第23話 繰り返される時の中で

 フロントに行くと既に皆集まっており、課題の受け渡しを待っていました。

 どうやら“夢”を見ていたのかもしれない。そう思いました。

ニグレド先生はネルに課題を渡し、各自課題に向かう中で、私達も早速内容を確認してみると見覚えのある内容でした。

 『薬の荷詰め作業の手伝い』

 それが、私達の課題となる依頼でした。



 午前十一時

 今、依頼である薬の荷詰め作業をしています。そんな中で、私は一人思っていました。

 なんか“夢”で見た内容と同じのような気がする。確か、作業は早めに終わるんだっけ?

 案の定、作業は早めに終わり、時間が余りました。



午後四時

 折角だからと名物料理を食べる事になり、街の飲食店へと向かいました。手身近な席に腰を掛け、周りを見回してみると、カウンター席に一人座っているだけでした。その格好は、ハンチング帽子にサングラスにマスクに外套と、“夢”で見た通りだ。

「何食べる?」

 メニューに目を向けると、そこに書かれた名物料理は全て“夢”で見たのと同じであった。

「名物料理は魚料理ね」

「へぇー! それじゃ、そこから選ぼっかな?」

「そうだね」

 そして二人の話の内容も同じであった。

これはもう正夢よね?

 そう思っていた時、ふと“夢”の内容を思い出した。

 そうだ! にゃん! にゃんはどうなんだ! 確かこのタイミングで声が聞こえてくるはず!

 “夢”とは違い、しっかりとカウンター席の方を振り向き様子を見た。


「この魚のムニエルは中々のものだにゃん。マスター良い腕してるにゃん」

「ありがとうございます」


 やっぱり! 「にゃん」って言ってる! 聞き間違いじゃなかった!

まぁ、“夢”の事になるので、この場合は見間違えと言うべきなのかもしれないが。

「イリア何してるの?」

 挙動不審に見えたのか、ネルは呆れた表情を浮かべていた。



 午前九時。

 課外実習二日目、ニグレド先生は本日の課題をアンジェに渡して来ました。内容を確認すると、またもや“夢”の通りの討伐であった。



 宿から外に出ると、“夢”の通り今日は霧が濃かった。ウェーズ街道に出て魔獣の出現ポイントまで移動する。

「えーっと、確かこの辺りの筈……」

 “夢”で見た景色が見えてきたので、徐にポーチから魔力感知計を取り出し、二人に説明した。

 魔力感知計は高い数値が表示され、近くに魔獣がいる可能性を示していた。二人に呼びかけ辺りを警戒していると、霧の中から一匹の魔獣が姿を現した。


「あれ?」

しかし、その魔獣は“夢”で見た魔獣ではなく、ゴリラに角が生えたような姿に、鋭い牙が特徴的であった。

 急いで魔獣辞典を調べ上げると、魔獣ゲオルグと記載されていた。


 魔獣ゲオルグ。獣系の魔獣で、その腕から繰り出される攻撃は木々も薙ぎ倒す程の腕力を持っている為、迂闊に近づいてはいけない。主にベリタニア地方に生息する。


「ネル! そいつは接近パワー型みたいだから、プロテクションシールドも考慮しておいて!」

「わかった!」

 対峙するネルを確認し、今度はアンジェに目を向けた。“夢”の通りならアンジェは魔法が使えたはず。

「アンジェ、サンダーボルト使ってみて」

「うん」

 一つ頷きサンダーボルトの魔法を詠唱する。

「雷よ 彼の者に 落ちよ! サンダーボルト!」

すると、しっかり魔法は発動し、魔獣に直撃した。魔獣は辛うじて動いていたので、驚き戸惑っているネルに声を掛け、止めを刺させた。



 帰りの道中、二人は魔法が使えた事や実習では初めての討伐依頼の達成で話が盛り上がっていた。そんな中、私は一人考え込んでいた。

 やっぱり魔法が使えているわね。“夢”だけでなく現実でもアンジェが魔法を使えたのは何故だろうか? 偶然? 特訓の影響? それとも……

それに、魔獣が違うのは何故かしら? 他の事が的中し過ぎて、感覚が麻痺しているだけかしら? 多少違うのは自然な事なんだろうけど。

 そんな疑問で頭が一杯だった。



  午後二時。

 確かこの後は、余った時間で湖を見に行こうという展開だったかな?

 そう思っていたら、案の定そうなり、宿屋の主人からストップが掛けられた。その後は街を見回る事になりました。だが、どこを見ても既に“夢”で見たのと同じであった為に、新鮮味に欠けていました。



 午後三時。

 街中を一通り見て回り、宿への帰路についていました。その途中にある建物の角に近づいてきたその時、私は不意に思い出した。

 そう言えば、確かこの角で子供達が走って来るのを躱して尻餅着くんだったかな? しかし、“夢”の通りの展開なのだとしたら、そうはいかないわ。

 内心ワクワクしながら角に近づいて行った。そして、角を曲がろうとしたその時、子供達の姿を視界に捉え、華麗にバックステップを踏む。

「良く避けれたね」

「まぁね」

 感心するネルに得意げに答えた。

 まぁ“夢”で一度見ているので、予想が着いた分対処も簡単であっただけなのだが。


 そこで、ふと植込みが視界に入り、“夢”の内容を思い出した。

 確か、その植込みの枝を折ってしまったのよね。そう、こんな感じに……

 “夢”で折ってしまった枝の辺りを見ると、“夢”の通り枝が折れていた。

「……えっ?」

 思わす声が出してしまった。

 尻餅をついた拍子に折れた筈の枝は、既に折れていたからだ。しかも、折れ口を見ると“夢”で見た形と同じで、ここ数日の間に折れた形跡があった。

「どうしたの?」

「あ……いや……」

 少し混乱していたのか、曖昧な返事になっていた。



 午後十時。

 課外実習も明日で終わり王都に帰るだけ。夢はここで終わっているので、今度こそ帰るのだろう。そう思い就寝に着いた。だが……




 午前十時

 「……ア……イリア!」

 ぼんやりと聞こえてくるネルの声に微睡みから覚める。

「イリア! 皆もう集まってるよ!」

「えっ? もうそんな時間?」

 眠い目を擦りながら時計に目をやると、既に十時を回っていた。

 ……って、このやり取り知ってるんだけど?

 さすがに二度目なので、すぐに自覚できた。そして、今自分が置かれている状況にも察しが付く。



 私は今、ループする世界にいる。



 

 ループ二周目の一日目、午前十時。

 ニグレド先生はアンジェに課題を渡し、各自課題に向かいました。私達の課題を確認すると、薬の荷詰め作業であった。

 この後作業場に向かう訳だが、私は寄る所があると二人を先に行かせ、とある場所を訪れていた。



 そこは、明日子供達とぶつかりそうになる建物で、目的である所を確認する。

「……やっぱり」

 植込みを確認すると、思った通り既に枝は折れており、折れ口も同様であった。こうなってくると、最早確信に至った。

 ループしているが唯のループではなく、行動がループしているのだろう。その証拠に、起こってしまった真実は変えられずそのまま残り、所々にも相違点が見受けられる。

 例えば、そう――



 午後四時

 荷詰め作業も終わり飲食店に来ています。相違点の一つと言えば、ここである。確かカウンター席の客の注文した品が違っていたはず。そう思い、席に着いた後はずっとそちらの方を見ていた。すると――


「この魚のマリネは中々のものだにゃん。マスター良い腕してるにゃん」

「ありがとうございます」


 またもや注文した品が違っていた。これは私の推測を裏付けていた。



午前九時。

 二日目の依頼をネルが受け取り、ウェーズ街道へ向かった。そこで、ふと相違点とは別の問題を思い出した。アンジェが魔法を使えた点である。

 ハッキリ言えば、今のアンジェが魔法を上手く使えないのは、魔法振動が起きていないのが原因である。


 本来雷とは、電荷をもったものを振動させて静電気を発生させる。こすれ合いを起こさせそれぞれの電荷に帯電させ、ある程度電荷が溜まって来ると蓄えきれなくなり放電する。これが雷の理屈を簡単に説明したものになる。


 アンジェの場合、魔力変換で電荷をもたせるまでは出来るのだが、その後の魔力振動で静電気を発生させて帯電させる事が出来ていない為に、不発で終わっているのであった。

 しかし、魔力振動は自発的でない場合でも起こる事がある。それは、魔法を使い魔力が辺りに十分に散布している状態、もしくは魔法の影響下にある場合などである。


 なので、今の状況の場合ループという魔法か何かの影響を受けているから出来たのでは? と、推測した私は早々に魔力感知計を使い周囲を調べる事にした。

 すると、毎回魔獣の出現の時に出る数値が、既に表示されていた。つまり、既に何かしらの魔法の影響がある証拠であった。



 一先ず魔獣討伐をと辺りを見回すと、霧の中から一匹の魔獣が現れた。その魔獣はやはり前回とも違い、別の魔獣であった。


 魔獣オウルベア。熊型の魔獣で、鋭い爪と腕力が猛威を振い、獰猛な性格である為、姿を見たら静かに去る方がいいだろう。


 調べ終わり二人に詳細を伝えた。アンジェに魔法を使うように催促し、発動した魔法は魔獣に直撃した。しかし、魔獣は致命傷を負うものの倒れるまでには至らず、ネルが攻撃を加えるとドサリと音を立て倒れた。

「勝ったー!」

 こちらを振り返り喜ぶネル。だが……

考え事をしていたのが拙かったのか、ソレに気付くのに少し出遅れた。

「……っ! ネル! 後ろ!」

 不意に視線をネルに向けると、その背後にはオウルベアが最後の足掻きとばかりに、大きく腕を振りかぶっていたのだ。

 声に反応し振り返るネルだが、その鋭い爪は今まさにネルを切り裂こうとしていた。

「っ!」

 私は咄嗟に飛び出しネルに体当たりして、そのまま草むらへと突っ込んで行った。空振りに終わったオウルベアは、そのまま倒れて今度こそ力尽きたようだ。



「げほっ! ごほっ!」

 急に全力で動いた反動で気分が悪くなり思わず咽返る。

「二人とも大丈夫!」

 慌ててアンジェが駆け寄って来た。

「えと、イリアありが――」

「倒しきった事も確認しないで何してるの!」

 お礼を言おうとしたネルに対し、イリアは声を上げて激怒した。

「あ……いや……」

「命のやり取りをしてるのに、油断するとか馬鹿なの! 死にたいの!」

「ご、ごめん」

 その勢いにネルは萎縮していた。


「落ち着いてイリア」

 アンジェに宥められて、漸くイリアは落ち着きを取り戻したようだ。

「あー……いや。ごめんなさい、少し言い過ぎたわ」

「ううん、いいんだ。僕が悪い訳だし」

 油断していたのは私もそうだ。人の事を言ってる立場では無い。不可思議な状況に気が高ぶっていたとはいえ、これでは唯の八つ当たりではないか。

 反省するネルを見て私は自己嫌悪していた。



午後十時。

 就寝に着いた二人を余所に私はベッドの上で目を瞑り考えていた。

今のままではきっとループして終わるだけだ。何かしら抜け出す手段を講じる必要があると、ちょっとだけ仕掛けを用意してみたが、上手くいくかは判らない。

 それに、この状況を作り出した犯人もいるかもしれないし、迂闊な行動は出来ない。


 そもそも、何故私だけ認識出来ているのか。世界の外の存在だから? けど、それなら根本的に世界側から弾かれるのでそれは違う。

 なら、魔力が無いから? けど、それだと逆ではないか? 魔力が無い私は、誰よりも魔法に対して抵抗出来ないのだから、真っ先に掛かる立場なのでそれも違う。


 そんな風に色々思考していた時、ふと目を見開くと部屋中濃い霧に包まれていた。

「な、何事!」

 慌ててベッドから跳ね起き、周りを見回すも霧は目先すら覆う程の量で、全く前が見えない。

「アンジェ! ネル!」

 二人に呼びかけるも、そもそもそこにいるのかすら感じない。まるで別の空間にいるような。右目で見てみるも、特に変化はなく、高次元そとの影響ではないと認識出来た。

「うっ!」

 咄嗟に頭を抑える。

 霧は更に濃くなり、次第に意識すらも霧掛かり始め、やがて霧は私すらも飲み込んでいった。

 私がループから免れている事に気付かれた? それとも、どこかで判断を間違えた?

 薄れゆく意識の中で、そう思っていた。

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