第20話 食べ過ぎは程々に

「……どういう事?」

「実際に時を早めるってわけじゃないわよ? 結果的に進行を早めるって意味でね。それと……」

 更に荷物から物を取り出す。

「まずはカンテラの油を使いましょう」

 多めに持ってきていたカンテラ用の油を小瓶に移し、五つ程用意した。

「ネルとオリバーさん! 少し下がってくれますか!」

 ゴーレムを翻弄していた二人は、その呼びかけに応じゴーレムから距離を置いた。



「さて、まずはこれを腕と足の付け根と胴体に投げつけるわよ」

「任せて!」

 私とアンジェでそれぞれ持った小瓶をゴーレム目掛けて投げつけた。相変わらずコントロールの良いアンジェは、綺麗な直進で小瓶をゴーレムへぶつけていた。割れた拍子に中の油がぶちまけられ、油まみれになった。

「それじゃ、始めるわよ」

「うん!」

 その合図でアンジェは渡された弾丸を両手で包み込み意識を集中させる。すると、手の中にある弾丸は眩い光に包まれた。すぐに光は消え去り、手を開くも弾丸の見た目は変化していなかった。

「終わったわよ」

 アンジェから一発の弾丸を受け取ると、私は弾倉に弾を込めて戻し、撃鉄を指で起こし銃を構えた。


 この銃は、ギルドで受け取った小包の中にあった物の一つで、白銀の色をした拳銃である。また、一見すると唯の拳銃で普通に実弾を撃つ事も出来るが、幾つか特殊な機能が付いていた。

 この魔力弾と呼ばれる特殊な弾丸は、素材となる魔鉱石まこうせきからエネルギー転換し、特殊な加工をする事により疑似的な魔法を行う事が出来るという代物であった。しかし、唯それを撃つだけでは大した威力もでないのだが、魔力付与エンチャントする事により真価を発揮する。

 魔力を込めた人に応じて、様々なカタチに変化するという変わった仕様があるようで、どういったものになるかは魔力を込めた人次第だそうだ。

 言うなれば、魔力は体を表すと言った方が解りやすいかもしれない。



 ゴーレムに狙いを定め、放たれた弾丸は次第にその姿を変えていき、炎を纏った鳥の様な姿に変化していった。差し詰め炎の鳥フレイム・バードと言ったところか。

炎の鳥フレイム・バードはゴーレムへぶつかると、焼き尽くさんとばかりにゴーレムを包み込み、ゴーレムは炎をかき消そうと腕を振り回す。

 また、関節部に付着した油にも引火し、重点的に熱を帯びる形となった。

「こりゃすげえな!」

「カッコイイ!」

 始終を前で見ていた二人は歓声を上げた。

「そろそろ、いいかな?」

「はい、もう一つ」

 暫くして、火が消える頃合いにアンジェからもう一発の弾丸を受け取り、装填し銃を構え、引き金を引いた。



 放たれた弾はゴーレムの胴体に着弾と同時にゴーレムの体が瞬時に凍結し始めた。

先程は火のエネルギーを込めた弾だが、今度は氷のエネルギーを込めた弾、着弾と共に瞬間凍結するという変化を得たものだ。

「今度は一瞬で身動きを封じたな」

「まるでアンジェみたいだ」

 うっかり口を滑らせたネルは、すぐに後悔する事になる。

「ネェ~ルゥ~? どういう意味かな?」

「ナンデモナイデス」

 背中から聞こえる声にネルは背筋を凍らせていた。口は禍の元である。


 ゴーレムは力任せに振り解こうとしており、凍った部分は次第に罅が入り崩れかけていた。所詮は疑似的に魔法を真似た物であり、本物の魔法に比べると威力も持続時間も短かったのだ。

 まぁ、今回の場合はそれで十分なんだけどね。

「よし、狙い通り! 後はお願いします!」

「おう、任せろ!」

 二人に後の事を任せ、私達は後ろへと下がった。



 それから二人はゴーレムを翻弄するように動き回り様子を見ていると、ゴーレムは次第に動きが鈍くなり、体の一部に罅が入り始めていた。そして、遂にその時は訪れる。

 ゴーレムが鈍る体を強引に動かし、右腕を振りかざそうとしたその時、罅は大きな亀裂と化し、バキッと音が鳴ると同時に関節部は折れ、右腕は勢いのまま飛んで行った。

 その反動でバランスを崩したゴーレムは大きく反転する。バランスを取ろうと足で支えるが、その足は重さに耐えきれず、亀裂と共に崩れてしまう。支えを失ったゴーレムはそのまま地面へと倒れ込み、四肢は音と共に崩れ去りバラバラになってしまった。


 一見、これは高温から低温への急激な温度変化を加える劣化加速、所謂ヒートショック現象を狙った様に思えるが、その実これはあまり効果的ではない。このやり方が可能なのは何百度にもなるような高温から、マイナスにもなるような冷却でもない限りは現実的ではないのだ。

 しかし、一部の金属は酸化したり体積変化したりと、負荷が掛かる事自体は間違いないので、そこを利用した金属疲労が本当の狙いであった。それと、ネルとオリバーの牽制により応力を与え、ゴーレム自身が暴れる事により、更に進行させ疲労破壊への速度を加速させたのだ。イリアの言う、時を加速させるとはこの事である。

 何でもかんでも取りこみ過ぎた結果、逆に脆弱性を高めてしまったのが一番の要因であったと言えよう。



「さて、後は核を破壊するだけだが……」

 一息吐きそう呟くオリバーであった。だが、その時――

 バラバラになったゴーレムの体がガタガタと震えていた。

「おいおい、マジかよ!」

 これにはさすがのオリバーさんも驚いていた。

 普通ゴーレムは部位を破壊されても、魔力を帯びた核となる部分が破壊されなければ、自身を構成する物質を取り込み修復する事が出来る。しかし、それには時間が掛かり、おいそれと出来るものではない。

 だが、このゴーレムはものの数分で修復……いや、この場合は再生に近いだろか、ものの数分で再生しようとしていたのだ。


「急いで核を破壊しないと!」

 胴体へ攻撃に向かおうとするネル。

「ネル! 少し待って!」

 ネルに制止を呼びかけ、私は一呼吸置き再び銃を両手で構える。しかし、先程とは違い漆黒の銃であった。


 この銃は小包に入っていたもう一つの物で、先程使った白銀の銃よりも少し大きい。こちらも同様の機能が付いているが、主に威力のみを追求した際に使用するバケモノ銃である。


「狙うは胴体の中心……」

 ゆっくりと狙いを定めその引き金を引いた。その瞬間、とんでもない爆音と共に銃口から火が噴いた。銃が手から飛んでいきそうになる反動を必死に抑えたが――

「にゃぁぁぁぁぁ!」

 手どころか腕まで痺れてきて、思わず変な奇声を上げてしまった。やっぱり実弾の50口径マグナムは化け物すぎてヤバイですね。拳銃で撃つものじゃないわ。

 それはそうと、肝心の弾はというと、見事胴体の中心部に着弾し亀裂が生じていた。



「オリバーさん!」

 痺れる腕を庇いつつ叫ぶ。

「おう! 任せろ!」

 その声にオリバーさんは応答し、亀裂の入った胴体目掛けて大剣を振りかぶる。その剛剣は脆くなった胴体部を木っ端微塵に吹き飛ばし、内部の核が顔を覗かせた。

「今だ! ネル嬢ちゃん!」

 オリバーの声に待っていましたとばかりに、ネルは核へと飛び掛かった。

「終わりだぁ!」

 思い切り振りかぶった剣は核を真っ二つに切り裂いた。核はゴトリと音を立て地面へ転がり落ちた。それと同時に、蠢いていたゴーレムの部位は動きを止め、二度と動く事は無かった。

 静寂の中、漸く魔物討伐の依頼は無事に果たされた事を告げた。

「腕がまいっちんぐぅぅぅ!」

 痺れる腕を押さえ地面を転がっている一名を除いては。



 ――閑話休題。

 最後のポイントでの採取も終え、私達は村へと戻ってきました。因みに村に着くまで腕はプルプル振るえてました。

 村長に両者の依頼報告をし、その経緯も説明しました。すると、村長から気になる話が出て来まして……

「一月前にですか?」

「えぇ、今回の事に関係あるかはわかりませんが……」

 話によると、今から一月前に村で怪しい人物がこの辺りの事を聞き回っていたらしい。すぐに村からいなくなり、何の音沙汰も無かったので忘れていたようだ。



 駅前で、私達はオリバーさんとこの件について話し合っていました。

「まぁ、まだ関係あるかは判らんが、一応俺からもギルドに話をつけておこう」

「よろしくお願いします」

 一先ずこの件はオリバーさんに任せる事にしました。

「それで嬢ちゃん達はどうするんだ? すぐ帰るのか?」

「私達はもう少し用事があるので」

「そうか、じゃあここまでだな。おつかれさん」

 手を上げ駅に向かうオリバーさんにお礼を告げ別れた。


「さて、私達は良い所へ行きましょう」

「そう言えば、そこってどこなの?」

「ふっふっふ……それはね、ズバリ!」

 アンジェの疑問に、イリアは何やら企みがあるような含み笑いをしていた。



 ――ダルカニア地方某所にて。

「いやぁ、まさか温泉とはね」

 湯船に浸かりながらネルは口にした。

 私達は今、ガラム村から少し移動した所にある天然温泉に来ています。ギルドでバイトしている時に、冒険者仲間から温泉の話を聞いており、いつか行ってみたいと思っていました。

 そんな時に、鉱山依頼が舞い込んできたので、密かに計画していた事でした。

「生き返るわぁ」

「うん」

 そんな二人は蕩け切った表情をしていた。

「ふふふ、喜んでもらえて何よりです」

「でも、なんでまた急に?」

「長期休暇中どこにも行かずに特訓してたでしょ? だから、せめてもの労いにってね」

 実際、依頼や特訓を頑張ってやっており、どこかで労うつもりではあったのだが。

「めちゃめちゃ厳しいイリアさんが不意に見せた、優しさだったりするのよ」

「ありがとうございます!」

 二人はペコリと頭を下げた。


「……ところでさ」

 不意にネルは私に視線を向ける。

「イリアって、スタイル良いよね?」

 アンジェも賛同し視線を向けた。

「あんなに甘い物食べてるのにさ、体は引き締まってるし」

 ネルの不満に終始アンジェは頷いていた。

「いや、だから甘味は糖の消費が激しいだけだし、運動はしてるし、おかしくはないでしょ?」

「でもねぇ……」

 説明してみるも不服があるようだ。


「それに、その分脂質の熱量消費が少ないから、一度太ると脂肪が落ちにくくて大変なのよ? だから凄く気を使ってるんだし」

「脂肪が?」

「落ちにくい?」

 二人のその視線は私のとある部分に向けられていた。

「敵がいるよ」

「敵がいるね」

「……っ!」

 視線の先に気付いた私は慌てて手で覆い隠す。

「敵って何よ! それに、アンジェも言う程でもないでしょ?」

 慌ててアンジェに話を振ってみた。

 アンジェは見た目ほど無いわけではない。寧ろあるほうだ。だが……

「でも、イリアと比べたらねぇ」

 そして、私はうっかり地雷を踏んでいた事に気付かなかった。


「……イリア、それは僕への挑戦と受け取ったよ」

 不敵な笑みを浮かべていた。

「これは神秘を解明する必要がありそうだね」

「ちょっ、ちょっと! 寄るな変態! ぶっ殺すわよ!」

 手をワキワキとさせながらネルが躙り寄ってきた。

「変態不審者さんがいるわよ! 助けてアンジェたん!」

 慌てて救援を懇願するも――

「いい湯だなぁ」

 目を瞑り現実逃避で黙秘されました。

 ブルータァァァァァス!


 こうして、酷い目に遭いつつも温泉を堪能し、長期休暇も終わりを迎えるのであった。

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