第22話 霧の街ディルム

 今日は二度目の課外実習の日です。今回は二泊三日の日程で、王都から三時間、南方のベリタニア地方にあるディルムと言う街へと向かいました。

 ディルムは街の外には森が生い茂っており、近くに大きな湖があります。その影響で、一年中霧が漂っているという事から霧の街という異名が付いています。



 一日目、午前十時。

 駅から街へと出ると、街中うっすらと霧が漂っており、何とも神秘的な雰囲気を感じさせました。

 まずは、宿へと向かいました。その後は、前回同様に課題の受け渡しがあります。

 割り当てられた部屋に着くと、荷物を置き私はベッドへと倒れ込んだ。前日のバイトが重労働だった為か、疲れが溜まっており、目を瞑るとうっかり眠ってしまいそうになる。

 そう、こんな感じに……



「……ア……イリア!」

 ぼんやりと聞こえてくるネルの声にハッと目を見開く。

「イリア! 皆もう集まってるよ!」

「えっ? あれ? 寝てた?」

 眠い目を擦り尋ねると、どうやら数分眠ってしまっていたようだ。

うーん、やっぱり疲れてるのかしら?

 まだ、ぼーっとした頭を左手で押さえながら、ポーチの中にある飴玉を一つ口に含み、フロントへ向かうのであった。



 今回もニグレド先生とミルド先生の二人が引率の教師として来ています。ニグレド先生はアンジェに課題を渡してきました。配布も済み各自課題に向かう中で、私達も早速内容を確認し、指定場所へと向かいました。


 午前十一時

 私達の依頼は、二日後……私達の帰る日に出荷する薬の荷詰め作業の手伝いでした。このディルムの街の傍にある森には、ここでしか採れない薬草があるそうで、それを調合した薬は貴重な物として扱われているとか。


 午後四時

 依頼も早く終わり、折角だからこの土地の名物料理を食べようと街の飲食店へ向かいました。手身近な席に腰を掛け、周りを見回してみると、店内は木々で出来た温かみのある雰囲気で、何だか村にいた時の事を思い出させます。

 時間がまだ早いのか、店内に居る客は私達を除きカウンター席に座っている一人だけでした。しかし、その客はハンチング帽子にサングラスにマスクに外套と、典型的な怪しい人の格好をしていた。あまり関わり合いにならない方がいい気がする。そう思い、窓の外の景色を眺めていました。

「何食べる?」

 ネルの声が耳に入り視線を戻す。

「そうね……名物料理は魚料理みたいよ?」

「へぇー! それじゃ、そこから選ぼっかな?」

「そうだね」

 メニューを見ながら選んでいると、どこからか声が聞こえてきた。何気なく耳を傾けると、どうやらカウンター席の客のようであった。


「この焼き魚は中々のものだにゃん。マスター良い腕してるにゃん」

「ありがとうございます」

 どうやら料理が美味しかったので賛美していたようだ。


 ……ん? ……にゃん?

 私は眉を顰めた。今、何かおかしい単語を聞いた気がする。

 もう一度耳を傾けようとしたが――

「――それでどうする?」

「えっ? あぁ、そうね」

 そう聞いてきたネルの声に慌てて意識をこちらへ戻した。

「どうしたの? ぼーっとして。大丈夫?」

「いや、何でもないわ」

 アンジェが心配そうに声を掛けてきたので大丈夫だと返した。アンジェの言う通り疲れているのかもしれない、きっと聞き間違いだろう。そう思う事にしました。

「じゃあ、私は――」



午前九時。

 課外実習二日目、ニグレド先生は本日の課題をネルに渡して来ました。内容を確認すると、以前から問題視していたものが遂に来てしまいました。

 東部のウェーズ街道に出る魔獣の討伐。それが、私達の課題でした。



 しっかりと準備を整え、私達は街の東部にある街道、ウェーズ街道へと向かいました。

 私達にとって初めての討伐課題だった事もあり、道中課題の魔獣についての話で持ち切りでした。

「魔獣って何が出るんだろうね?」

「さすがに無茶な感じのではないと思うけど」

 緊張と心配と好奇心と……様々な感情が湧いてくるのか、落ち着かない雰囲気の二人。そんな二人とは別の心配を私はしていました。


「うーん、霧が昨日より濃くなってるわね」

「そう言えばそうだね」

 昨日はうっすらとした霧であった。しかし、今日は中々に濃い霧であった為、視界はあまり良いとは言えなかった。

「いつ魔獣と遭遇するか分からないから気をつけようね」

「そうだね」

「ふふふ……そんな事もあろうかと、ちょっと良い物持ってきました」

 含みのある笑いをしながら、イリアはポーチから何かを取りだした。

「魔力感知計!」

「何それ?」

「魔力を感知する魔法ってあるでしょ? あれを道具として使用出来る物よ。おまけに数値で表示されるから判りやすいわよ」

 二人は「おおー」と声を上げた。

「以前作った事があったから作り方自体は知ってたんだけど、何分材料費が掛かってね。最近にまで縺れ込みました」

「ご苦労様でした」

 ネルから労いの言葉を頂きました。


「それはどう使うの?」

「えっとね、まずここのボタンを押して、ここを押すと……」

 慣れた手つきで魔力感知計を操作すると、小さい画面に数値が表示された。

「数値が出たけど、これはどうなの?」

「この場合は、魔力反応があるって事ね。敵が近いかもしれないから警戒して」

「了解!」

 表示された数値は、自然に存在する魔力量よりやや高めになっていた。これは魔法を使った後や魔力をもった存在が近くにいる証拠であった。


 警戒しながら辺りを見回していると、霧の中から一匹の魔獣が姿を現した。

「おっと、お出ましのようだね!」

「えーっと、アレは……」

 ポーチから魔獣辞典を取り出し調べてみると、すぐに該当する魔獣が見つかった。


 魔獣グリーネ。鳥類系の魔獣で、高い位置から急降下と共に鋭い爪で獲物を切り裂いてくる。主にベリタニア地方に生息する。


「魔獣グリーネ。高い位置からの急降下には気をつけろだって」

「おっけー」

 了解の返事と共に、ネルは剣を構え魔獣と対峙した。



 グリーネは私達に気付くと威嚇の声を上げながら高い位置へと飛び上がろうとしていた。

「それじゃアンジェ、一先ず魔法の詠唱してみようか?」

「うん」

 返事と共にアンジェは魔法の詠唱に入る。

 これは特訓していた事とは別に、ひょんな事から魔法が使える場合もあるので、普段から機会があれば試すようにしていました。

「雷よ 彼の者に 落ちよ!」

 アンジェは右手を前に翳し呪文を唱えると、右手の前に紋様が浮かび上がる。

 とはいえ、まぁ今回も無理だろうなぁと、私は楽観していた。ところが……

「サンダーボルト!」

 アンジェがそう言い放つと同時に、グリーネの頭上から一条の雷が降り注ぎ、直撃したグリーネは地面へと墜落していった。


 サンダーボルト。雷系の初級魔法。雷が対象に向かい頭上から落雷する魔法である。


「……えっ?」

 それには誰もが驚き静止していた。アンジェが魔法を普通に行使で来たからだ。

「ネル! トドメを!」

そんな状況の中、ハッと我に返った私は咄嗟にネルに声を掛けた。

「あっ! そうだ!」

 その声で我に返ったネルはトドメの一撃を刺し、グリーネ討伐はあっさりと終わりを迎えるのであった。



 討伐依頼も終わり、話をしながら街への帰りの道を歩いていました。話題はもちろんアンジェの魔法についてである。

「アンジェやったね! 魔法使えるようになったじゃん!」

「ありがとう! 私やったわ!」

 喜ぶ二人を横目に、どうにも腑に落ちないイリアは首を傾げていた。

「イリアどうしたの? さっきから首を傾げて」

 そんな私が気になったのかネルが尋ねてきた。

「いや、アンジェが急に魔法が使えるようになったのが気になってね」

「いいじゃん、ちゃんと使えたならそれで」

「そうなんだけど……」

「きっと、特訓してた影響が反映されたんだよ」

「そう……かな……?」

 ネルの言う通り、特訓の成果の影響で出来るようになったのなら喜ばしい事だ。だが、アンジェが魔法を使えない要因については、既に見当が付いていた。その事を考えると、やはり納得がいかない。

 結局、街に着くまで考えても解らないままでした。



 午後二時。

 予定より遥かに時間が余ってしまったので、街の近くにある湖を見てみようという事になり、湖について宿屋のご主人に聞いてみる事にしました。すると……

「湖かい? それなら街の西側から出た森の先にあるよ」

「なるほど、ありがとうございます」

 お礼を言い、湖へ向かおうとする私達に宿屋のご主人は声を掛けてきた。

「もしかして湖に行くつもりかい?」

「はい、そうですけど?」

「だったら今日はやめた方がいい。この霧で西に向かうと前が見えなくなっちまうよ」

「そうなんですか?」

「湖が近い分、霧が濃くなってるからね。うっかり森で迷ったり、足場を見失って湖に落ちたりするかもしれないからな」

「なるほど」

 地元の人が言うのだから、相当危険なのだろう。そう思い、湖観光は諦めて街の中を見て回る事にしました。



 午後三時。

 街中を一通り見て回り、宿への帰路についていました。その途中建物の角を曲がろうとしたその時、三人の子供達が飛び出してきました。

 咄嗟に避けようとして体を捻る。しかし、勢い余って後ろに重心が掛かり蹌踉けてしまった。

「おっとっとっと……」

 そのまま盛大に尻餅をついてしまった。

「いたたたた……」

「大丈夫?」

「あぁうん、平気平気」

 アンジェに手を借りて立ち上がる。

「危ないなぁ」

「いいのいいの、こっちも悪いんだし」

 ご立腹のネルを宥めつつ子供たちの走って行った方を見るも、子供達はそのまま走り去って行ったようで、既にどこにも姿は無かった。


 ふと、手に意識が行き見てみると、枝が手にくっ付いていた。尻餅をついた時に付いたのだろうと思った。しかし、すぐ傍の植込みに目が行くと、枝が一本折れている事に気付く。

 あっ! やべ……

 折れ口は極々最近折れてしまったとばかりに綺麗な色をしていた。粉う方なき私がやったのだろう。そう確信できた。

「どうしたの?」

「い、いや……何でもないわ」

 折れた枝を背に隠し平然を装う。

「? まぁいいや、行こう?」

「え、えぇ……」

 心の中で謝りつつ宿に向かいました。



 午後十時。

 課外実習も明日で終わり、明日の朝一に王都へ帰ります。今回の実習は何も問題無く終わりそうです。

 そう、これでいいのよ! ずっと、色々あり続けて忘れかけてたけど、平穏で静かに過ごすのが本来の目的なんだし!

 内心一人で喜んでいた。

「明日は早いし、そろそろ休みましょうか?」

 二人も同意し、その日は就寝に着きました。




 午前十時

 「……ア……イリア!」

 ぼんやりと聞こえてくるネルの声に微睡みから覚める。

「イリア! 皆もう集まってるよ!」

「えっ? もうそんな時間?」

 眠い目を擦りながら時計に目をやると、既に十時を回っていた。

「ちょっ! 完全に寝過ごした! って言うか、アウトじゃない!」

 出発は七時で、今は十時。アウトである。

 慌てて荷物を持って行こうとする私にネルは声を掛けてきた。


「何してるの? 荷物置いて早くフロントに行こう?」

 その言葉に足を止め尋ねた。

「何で置いて行くの?」

「何でって、今来たばかりだよ。もしかして寝惚けてる?」

「……?」

 今日は帰る予定の筈。しかし、二人は着いたばかりと言う。だが、様子を見るに巫山戯ている訳でもなさそうで。

「みんなもう集まってるし、行こう?」

「え、えぇ……」

 狐につままれたような気分のまま、ネルに背中を押されフロントへ向かった。

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