第44話 無力の一撃
そんな二人を気にしていたアンジェだが、自身のすぐ近くから耳障りな物音が聞こえ、不意に視線を向ける。すると、先程までは蠢いているだけであった聖櫃が、少しずつではあるが閉じた蓋がずれている事に気付く。
「……まさか、封印が解け始めている?」
そしてそのずれた蓋の隙間からは、黒い靄の様なモノが漏れ出しており、ソレは這寄るかのようにこちらへと向かって来ていた。
恐らくソレが邪神と関係しているモノであるという事は直観で分かった。残された時間はそう多くないと告げている様だ。
一方、ハドレットと対峙している二人は……
「どうもこうもないわ! 唯殺めるのみ……よ!」
素早く黒い銃を構え魔力弾を撃ち込んだ。
「おっと!」
イリアの不意を突いた一撃であったが、ハドレットの反応が早く弾丸は届く事無く防がれ地面へと転がった。
「良い反応だが、私には利かんよ」
「余計なお世話よ!」
煩わしいとばかりにもう一発を撃ちこむもやはり防がれてしまう。
「隙あらば確実に狙って来ている辺りは手慣れているようだが……貴様は何者だ?」
「何者と言われても、同居人としか言いようがないわよ」
「……ふむ」
ふとハドレットは考え込む。
そんな報告は聞いていなかった筈だが? さてはニグレドめ、悪い癖が出たな。
自身の興味を唆られる相手しか真面に見ない悪癖があるニグレドは、怠慢の節がよく見られていた事を思い出していた。
ハドレットが考え込んでいる隙に、アンジェの様子を右目で窺っていたイリア。その状況を察し、左目で合図を送る。
「……まぁいい。然して変わらんか」
どうでもいいとばかりに考えるのを止めたハドレットは、再びこちらへ視線を向けた。
「それは随分と舐められたものね」
相対して銃に弾を込め直し構え直す。
「今度は二つで……という事かね」
構えるイリアの手には白と黒の拳銃が握られていた。所謂二丁拳銃の構えである。
「さて……どうだか?」
そう言うと同時に手に持つ銃の引き金を引いた。
弾丸はハドレットに向かって飛んで行き……
「どこを狙っている?」
そのままハドレットの横を通過して行ってしまった。
「……避けたわね?」
更に弾丸を撃ち込みハドレットの横を通過させた。そして黒い銃の銃口をハドレットへと向けゆっくりと構え引き金を引いた。
その弾道は以前の弾とは違い確実にハドレットを狙って来ていた。無論ハドレットもそれに備え左手を前へと翳し防ごうとしていた。……だが。
「……!」
不意にハドレットは別の感覚を覚えた。それは正面から飛んでくる弾の他にも別の反応を感じていたからである。その事に瞬時に気付いたハドレットは翳そうとしていた左手に魔力を込め、自身の周囲を薙ぎ払うように手を振り払った。すると、ハドレットを襲おうとしていた四つの凶弾は着弾間近で勢いを失い地面へと転がった。
「跳弾撃ちとは味な真似を!」
「チッ! バレたか」
驚くハドレットに対し、イリアは言葉とは裏腹に対して悔しそうにしていなかった。
「そして、真の狙いは……こっちだな!」
ずっと空けていた右手から魔法を放つ。その魔法はこっそり祭壇へと近づいていたネルへと直撃した。
「ネル!」
「……だ、大丈夫」
そのまま吹き飛ばされたネルであったが、上手く受け身を取った為に辛うじて致命傷には至らなかった。
「速く動く物に目を引かれる事を利用した囮のつもりだろうが、無駄だよ。先程も言ったがここは私の結界内だ。その動きは手に取るように判るのだよ?」
その通り、ここはハドレットの魔力を感知する結界内である。その動きは常に補足されているも同然であった。
「だったら正攻法あるのみ!」
そう言いネルは隙を窺っての救出を諦め、正々堂々と正面から攻撃を仕掛けに行った。
「無駄だ!」
再び右手で攻撃を防ぎ左手で魔法を放とうとする。
「させないわ!」
魔法を放とうとする左手を封じる為、魔力弾を撃ち込んだ。
「チッ!」
野放しにするわけにも行かず攻撃を諦め左手で弾を防ぎに入った。
それからは、ネルの猛追とイリアの銃に防戦一方となっていたハドレットではあるが、その表情には余裕が見える。
「どうした? 随分とお疲れのようだが?」
一方の二人は疲労が見え始めていた。
「なんのこれしき!」
力一杯剣を振りかぶりハドレットへと叩きつけるが、それも容易く防がれてしまう。
この状況はどう見ても体力切れが全ての終わりであるという事は誰が見てもそう思うだろう。だが……
「そこ!」
振り向けば銃を構えるイリアが近距離から弾を撃ち込んできていた。
「っと!」
咄嗟に左手で防ぐ。今のは反射的に動いた行為であった事にハドレットは気付き、一瞬ヒヤッとしていた。
「隙あり!」
「甘いわ!」
その隙にネルは勢い良く剣を叩き付けるがハドレットもその攻撃を防ぎ切った。
だが、その瞬間均衡が崩れる。イリアの近距離射撃によりバランスが崩れていたのである。その瞬間を逃すわけがない人物が一人いた。
「……待っていたわ、この時を」
イリアはニヤリと口元を歪ませると、左手に持つ銃を仕舞い握り拳を作る。そして、そこから一瞬にしてハドレットの懐へと踏み込んだ。
「なっ!」
ネルに気を取られ、こちらの意識が途切れていたハドレットはこちらの動きを捉え切れていなかったようで、完全に反応が遅れていた。
左手から繰り出したボディブローはハドレットの鳩尾へと打ち込み、そこからコークスクリュー張りに捻じ込み抉った。
「ごはぁ!」
その攻撃に耐えきれず防いでいた防御も消え去り完全な隙が生まれる。
「今よ!」
「ガッテン!」
待っていましたとばかりにネルは剣に付与魔法を掛け始める。
「厚き護りよ 魔を断つ 剣と成れ!」
そう唱えると剣に魔力の壁が覆われた。
「
「かーらーのぉー!」
野球のバットの如くハドレットに向かい大きく剣を振りかぶる。
「
「ぐわぁぁぁ!」
振りかぶった剣はハドレットを直撃し体ごと吹き飛ばした。
「うっし!」
ネルは剣を軽く払い、気合いの声を上げた。
吹き飛ばされたハドレットは聖櫃の前へと転がり込んだ。そんな隙を見計らってかネルはアンジェに向かって声を掛ける。
「アンジェ! 今のうちに逃げるんだ!」
「えっ? でも……」
アンジェは手足に錠がされており動ける状態ではなかった。しかし、そんなアンジェを余所に銃弾を詰め直しながらイリアは言う。
「錠? それならもう既に外れているわよ?」
「えっ?」
まさかと思いつつも手足を動かしてみた。するとどうだろう、あんなにビクともしなかった筈の錠はいとも容易く外れたではないか。そんな状況に戸惑いつつもアンジェは祭壇からそそくさと離れネルの元へと駆け込んだ。
「おっと!」
一度に多量の魔力を奪われた反動か、足が縺れて倒れ込むアンジェをネルはそっと抱き止めた。
「馬鹿な……何時の間に……」
そんな中、ハドレットはゆっくりと口を開く。だが、イリアに
「何時の間にですって? そんなの初めからよ?」
「なん……だと?」
ハドレットの問いにイリアは軽口に答える。
「ネルがここで貴方と話し込んでいる隙に私が回り込んで外しておいたのよ」
「えー!」
そんなイリアにアンジェは声を上げた。
「いやぁ、大変心苦しかったわよ? でもね、大事な依代となる存在を無下に扱う事は無いだろうし、チャンスが出来るまではそのままの方が安全だと思ってね」
「僕もアンジェと同感だったけど、イリアの言い分も解るからさ」
「後は、狙いがそこだとバレない様に、初めから狙撃が狙いだというようにしておいたって寸法よ」
「……そんな動きの反応は無かった筈だ。一体どうやって……」
「一言で言えば、無力である事が時に有力になるって事かしらね」
理解できないハドレットに向かいイリアはそう答えた。
「序でに言えば、貴方は三つの間違いを犯したのが今回の敗因ね」
「何?」
「一つ目は、さっきも言った通り解錠したからってすぐ逃がすわけがない。安全を確保してからの方がより確実に逃がせるからね。アンジェの固定概念のおかげで良いミスリードになったわ」
「なんだかなぁ」
アンジェは複雑そうな表情を浮かべる。
「二つ目は、魔法使いが物理的に来るとは思ってもいなかったでしょうが、生憎私はアンジェと違って正真正銘魔法が使えないものでね。魔力弾を使って出来るものだと誘って正解だったわ」
「真の狙いは如何に間合いに入る事、その一点だったからね」
ネルは事前に聞いていたのだ。狙撃するも失敗すると。だが、それはあくまでも布石であり、真の狙いは相手の間合いに入り込み直接攻撃を加える事だと。その後は連携からの追撃をする。これがイリアの作戦概要であった。
「じゃあ狙撃が失敗した時の表情は?」
「あぁ、アレ? 演出よ、え・ん・しゅ・つ。全てはその時の為にってね」
アンジェの疑問に悪ぶれた素振りも無くイリアは答えた。
「そして三つ目。そもそも私達は貴方を倒しに来た訳じゃないわ。目的はあくまでもアンジェの救出である事。そこを悟らせない様にネルにはミスリードを誘ってもらったのよ」
「やたらと“倒す”を連呼しろって言われたんだけどね」
言われてみればネルの言葉には“倒す”という意味が強く誇張されていた。まさか、そこから既に手の内にあったとは……
ハドレットとイリアでは、向いている方向が違うからこそ出来る事であったとも言えよう。
「私には倒すなんて真似は出来っこないわ。そんな事は出来る奴にやらせておけばいいのよ。それを分業って言うのよ、覚えとけ阿呆が!」
そうイリアは挑発するようにハドレットへと吐き捨てた。
たかが小娘と侮ったのがいけなかったのか。それとも読み合いに完全に負けたのか。何にせよイリアという存在に完全敗北を喫したハドレットは悔しそうな表情を浮かべていた。
「さて、それじゃあ」
早々にこの場を立ち去ろうと思い踵を返す。
「……! これは!」
その時、ハドレットから声が上がり三人は思わず振り返るとそこには黒い靄の様なものに絡み付かれていたハドレットの姿があった。
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