第3話 初めからクライマックスだよ!

 ――意識がぼんやりとする。

 体はふわふわと中を漂う感覚を覚え、今は飛んでいるのか落ちているのかも、今一つ解らない。しかし、微睡のような感覚が次第にはっきりとする。瞼に眩しさを覚え、はっと目を覚ます。



「……ここは何処?」

 私は誰だとまでは言わないが、見慣れない景色であるのは確かなようで、視線の先には空が見えた。

 先程から背中が何かに触れている感じがする。恐らく地に寝そべっているのだろう。それも仰向けに。

 体を起こしてみると、割とすんなり動かせたので、不具合はなさそうだ。ただし、素足である事に気付いた。おまけに、着ている布製の服も襤褸いし、ぶかぶかである。

 周りを見回してみると、私の前後には道が広がっており、その両脇には木々が生い茂っている。地面は土ではあるが、整っている事から馬車道か何かだろうと思う。


 しかし……しかしだ。

 こんな道のど真ん中に転移させるとは何事か? 確かにランダム設定でいいとは言ったが、馬車が通りかかりでもしたら、いきなり轢かれてとんぼ返りしていたところじゃない! ランダムにしても、もう少し何とかならなかったのかしら?

 そんな事を考えられるくらいなので、思考は至ってクリアである事は解った。


 それと、先程から気になってはいたが、周りのものが妙に気がする。

 巨人の国にでも来たのだろうか? 道幅も広ければ、木々も大きい。更に言えば、気がする。


「さて、どうするかな?」

 誰に言う訳でもなく、一人ぼやく。

 突然来た場所は、前後に延びた道があるだけで、どちらに何があるのかも判らない。

 前か? 後ろか? いや、敢えて木々の中を突き進むか?

 でも、それだと左右の選択肢が増えるわ! どうすればいいの! 助けて神様! ……って、私じゃん! 

 一人ノリツッコミをし、アホらしく悩んでいたその時――


 何処からか大きなものが倒れる音がした。

「……前か?」

 聞こえた感じだと、前方から大きな音がした気がする。

 何か嫌な予感はするが、ここにいても埒が明かないので、一先ず音のした方へと足を進めた。



 ――暫く歩みを進めると、何やら声も聞こえてきたが、先程から漂うこの血の臭い、穏やかな感じではなさそうであった。

 それとは別に、何かスパイシーな香りもした。お腹空いてるのかしら?


 木々の後ろに回り込み、もう少し近づく。そして、木の陰から覗き込むと、はっきりとした姿が見えた。

 荷馬車が倒れ、中の荷物が散乱している。その横には男女の若い二人組がいた。……だが、問題はそこではなく、その周囲を取り囲んでいるであった。



「くそっ! 数が多いな。魔獣どもめ、こんな道にまで出てくるとは!」

 男性は口惜しそうにそう言い放つ。

「私の事はいいから、貴方だけでも逃げて!」

 女性は男性にそう諭す。

「何を言ってるんだ! 僕達はこれからじゃないか!」

 鼓舞する男性だが、状況をどう打破するか見い出せていないようである。



 なるほど、逃げられない状況になった訳ね。というか、魔獣って言うのね、あの狼。多分そういう分類の狼型ってところか。狙いはあの女性ね。弱者を狙う習性は魔獣と言っても変わらないのね。

 狼のような姿をしているが、毛並みはどす黒く、目は赤い色をしており、明らかに普通の狼ではない事は判る。それらが、五匹? 周囲を囲んでいる。

 そして、男女の二人組はというと、男性は剣を構え対峙しており、女性の方は足を怪我しているようで、荷馬車にもたれる様に座り込んでいた。その血は地面に流れ出ている。


 ――私は状況を冷静に分析していた。

 普通なら関わり合いになる理由が無い訳だが、私には助けるがあったから。


 先程から魔獣の動きが統率された様に、無駄がない事から司令塔がいるのだけは判っていた。そいつを倒しきれば、他の魔獣は一旦引くだろう。なので、そいつはどれかと探していたのだが、知恵がまわるのだろうか、一向に動きを見せない。

 しかし、よく見ると後ろ……私の来た方向にいる二匹の魔獣は、先程からに躊躇しているようにも見える。


 何に躊躇しているのか? その視線を辿る。すると、女性の傍らには、布製の袋から粉末状のものが零れている。どさくさに紛れて零れてしまったのであろう。

 もしかして、先程からする香りの元はアレなのかな? 香辛料か何かの類ね。

 司令塔の目星はある程度は絞れている。後ろにいる二匹はまず違う。回り込む様に移動していたので、恐らく指示されたのだろう。と、なれば、残るは前方の三匹になる訳だが……


 もう少し分析したかったのだが、どうやらそうもいかないようで、魔獣が少しずつにじり寄って来ている。そろそろ動きがあるに違いない。

 ふぅっと一呼吸おき、よしっ! と意を決する。



 ――隙を見せないなら出させるか。



 男性が後方に気を向けた時、前方の一体が女性に向かって跳びかかる。

「しまった!」

 男性は慌てて振り返るも、魔獣の方が速く、とても追いつけない。

 もう駄目かと女性は目を瞑る。

 ――その時、何処からか声が聞こえてきた。



「女神キーック!」



 突如、木々の中から影が飛び出すと、魔獣の横っ腹に飛び蹴りを喰らわす。まともに受けた魔獣は吹っ飛び地を転がった。

 影はそのまま女性に近づくと、こう言い放つ。


「ご無事ですか? ご婦人」

 しかも、イケメン風にである。


「は、はい」

 生返事を返す女性。それもその筈、突然の事に場の者は皆言葉を失っていた。

 魔獣に至っては、一度襲うのを止め、どうするか考えあぐねいているようである。



「君は一体?」

 漸く口を開いた男性が言葉を返す。

「そんな事、今はいい。それよりもよく聞いて」

 魔獣が怯んでいる隙に用件だけを伝える。


「貴方、あの魔獣を倒せる?」

「あ、あぁ。一匹二匹くらいならなんとか」

 男性は、視線を魔獣に戻し、再び剣を構え、声だけで会話する。

「なら、この群れの司令塔を倒してもらえる?」

「それは構わないが、どいつがそうなんだ?」

「前方の真ん中にいる奴が司令塔よ。先程蹴り飛ばした時から残りの二匹をずっとけど、目で合図を送った瞬間は見逃さなかったから」

「なっ! あの一瞬でか!」

 男性は驚きの表情を見せる。

「次動きがあった時は迷わずソイツを狙って!」

「わ、わかった!」


 まぁ、跳びかかってきた奴を除き、どちらかの判断をする為に、声を上げて反応を視たわけですから。


 今度は女性に向かって指示を飛ばす。

「ご婦人は、そこに零れている粉を魔獣に向かって撒き散らして下さい。どうやらそれを嫌がっている様なので。気休めでしょうが、何よりマシかと」

「えぇ、わかったわ」

 そう言うと、女性は袋を拾い上げ、中の粉を手で掴む。


 粗方指示を終えた時には、魔獣が態勢を立て直し、再び周囲を取り囲む。

 唯、先程と違うのは、囲む相手が女性でなくであった事である。

 怪我人より私を狙う理由がよく解らなかったが、これで女性の安全面は多少上がったわけだ。ならばよし。


 それはそうと、私は別の思考が働いていた。

 先程の跳び蹴りの威力が気がした事と、何よりも……

 この人達も含めてんですが、やっぱり巨人の国にでも迷い込んだのかしらね?



 さて、司令塔の魔獣は任せるとして、倒しきるまでにどう時間を稼ぐ?

 そっと、右手を後ろに伸ばし零れた粉を掴み取る。

 一匹二匹くらいなら凌げそうだが、残りはどうするか。


 そう思うと同時に、魔獣達は一斉に跳びかかってきた。それと同時に、男性は司令塔の魔獣に突撃する。後ろから来た二匹は女性が撒き散らした粉を目に浴びて動きを止めた。

 前から来た二匹の魔獣の右側には、先程掴んだ粉を撒き散らし怯ませる。……だが、後一匹が今まさに、咬み付かんとばかりに大きく口を開き飛び込んでくる。


 ――しょうがない、


 私は、睨むように相手を見据え、咄嗟に左腕を盾の様に構えると、自ら魔獣へと飛び込んだ。敢えて咬み付かせる事で致命傷だけは避けたかったからだ。

 魔獣はその牙を腕に突き立て、喰い千切らんとする。腕には牙がザクリと刺さり血が噴き出す。牙の入りようから骨まで食い込んでいるようである。しかし、私は飛び込んだ勢いをそのままに腕ごと地面へ叩きつけた。

 頭から地面へ叩きつけられた魔獣は、軽い脳震盪を起こしたようで、咬み付いた牙が腕から外れる。私は、その隙に後ろへと飛び退いた。

 その間に、男性が司令塔の魔獣を倒したようで、司令塔を失った他の魔獣達は一目散に逃げて行った。



「大丈夫か!」

 男性が急いでこちらへ駆け寄る。

「私は平気だけど、この子が!」

 女性が心配そうに言うので、問題ないと笑って見せる。

 しかし、だらしなく垂れ下がった左腕には、穴が開いており多量の血が吹き零れている。誰がどう見ても問題大アリだ。

 実際、滅茶苦茶痛いし、出血が酷くて意識が朦朧としてるしで、全然大丈夫じゃねーです。はい。と、言うか、もう限界ですわ。

 私、頑張ったよね? もう……いいよね?


 私は、そのまま後ろへ倒れ込み意識を失った――


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