第43話 暗殺

 シャルワ祭壇跡はピラミッド型の建造物で、階段が最上階まで続いており、最上階は儀式を行う為か、広場となっている。広場の端にはいくつもの支柱が立ち並び、周囲を囲っていた。とはいえ、随分と昔の建造物なので、その幾つかの柱は壊れ、崩れ去っていた。その最奥には祭壇が置かれており、その傍に聖櫃も並べて置かれていた。

 眩い光は祭壇跡地全体にまで及び、力の奔流はその最上階にある聖櫃へと集中していた。大陸中の霊脈の流れが一点に集中している為、その魔力量は計り知れない。

 そんな場所に今、二人は居るのであった。


「先ずは聖王の血を捧げましょうか」

 ハドレットは懐からナイフを取り出しアンジェの左手を切り裂いた。

「っ!」

 裂かれた手からは鮮血が流れ出し、その血は傍にある聖櫃へと滴り落ちた。すると、その血に反応するかのように聖櫃は蠢きだした。その時、アンジェは纏わりつくような嫌な気配を感じていた。憎悪のような醜悪さを。怨念のような陰湿さを。

「……!」

 すると、突如全身に痛みが走った。

「……う……く……」

 声を挙げる事さえ許されない程の激痛に、少しでも気を抜けば意識が飛びそうであった。その痛みの最中、体から多量の魔力が奪われている事に気付く。その行く先に視線を向けると傍の聖櫃へと向かっており、聖櫃はより一層蠢きだっていた。まるで、無理矢理魔力を吸い取られているような、そんな感じである。


「おお! 素晴らしい!」

 その光景を目にしたハドレットが声を上げた。

「聖櫃の封印が解けかけている! 文献に記載されていた通りだ!」

 このままでは、聖櫃の封印が解けるのが先か? 自身が力尽きるのが先か? どうあれ、結末は望むものではないだろう。

 この状況、一体どうすれば……

 歓喜に震えるハドレットを横目に、アンジェは考えていたその時――

「ちょっと待ったぁ!」

 最上階広場に一つの声が響き渡った。



「そこまでだ! ハドレット・バーライン!」

 そこには一人の少女が立っていた。

「……ネ……ル?」

 ネルは祭壇に括り付けられて動けないアンジェをチラリと見ると、再びハドレットへと視線を直した。

「今ならこれまでの功績に報いて情状酌量の余地はある。それ以上罪を重ねるのはやめろ!」

「やめろとな? それは無理な相談だ」

 歓喜に震えていたハドレットは、ネルの存在に然程驚く素振りも無く振り返り、視線を向けた。

「これは我らが悲願である。今更やめるなどと言う選択肢などない」

「ならばアンジェを開放しろ!」

「それも無理な相談だ。」

「……そうか」

 ネルは溜め息を一つ吐く。

「ならばその罪と共にここで潰えよ! そしてアンジェを返してもらう!」

 携えた剣を抜き剣先をハドレットへと向け言い放った。



「……僕がここに居る事に驚かないようだな?」

「まぁ、初めから判っていたからね」

「……魔力感知魔法か」

 剣先を向けるネルは、対峙しているハドレットを真っ直ぐに見据えていた。

「君が侵入してきている事は既に判っていたが、敢えて放置しておいたまでよ。塵芥にいちいち対処していてはキリが無いからね」

「随分舐められたものだな」

 ハドレットの皮肉にも動じずその視線を外す事は無かった。

「その言葉、後悔させてやる!」

 そう言い放つと、ネルは剣を構えハドレットへと向かい飛び出し斬り掛かる。

「満にはまだ時間もある。少しばかり遊んであげよう」

 迫り来るネルの斬撃は、ハドレットが右手を翳すと障壁のような壁で遮り、その攻撃を防いだ。

「くっ! 無詠唱魔法か!」

 先制攻撃を防がれたネルは素早く飛び引く。無詠唱魔法を扱えるとなると、相当な実力の持ち主である事は明らかである。そんなハドレットの様子を窺いつつ再度攻撃を仕掛けて行った。

 だが、気付いているだろうか? そんな二人を見つめる目が四つある事に……



 ――少し時は遡り、シャルワ祭壇跡近辺の森にて。

「――作戦内容はこうよ。まず、ネルが一人で敵の前に現れて、あたかも一人で来たようにするの」

「えっ? 僕だけ?」

「そうよ。そして、適当に挑発しつつ敵の相手をして気を引いて欲しいのよ」

「それはいいけど、イリアは?」

「私はその隙に死角へと回り込むわ。そして、不意を突いてからの……」

 イリアは隠し持っていた銃を抜き取り鋭い目を細めこう答えた。

「――狙撃よ」



 ――ここへ来る前のイリアの言葉通りに、ハドレットの気を引き付ける事に成功したネル。攻撃は全て防がれ、一撃もダメージを与える事は出来ていなかったが、攻撃の手を増やし防戦へと誘い込む事に成功していた。

「ハァァァァ!」

 ハドレットは翳した右手で障壁を作り出しネルの攻撃を悉く防ぎきっていた。だが、その防御も永遠と続くわけではない。いずれ均衡が崩れる瞬間がくるだろう。その瞬間までは攻撃の手を止めてはならないとネルは攻撃を続けていた。

「やれやれ、馬鹿の一つ覚えだな」

「――なっ!」

 これまで防戦一方であったハドレットであったが、次の攻撃を受けきった直後、空いていた左手で攻撃魔法を放つ。

「ぐはぁ!」

 放たれた魔法はネルを直撃し、その勢いのまま後ろへと吹っ飛ばされた。

「……ぐっ!」

 体を起こし立ち上がろうとするも先程の魔法によるダメージがあり苦しい声を上げる。

「まだまだぁ!」

 再度剣を構え、再び攻撃しようと突撃した。

「懲りない奴め」

 ハドレットは小馬鹿にするように呟き、再度攻撃を防ごうと障壁を作り出しネルを見据えていた。

 ……そう、意識は今ネルへと向いているのだ。



 祭壇最上階の広場の端にはいくつもの支柱があるが、その支柱の影には陰が重なっていた。その陰は唯只管にその瞬間を待ち続けていた。そして、遂にその瞬間が訪れる。

 ハドレットがネルに意識を向けた瞬間、闇に煌めく鋼鉄の引き金を引いた。その銃口から放たれた弾は、真っ直ぐハドレットの死角へと向かい、そのまま直撃――

 ……する筈であった。だが……



「残念だったな」

 ネルの攻撃を右手で防ぎ、左手でその銃弾を防ぎきっていたのだ。

 勢いが無くなった弾は地面へと転がり落ちた。

「奇襲としては悪くなかったが、生憎そんな事も想定済みよ!」

 左手で放った魔法は陰が潜む支柱へと放たれる。

「イリア!」

 ネルは咄嗟に声を上げる。

「……チッ!」

 さすがにそこに留まり続けるわけにも行かずに、魔法が直撃する寸前に飛び退いて攻撃を躱す。

「ふぅ……危ない危ない」

 間一髪攻撃を躱したイリアはその姿を現した。


「タイミングは完璧だった筈なのに」

 イリアは悔しそうな表情を浮かべる。

「確かに、タイミングは完璧だったさ。だが、初めから判っているのなら然したる問題でもなかろう」

 つまりは、初めから侵入者が二人であった事も、奇襲で来る事も、全てバレていたという事だ。

 一旦飛び退いたネルと共にハドレットと対峙する。

「さて、千載一遇のチャンスを逃してしまったわけだが、どうするつもりかね?」

 ニヤリと嘲笑うハドレットに対し、二人の表情は硬くなっていた。


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