第25話 喉に刺さった小骨の様に

「雷よ 根源たる力を ここ宿し賜え!」

 呪文を唱え始めると、アンジェの手の中に包まれたネジや釘などは光を放ち始めた。

「エレクトリックチャージ!」


 エレクトリックチャージ。

 アンジェは魔力変換で電荷をもたせるまでは出来るので、ならばこれを利用しない手はないとイリアが考案した付与魔法。電荷を物に付与する事によって様々な用途に使えるようになった。


 そう言い放ったのと同時に閃光を放ちすぐに収まった。

「出来たわよ」

「ありがとう」

 それらを半分受け取ると、次の準備に入るのだった。



 ――一方、シェルクーガーと対峙するネルは。

「おっと!」

 その何メートルあるのか判らない大きなハサミは、ネルを断ち切ろうと襲い掛かってきた。だが、ネルは素早く躱して態勢を整え攻撃に転じた。剣を振りかぶりハサミに一撃を加えるもビクともしない。そのまま、脚や甲羅にも攻撃を加えるが、やはり硬くて攻撃は通らなかった。

「くっ! やっぱり硬いか!」

 ならば、腹の辺りはどうかと軽い身のこなしで翻弄し、素早く腹部の下へと潜りこんだ。

「これならどうだ!」

 勢いよく剣を腹部へと突き立てる。

 しかし、上方への攻撃は力を入れづらかった為、上手く刺す事が出来なかった。

「ダメか」

 仕方なく腹部の下から脱出し、態勢を整えた。

 その時、口に溜め込んでいた泡を一気に噴き出してきた。

「なんの! うりゃぁぁぁ!」

 放たれた泡をネルは一刀両断する。すると、泡は散り散りと拡散して消えていった。また、強力な酸性効果があるにも関わらず、剣が溶解する事も無かった。

これが魔断剣エリミネート・セイバーの性能で、あらゆるものから守る為の剣である。


「よっし!」

 特訓の成果が出ている事を実感でき、より気合いが入る。

「おーい! ネルー!」

 そんな時、後方にいたイリアから声が掛かって来た。



「今からそいつの周りにネジとか釘とかばら撒くから、巻き添え食わない様にしてね!」

「えっ?」

 そう言い終ると、イリアとアンジェはシェルクーガーに向かって先程のネジや釘などを思い切り投げつけばら撒いた。

「うおわぁぁぁ!」

 いくつも飛んでる物をネルは慌てて躱した。

「あ、危ないな!」

「だから言ったじゃん、ばら撒くからって」

「せめて離れるの待ってよ!」

 ネルは文句を言い不貞腐れていた。


「ところでイリア。銃は使わないの?」

「持ってきてないわよ?」

「なんでさ!」

 言われてみれば、今回一度も見かけていなかった。

「あれは特別な弾で、一発いくらすると思ってるの? 三発もあれば軽く家が建つくらいよ?」

「マジで?」

「前回はデータ収集の為に試験的に使っただけで、緊急な要件でもない限りは使えないわよ」

「限定的ってそういう意味なのね」

 確かに限定的とハッキリ述べていたのを思い出たネルは、げんなりしていた。



「それじゃアンジェ、今なら使えるし魔法で攻撃しましょう。それも中級魔法で」

「えっ? いきなり中級魔法って、無理なんじゃ?」

「大丈夫よ」

 イリアはハッキリと肯定した。

「魔獣の時に出た計測値を見た限り、中級並の出力が出ていたからきっとイケるわよ」

「きっとなんだ……」

「序でに負電荷を付与して使ってみて」

「えー……」

 無茶な注文に不安を覚えながらも魔法の詠唱に入る。



「雷鳴よ 彼の者を 撃ち抜け!」

 詠唱をすると前に翳した右手の前に紋様が浮かび上がった。

「ライトニングブラスト!」


 ライトニングブラスト。雷が対象に向かって放出される中級魔法。雷は周囲に放たれるので、複数を攻撃する事が可能となる。


 魔法は負電荷を付与した状態で発動させた。周囲の霧により魔力振動が起こり、結果、負電荷を帯びた紋様は帯電を始め放電し始めた。そこで、予め正電荷を付与し、ばら撒いておいたネジや釘に引き付けられるように雷は迸った。

 本来周囲を攻撃する魔法だが、それを集中的に浴びる形となったシェルクーガー。言わば散弾を全発まともに受けるような状態だ。そのダメージは相当なもので、グラリと足を曲げ態勢を崩した。


 だが、イリアの仕掛けはここからである。雷は一度だけではなく幾度も迸った。紋様から放たれる雷の道は何度も同じ軌道を沿って放たれ続けた。紋様に付与された負電荷にネジや釘に付与された正電荷が引き寄せられて雷が発生するが、魔法を発動させ続けている事により何度も正電荷が帰還し、その結果雷は発生し続けているのであった。

 これ即ち、多重帰還雷撃ライトニングである。



「うわ! 凄い威力!」

「確かにこれは凄い威力ね!」

 魔法を放つ頃合いに後ろへ下がってきたネルは驚いていた。ネルだけではなく私も驚いた。凄まじい雷はとても中級魔法とは思えない威力を放っていたからだ。

「アンジェやりすぎ! やりすぎよ! もう十分だから!」

 何度も襲い来る雷にシェルクーガーは体を倒して地面に身を預けていた。

「それが、止まらないの! どうしよう!」

 魔法が暴走しているのか、上手く操作出来ないようでアンジェは焦っていた。

「だ、大丈夫よ! 正電荷と負電荷が中和し終えれば止まる筈だから!」

 そうして少し経つと、雷は収まり辺りは静けさを取り戻した。シェルクーガーは完全に沈黙したようで、動く事は無かった。



「アンジェ! 体は大丈夫!」

 ネルは慌ててアンジェに駆け寄る。その表情は焦っているようにも思えた。

「う、うん……大丈夫よ」

「そう……」

 特に別状がない事を確認すると、ホッと胸を撫で下ろしていた。

「私の予定だと、ある程度ダメージを与えてネルにトドメを……って、感じだったのだけど」

「うん、僕もそのつもりでいたよ」

 だが、結果それは必要が無くなっていた。


「えーっと、一先ず街に戻りましょうか?」

「そうだね」

「うん」

 こうして街にいるフロンさんに知らせに街へと戻ろうとした時に、私は魔力探知計を入れっぱなしにしていた事を思い出した。電源を落とそうと取り出したら、そこに表示されていた数値を見て私は驚いた。

「もしかすると……」

 私はある一つの可能性を見出していた。



 その後、食堂にいたフロンさんに詳細を話し、魔法陣の破壊をしてもらいました。自称かと思いきや、難なく熟してしまっていたので、本当に腕の良い魔法使いなんだなと思わされた。

「ところで……」

 フロンさんは魔法陣からクルリととある物体の方へと向き返る。

「このカニをやったのはお前達かにゃん?」

「私達と言うか、アンジェがというか……」

 実際アンジェ一人で片付けたと言えるだろう。

「そうか、おまえかにゃん」

 フロンさんはゆっくりとアンジェに近づき肩を掴んできた。


「よくやったにゃん! 手間が省けたにゃん!」

「えっ?」

「いやぁ、何しに来たか思い出せなかったんだけど、お前たちが行った後に、漸く思い出せたにゃん。このカニを獲りに来たんだったにゃん」

「これをですか?」

「食べると美味しいと珍味として有名みたいで、獲って来いって言われてここに来たにゃん」

「そうだったんですか」

 やる事があるって言ってたのはそういう事だったようだ。

「結局このカニは何なんですか?」

 辞典には特徴くらいしか書いてなかったので尋ねてみた。

「詳しくは知らないにゃん。ただ百年に一度とか天変地異の前触れだとか言われてるにゃん」

「ふむ……」


「まぁいいにゃん。フロンちゃんはここで失礼するにゃん」

 フロンさんは杖を翳すとシェルクーガー諸共輝き始めた。

「おっと! 言い忘れてたにゃん」

 コホンと一つ咳払いをし、名乗りを上げた。

「みんなのアイドルフロンちゃんだにゃん! ヨ・ロ・シ・クにゃん!」

 そう言うと、輝きは周囲を照らし、光が消えた頃にはシェルクーガーとフロンさんの姿はどこにも見当たらなかった。



 課外実習三日目 午前七時。

 それからは何事も無く実習も終わり列車に揺られて王都へと帰還しています。結局何が目的であんな事をしていたのかも判りませんでした。喉に刺さった小骨の様に、正直スッキリしません。

 フロンさん曰く。

「今回の騒動は何かに意識を向けさせないってくらいしか使えないにゃん」

 ……だそうである。

 そう言えば、他にも気になる事があったわね。

 私は言い知れぬ何かが水面下で動きつつある。そんな予感を感じていた。



「ハァ……」

 一つ溜息を吐く。

 あまり頼りたくはないけどこの際しょうがないか……

 王都に着いた私は、頭をポリポリ掻きながら、とある場所へと歩んでいきました。

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