第24話 ダ・カーポにフィーネを

 午前十時

 「……ア……イリア!」

 ぼんやりと聞こえてくる声が私を呼び起こす。

「イリア! 皆もう集まってるよ!」

 それがネルの声だと自覚できると、私はハッと目を覚まし二人に訊ねた。

「二人とも無事? どこか悪くない?」

「えっ? どうしたの?」

「まだ寝惚けてる?」

 そんなイリアの必死の形相に二人は困惑していた。

「無事ならいいんだけど……」

 特におかしい様子もなさそうで、ホッと胸を撫で下ろした。


 しかし、そうなると昨日のアレは毎回ループ時に起こる現象だったのかもしれない。だけど、いつまでも同じとも限らないし、そろそろ終止符を打たないといけないわね。

 そう思い、課題を受けて荷詰め作業へ向かう前に、二人をとある場所へと連れて行った。



 例の植込みのある場所へ二人を連れてきました。ここは他からは死角になっており、見つかりにくい地形になっていた。

「こんなところに来て何をするの?」

 周りに人がいない事を確認してから、尋ねてきたアンジェに話を振る。

「話の前に、アンジェいつもつけてるる髪留めはどうしたの?」

「えっ?」

 そう言われ確認するも髪留めはどこにも無く慌てるアンジェ。そんな様子を見た私は、植込みの裏からとある物を拾い上げる。

「これなーんだ?」

「あっ! 私の髪留め」

 拾い上げた物はアンジェの髪留めであった。

「いつ落としたんだろう?」

「これ読んでみて?」

 すると徐に髪留めに挟んでいた紙をアンジェに渡し確認させてみた。

「えっ! これって……」

 紙に記された内容はこうだ。


 『この髪留めをここに隠したのは私本人である事をここに示す。アンジェリーヌ・ユナイセル・セレンディア』


「私が隠したの?」

 私はコクリと頷き、今度はネルに話し掛けた。


「ネルは右の二の腕を見てちょうだい」

「う、うん」

 言われるがままに腕を捲り、二の腕辺りを見ると包帯が巻かれていた。

「あれ? いつの間に?」

「その包帯を解いてよく見てくれないかしら?」

 ネルは包帯を解いていくと、その内側に文字が書かれているのを見つけ読み上げる。

 その文字はこう書かれていた。


 『この包帯は魔獣退治の時にイリアに助けてもらってついた傷の為のものである事を示す。ネルセルス・アルスレイ』


 文面を読んだネルは二の腕を見ると、傷がついている事に気付く。これは、草むらに突っ込んだ時についた擦り傷であった。


 これらは昨晩二人に協力してもらい仕掛けた事です。

 認識を阻害する魔法は、しっかりと意識する事により免れる事が出来る場合があると、魔法辞典に載っていたのを思い出し、試してみた事でした。


「二人ともしっかりと思い出してみて」

 必死に思い出そうと悩む二人。

「そう言えば……魔獣で油断して……」

「魔法が使えた……ような……」

 次第に何かに気付き始めていた。

「うっ!」

「いたっ!」

 その時、頭を殴られたような感覚を覚え、二人は咄嗟に頭を抱え込む。

「二人とも大丈夫?」

 無理強いさせたかもしれない。悪影響が出てなければいいんだけど……

 心配する私に二人はゆっくりと声に出してきた。


「……大丈夫、思い出したよ」

「……うん、私も」

 どうやら頭の痛みも治まってきたようで、その表情も軽くなっていた。

「良かった! 悪影響が出たのかと思ったわ!」

「もう大丈夫だよ」

「心配かけたね」

「いいのよ、別にそんな事」

 一先ず、二人も認識阻害から免れて一安心ってところね。



 午後四時

 荷詰め作業を終えた私達は飲食店に向かいました。今はおかしな行動を起こさないように、毎回座っていた席に腰を掛け今後の事について話し合う事にしました。

「まずこの状況の要因は何かを考えましょう」

「そうだね」

「うん」

 まずは私の考えた推理を聞いてもらう事にしました。


「私が思うに、このループは完全に同じ行動をしている訳ではなくて『何時に起きる』『どこで食べる』などの、大体の行動になっているわ」

 これは相違点の部分にあたり、全て同じとは言えない行動になっていたので断定できた。

「あくまでも同じ事をさせて、何かから認識を『阻害』する事が目的なのかもしれないわね」

「なるほど」

 二人はゆっくりと頷く。


「次に魔獣の件ね」

「あ、そっか、全部違う魔獣だったよね」

「これは例えループ内の出来事であっても、起こってしまった事実は変えられないからだと思うの」

 現に植込みの枝がそうだった。折れた事実は戻る事なくそのままであったからだ。

「魔獣は討伐してしまった時点で同じ個体は存在しないわ。なので、その代わりを誰かがやらなければ、次のループで討伐出来なくなるわよね?」

「確かに依頼が熟せなくなるとおかしくなってくるね」

「そこで、認識の『書き換え』になるわけよ」

「そっか! 代わりとなる役に『書き換え』るのね」

 アンジェも理解したようで声を上げた。

「えぇ、代わりが居れば問題なくなるからね」

 どういった基準で選ばれているのかは解らなかったが、それは後回しにしておいた。


「最後に霧よ」

「霧?」

 何の事かと二人は首を傾げた。

「魔力感知計で測定したら、この街を漂う霧には高い魔力反応があったわ。その事から、このループの原因に霧が関係していると思うの」

 あの部屋で起きた霧の事もあるし間違いないと踏んでいた。

「ここからは完全に推測になるけど、もしかするとこの霧は周辺から魔力を吸い上げていないかしら?」

 突拍子もない事言いだすイリアに二人は驚いていた。

「別に多量に吸っている訳じゃないわよ? 微量にね。そして、その魔力を利用して認識を阻害及び書き換えを行っていると思うのよ」

 私だけが免れていた理由に、魔力が無いって事を一度は否定した。しかし、見方を変えると、魔法が発動せずに済んだと思えば色々と辻褄が合う。



「良くそこまで理解したにゃん」

 そんな話していたその時、背後から誰かが声を掛けてきた。振り返ると、カウンター席にいた例の怪しい格好をした人だった。

「まさか、認識阻害の魔法の影響から抜け出た奴がいるとはにゃん」

「それって……」

 怪しい人は帽子にサングラスにマスクを外した。

 その姿は、ピンク色の髪をした女性で、頭にぴょこんと耳を出しており、よく見ると外套から尻尾も飛び出していた。

 なるほど、猫人族ケット・シーの人だったのか。

「フロンちゃんも初めから免れてるにゃん。何せ私は出来る魔法使いだしにゃん」

 フロンと名乗る女性は、ふふんと鼻を高くして答えた。


「因みに解決方法も解るにゃん」

「えっ? それってどうすれば?」

「どこかにある魔法陣を破壊すれば事態は収まるにゃん」

 なんてこった! まさに渡りに船。意外な所で解決方法を聞き出す事が出来た。

「因みにその場所は?」

「それは自分達で探すにゃん。フロンちゃんは大事なことがあるし、そこまで付き合いきれないにゃん」

 さすがに美味い話は続かなかったか。

「とは言え、お前達は魔法陣の破壊が出来る奴がいなさそうだし、場所を見つけたら教えるにゃん。破壊だけは手伝ってもいいにゃん」

「本当ですか? ありがとうございます」

 良かった。そういった行為が出来る人材は私達にはいないので非常に助かる。



 実習二日目、午前九時。

 課題を受けた私達は、討伐依頼には向かわずにとある場所へと目指していました。

「ヒントは誰もが絶対に行く事が無い(・・・・・・・・・)場所にあるにゃん」

 彼女のヒントを元に、この濃霧の中、街の人間がまず赴く事がない場所。つまり湖が怪しいと踏んで向かっています。

 因みにこの霧は、本当の霧は極僅かで後は見掛け倒しだそうだ。なので、認識したうえで見れば霧は明けるらしい。



 森に出ると霧が一段と濃くなっていた。私達は言われた通りに偽物だと認識したうえで見ると、次第に視界は明け、うっすらとした霧だけが残った。

「おぉ! 言ってた通りだ!」

 この事象を見てネルは声を上げた。

「これなら、何かあっても対処できるね」

「えぇ、良かったわ」

 そのまま森を抜けると一面に湖が広がっていた。



 もしもの為に、魔力感知計を作動させながら湖の畔を歩いていると、巨木の洞の中に何かが見えた。近づいてみると、そこには魔法陣が大きく描かれており、うっすらと光って見えた。もしかしたらこれがそうなのかもしれない。

「原因はこれかしら?」

「そうかもしれない」

「よし! それじゃ早速――」

 知らせに街に戻ろうとしたその時、突如湖の中から巨大な影が、音を立てて飛び出してきた。その姿を見て私達は呆然とする。



「カニ……よね?」

「カニ……だね」

「な……なんじゃこりゃー!」

 ネルは思わず大声を上げた。それもその筈。その姿は巨大なカニで、優に十メートルは超えているであろう高さであったからだ。

「と、取り敢えず調べるから、ネル時間稼ぎよろしく」

「わ、わかった!」

 ネルが相手を引き付けている間に後ろに下がり急いで魔物辞典を開く。


 シェルクーガー。大型の水棲生物で、その甲羅は堅く砲弾すら弾き返す程の強度を持つ。また、そのハサミは巨大な木々すらも一断ちにする程の威力を持つ。口から噴く泡には即効性の麻痺毒と強酸効果がある為、触れた獲物をハサミで一断ちにし捕食する。


「まずい、状態異常持ちだわ。ネル! 口から噴く泡には要注意よ!」

「それって水?」

「えぇ、水でいいわ!」

「よし! だったら……」

 剣を片手に構え、呪文を唱え始めた。

「水よ 身を護る 盾と成れ! ウォーターシールド!」


 ウォーターシールド。対水による障壁を展開させ、水の衝撃を和らげる。攻撃を防ぐだけでなく、水圧などからの影響も和らげる効果がある。


「――からの! 特訓の成果、今ここに!」

 ウォーターシールドを掛けたネルは、再度呪文を唱え、空いた手で剣をなぞるように動かす。

「水の護りよ 魔を断つ 剣と成れ!」

 すると眩い光を発しながら剣は魔力の障壁に包まれた。

魔断剣エリミネート・セイバー・アクア!」


 魔断剣|ルビを入力…《エリミネート・セイバー》・アクア。ウォーターシールドの効果を剣に宿らせ、水からの衝撃を和らげ防ぐだけでなく、攻撃そのものを断ち切る事が出来る、攻防一体の付与魔法。また、酸などによる武器破壊を防ぐ事も出来る。


 普通は火や氷など、剣に属性を付与する事により、燃やしたり凍らせたりする攻撃的なものである。しかし、逆に打ち消したり、断ち切ったり出来れば攻防一体で良いのではないか? と、守りに特化したネル特有の個性を生かしイリアが考案したもの。

 また、武器破壊をさせない為の術としても活用できる。当たり前にありそうで、実は無かった付与魔法である。


「よしっ! いくぞ!」

 気合いと共にシェルクーガーに突撃していった。



 一方、後ろに下がっていた私達はというと……

「ネルが引き付けている隙に、こっちも手を打ちましょうか?」

「うん!」

 力強く頷くアンジェ。それを見て私はポーチに入っていたネジや釘など適当な数を取り出すとアンジェに手渡した。

 それらを受け取り一呼吸おきアンジェは呪文を唱え始めた。

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