いし、語らせさせないわ」

 ゆっくりと目を閉じ、見開く時にはその表情はいつも通りに戻っていた。

「それで、何でアンジェに甘いかって言うと……」

「言うと?」

「何だか妹みたいで可愛いからに決まってるじゃない!」

 そう言うや否や、イリアはギュッと抱き着いて来た。

「ちょっと待った! アンジェは僕のだよ!」

 イリアに対抗してネルも抱き着いて来た。正直暑苦しいです。

 その時、私の脳裏にある言葉が浮かんでいた。そう言えばあの時言ってた「姉は私よ」って、そう言う事ね。



「あー……そうだ!」

 抱き着いていたイリアは不意に声を上げた。

「それで思い出したんだけど、ちょっと変わった話があるわ」

「変わった話?」

「まぁ、ネルの頭も限界そうだし、少し語りましょうか」

 勉強も始めて数時間、集中力も切れてきていたので、休憩がてらにイリアの話を聞く事にしました。




 ――昔々ある所に、勇者がいました。

 いきなり勇者ってのも変な話だけど、そこは物語って事で聞き流してほしいかな?

 そして、その勇者には一人の妹がいました。妹は生まれつき病弱で、あまり動き回る事が出来なかったので、毎日勇者はその日にあった事を話していました。

 勇者は病弱ながらも懸命に頑張る妹が大好きで、誰かの為に懸命な勇者が妹は大好きでした。二人は慎ましやかでも充実した日々を送っていました。


 そんなある日、妹は魔物に攫われます。勇者は何とか助けに行くも時すでに遅く、妹は魔物の手に掛かり殺されてしまいました。

 己が無力さを知った勇者は、一人心に誓います。もうこんな悲劇を繰り返させない様にしようと。大切な人を守る為に生きようと。


 しかし、勇者は特に才能に長けていた訳ではありませんでした。なので、人並みの生活を捨て必死に努力しました。

 そして幾年、遂に勇者は本当の勇者として王様から招集される事になります。


 勇者は王様から世界を滅ぼさんとする魔王の討伐を託され旅に出ました。

 その行く先々で多くの人々を救います。しかし、その大半は悪辣な手段でした。その事もあり人々からは反発や後ろ指を指され続けました。しかし、勇者は前に進み続けます。

 勿論、そんな中でも勇者を理解する者達もおり、共に魔王討伐へと向かいました。


 長き旅の果てに、勇者は魔王との決戦に挑みます。その熾烈な戦いに、友も仲間も次々と倒れていきました。だが、遂に勇者は魔王を討伐する事が出来ました。


 こうして世界は救われました。しかし、世界を救った勇者は誰からも称賛される事は無く、非難の声だけがありました。そんな勇者は次第に不真面目な態度を取るようになり、いつしかひっそりと人々の前から姿を消してしまいましたとさ。





「――と、そんな話よ」

 イリアは物語を語り終わると、ふぅっと一息吐いた。

「……えっ? 終わり?」

「えぇ、終わりよ」

「中途半端に終わったね」

 ネルの言う通り、この物語は途中で終わっている様にも思えた。

「この勇者についてどう思う?」

 ふとイリアは質問を投げかけてきた。

「僕は可哀想だと思うよ。命懸けで戦ってきたのに、この扱いって酷いでしょ」

 人々の行いについて、ネルは大層ご立腹のようだ。

「それじゃアンジェは?」

 イリアの問いに頭を悩ませた。しかし、よく考えると、これは私にも無関係とは言えない事ではなかろうか?


「……これは王にも言えるかもしれない」

「どういう事?」

「王は時には厳しい決断をしなければならない時もあるし、例えどう罵られようとも民を守る義務があるからね」

「あー……そっかぁ」

 私も王族として分からなくもない話であった。

「例えどんな悪辣な手段であっても、例え理解する者がいなくても、勇者にとって人を守る事が誓いであって矜持でもあったんじゃないかな?」

「なるほど」

 それにしても、何とも不器用な勇者だなと私は感じていた。


「理解者がいたのは良かったのかもしれないけど、逆にそれが勇者を追い詰めたのかもしれないわね」

「と、言うと?」

「魔王を倒して平和を取り戻しても、必死に努力してきた勇者自身の誓いに反して、大切な人は皆いなくなってしまったのだから」

きっと勇者は自責の念に駆られていると思う。けど……

「だけど、勇者の苦しみを決して称賛してはダメなのよ」

「えっ? 頑張ったねとか言っちゃダメなの?」

「勇者の苦しみに対して言ったらダメよ。それは勇者を侮辱するに他ならないわ。称賛されるべきは勇者の成した偉業だけよ」

 その心の苦しみは本人だけのものなのだから。

「だから私から勇者に言えるのは、労いの言葉をかけるくらいかな?」

「それでも、勇者が報われなさ過ぎて嫌だなぁ」

 不服そうにネルは言うが、本当の所私もこのままでは勇者が救われていないという事に思う所はあった。



 そんなネルの意見に、先程から黙っていたイリアが口を挟んできた。

「それじゃ、こんな半端な物語に続きがあるとしたらどうする?」

「そうだねぇ」

 再び思考に入ろうとする二人を見てイリアは言葉にする。

「まぁ、いきなり言われても難しいだろうし、私が思った事を言うわね」

 その意見に頷くと、イリアは物語の続きを語り始めた。




 人々の前から姿を消した勇者でしたが、遠い異国の地で勇者は人助けをしていました。生き方とはそう簡単に変えられるものではなかったからです。

 それぞれの事情で親を失った孤児達を、見つけては保護し面倒を見ていました。自分と似た境遇の子を、自分と同じ運命を辿らせないように教え導いていました。

そうしているうちに、いつしか孤児院が出来る程にまで大きくなりました。


 しかし、維持していくにはお金が必要で、多大な借金を抱えるまでになりました。孤児院を維持する為に勇者は必死に資金集めをしますが、とても足りません。このままでは、また子供達は一人ぼっちになってしまいます。

 頭を悩ませていたその時、一人の悪いババ……魔女がやってきてこう言いました。


「私が代わりに払ってやろう。だが、その代わりに一つ条件がある」


 その条件とは、一括払いしてやる代わりに、一年間街に出て借金分のお金を稼いでくる事でした。出来なければ子供達は生贄にするぞと言われますが、今勇者に借金を払う余裕などありません。勇者は苦渋の思いで魔女の条件を飲み、街に出稼ぎに行く事になりました。


 街では勇者を知る者はおらず、振り向く事なく人々は行き交っています。そんな中、ひょんな事から暴漢に襲われていた一人の少女を助けました。すると、その少女はかつて死んでしまった妹によく似ていたのです。




「――って、感じにしたら新たな展開が始まりそうでしょ?」

「何か続きが気になるんだけど!」

 ネルの意見に同意と頷く。

「ところでさ、何か途中から座問答な話で、勉強してた気分になったんだけど?」

「あら? よくわかったわね」

 悪びれた素振りなくイリアは答えた。

「やっぱりそうなのか! 休憩じゃなかったの!」

「別に休憩するとは一言も言ってないわよ?」

 言われてみれば、イリアは一言も休憩するとは言ってなかった気がする。


「これで文章問題は完璧ね!」

「しかも違う教科の授業になってた!」

「さて、それじゃ魔動学まどうがくの続きを始めましょう」

「やだぁー! 休ませろぉー!」

「ダメです!」

「むぅ、こうなったら……」

 するとネルは私に何やら耳打ちをしてきました。

「えっ? ……本当やるの?」

 ネルは力強く頷く。

 物凄く気恥ずかしいけどネルの勢いに流されて仕方なくやる事に。

「……お……お姉ちゃん」

 アンジェは上目遣いにイリアを見上げ、頼み込んだ。

「ごふっ!!」

 その一言にイリアは盛大に鼻血を噴き出した。


「し、しょうがないわね、ちょっとだけだからね!」

「イリア大丈夫?」

「大丈夫よ、問題無いわ!」

 良い笑顔で言うも息は荒く、鼻血は今も流れ出ている。どう見ても大丈夫じゃないんだけど。

「あっ! 飲み物もいるわよね! それに、甘い物もいるわね!」

 そう言うや否や、部屋を飛び出しリビングへ降りて行ってしまった。

「その前に鼻血どうにかしようよ!」

 だが、その声は聞こえていなかった。



「うーん……あのお姉ちゃんはダメダメだなぁ」

「う、うん……」

 部屋に残された私達は、互いにそう言い合っていました。

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