第16話 少女強化計画

 あれから月日が流れ、学園も長期休暇に入り、学生は休みを堪能しているであろう最中、私達は宿舎の前の庭に集まっています。それには少々訳がありまして――

「番号!」

「いち!」

「に!」

 号令と共にアンジェとネルが声を上げる。

「よろしい! 一同着席!」

 着席とは言っても芝に座るだけであるが。

「これより、緊急会議を始めます!」

 コホンと一つ咳払いをすると内容の説明を始める。


「本日の会議内容は二点。一つは、我が軍は圧倒的に火力不足である事! そして、もう一つは、財政難に陥っている事である!」

「押忍!」

「オッス!」

 二人は元気よく返事をする。

「ぶっちゃけ、もやし一つも買えません! 由々しき事態である! 各員何故そうなったのか説明しなさい! まずは、ネル君!」

 指名されネルはスッと立ち上がると事情を説明し始めた。


「僕は自主練中にうっかり剣をぶつけて、欠けてしまったのを修復してもらったらお金が無くなりました!」

「ネル君はちゃんと周りを見る事! 次はアンジェ君!」

「私は無くなりかけた画材を買おうと思ったら既にお金が尽きていました!」

「アンジェ君は、在庫管理は日頃から心掛けるように!」

 そこで意見を述べようとネルが手を挙げた。


「はい! 先生!」

「先生ではない! 教官と呼びなさい! あと教官モードはちょっとだけ真面目なのでボケないように!」

「はい! 教官!」

「ネル君、発言を許可します!」

「教官は何でお金が無いんですか!」

「教官はそもそもびた一文ありません!」

「何で無いの! あんなに働いているのに!」

 さすがのネルもツッコミを入れざるをえなかった。


「兎に角、我が軍は非常事態に陥っています! なので、この機会に両方とも解決する策を考えました!」

 「おおー」と歓声が上がり、拍手が送られる。

「まずは諸君の現状を把握してもらおうと思います」

 そう言うと、用意した黒板に文字を書き始めた。



「ネル君は剣技が使えますね?」

「はい!」

「実は教官も出来ます」

「……えっ?」

 少し間を空けネルは驚いた。

「なので、ここに用意した木の剣で教官に斬りかかってきなさい」

「いいの? 危ないよ?」

「随分余裕でいるようですが、一撃も入れられないでしょう」

「むっ、言ったな」

 少しムッとした表情のネルは木の剣を構える。対する私は竹箒で応戦する。

「取り敢えず十秒だけかかってきなさい!」

「行くぞ!」

 そう言うと、ネルは渾身の力を込めて斬り掛かるが、その斬撃は軽くいなされてしまった。少し驚きつつも猛追するネルだが、攻撃は悉く受け流されてしまい、あっという間に十秒が経ってしまった。

「そこまで!」

 号令と共にネルは攻撃を止めた。しかし、イリアは初期位置から殆ど動いてはいなかった。


「すごーい!」

「イリア強すぎ! 完全に受け流されたよ」

 アンジェからは称賛の拍手が送られ、ネルはガクリと項垂れていた。

「てか、何でそんなに強いのに戦わないのさ!」

「いい質問です。それを今から説明します」

 そう言うと二人は元の位置へと戻って行った。



「まず私とネルはお互いに剣技という“技能”を持っているのは、今見た通りです」

「押忍!」

「オッス!」

「しかし、ネル君と教官とでは“能力”という面では明らかに違いがあります」

「具体的には何ですか?」

「ネル君はその“技能”で魔獣等を倒すだけの力……つまり“能力”がありますが、教官にはそんな力はありません。精々“知識”があるくらいです」

「教官の腕前は確かなものなのは、さっきのやり取りで実感出来たんだけど、どう違うんですか?」

 ネルの質問は最もで、魔獣相手に戦えるネルを軽くいなしていたイリアは何なのか? と。

「その質問について今から言う事が関係してきます」

 そう言うとイリアは黒板に追記をし始めた。


「教官は“技能”はありますが“能力”はありません。なので、代わりに“技術”・“技巧”を用いています」

「どういう事?」

「剣技という“技能”を、受け流すという“技術”と必要最低限の動きという“技巧”を用いる事でネル君をいなしていました」

「あぁ! そう言う事か!」

 漸く合点がいったネルは、ポンッと手を叩く。

「なので、現に疲れやすい筈の教官はあまり疲れていません」

「父さんも言ってたなぁ、確か……柔だっけ?」

「その通りです。では、今の例を参考に本題に入ります」



 改めてイリアは説明に入る。

「先程の事を踏まえて言います。ネル君とアンジェ君は魔法という“技能”を持っています」

「押忍!」

「オッス!」

「しかし、ネル君は魔法を行使する“能力”があるのに対し、アンジェ君は“知識”だけで行使する“能力”が欠落しています」

「あぅ」

「しかし! 落ち込む事などありません! 今のアンジェ君は教官と同じ立ち位置にいるのですから!」

「……確かに」

 落ち込むアンジェを掬い上げるかのようにイリアは言う。

「人と同じ事をやる必要はないのです。個人差がありますから出来ないものは出来ません。ましてや、魔法なんて殆どの家系が一子相伝ものです。差が出来て当然です」

 ウロウロと庭を歩き回りながら講義するイリアに二人は始終頷いていた。


「“能力”が無く、無能であっても否定される要素にはなりません」

 歩き回っていた足をピタッと止め言い放った。

「“能力”が無ければ“技巧”を身に付ければいいじゃない!」

 何だか革命が起きそうな言い方である。

「ようこそ我が世界へ。入門を快く歓迎しますよ」

 イリアは、スッとアンジェに手を差し伸べアンジェはその手を取った。

「私、頑張るわ!」

「さぁ! めくるめく世界へ旅立つわよ!」

「旅立っちゃダメ! そこは深淵だ! アンジェ帰って来るんだぁー!」

 ミュージカル風に踊り出す二人にネルは必死に制止していた。



 ――脱線しかかった話を戻す。

「気を取り直して」

 コホンと咳払いを一つ。

「そんな訳で、二人には新しい魔法を覚えてもらいます。教官が夜なべして作りました」

 そう言うと、イリアは二人にプリントを渡した。しかし、その内容は――

「オリジナルの魔法って!」

 内容を見たネルは声を露わにした。

「オリジナルって言っても別に大した事ではないわ。唯の応用を利かせれば何でもオリジナルになるのだから」

「そういうものなの?」

「学園長にもお墨付きをもらっているので大丈夫なのです!」

「いつの間に……」

「アンジェ君に至っては細かい調整もあるので時間は掛かりそうですが、役に立ちますので頑張りましょう!」

「うん、わかった!」

 張り切るアンジェの頭をそっと撫でる。


「まぁ、すぐにどうこうとは言いません。長期休暇中に形だけでも出来れば御の字です」

 そう言い終るとイリアは眼鏡を外し、いつもの口調に戻った。

「教官モード終わり! 真面目は疲れる! 面白くも無い!」

「結構ボケてた気がするんだけど!」

「気のせいよ」

「ところでイリアは何するの?」

「イリアさんのお仕事は終わりました。後は各自頑張ってイリアさんを楽させてください」

「今までの良い話が台無しだ!」

 そんなやり取りをする私達にアンジェは訊ねてきた。

「ところで、財政難については?」

「あぁ、それはね――」



 ――某所前にて。

「――と、言う訳でやってきました、冒険者ギルド! 特訓出来てお金も貰える素敵職場!」

「なるほど! その手があったか!」


 冒険者ギルド。出身経歴に関係なく誰しもが憧れ夢見る職業。護衛や討伐など危険な仕事が多いが、ちょっとした手伝いや代行人などの戦闘以外の技術も問われる事も多く、様々な人達が出入りしている。


「次回の課外授業では、討伐の依頼があるかもしれないので、慣れておこうという目的もあります」

「理に適ってるね」

「それじゃ行きましょう」

 扉を開けて中へと入ると、室内は筋骨隆々とした人や腕の良さそうな魔法使いのような人などがあちこちに見られ、物々しささえ覚える。物珍しさか、辺りを見回していたアンジェに三人の鶏冠頭の男達が言葉を投げかけてきた。

「クックック……まぁた命を散らしに来た奴がいるぜ!」

「凌辱され尽し恥辱に塗れた最後を迎えちまうのさ!」

「実に哀れだなぁオイ!」

「何だと!」

 そんな三人に気を悪くしたネルが突っ込もうとするのを抑える。

「待ちなされネルさんや」

「何で止めるの?」

「いいのよ、あの人達はあれで」

「どういう事?」

「まぁ、見てなさいな」


 入口の扉から少し離れ暫く待っていると、扉が開き誰かが入って来た。すると――

「クックック……まぁた命を散らしに来た奴がいるぜ!」

「凌辱され尽し恥辱に塗れた最後を迎えちまうのさ!」

「実に哀れだなぁオイ!」

 三人の男達は入って来た人物にそう言葉を投げかけていた。因みに入ってきたのは配達員で、そんな三人には全く見向きもせずに受付へと向かって行きました。


「ね?」

「「ね?」じゃないよ、どういう事?」

「あれは唯の挨拶よ、気にしなくていいわ」

「どんな挨拶だよ!」

「愛らしさすら覚えるから、私はモーさん、ヒーさん、カーンさんって愛称で呼んでるわ」

「名前が酷い」

 呆れるネルを横目にアンジェが何故かときめいていたのは気のせいだろうか?



 受付近くまで来た三人。そこでイリアが一つ確認を取ってきた。

「依頼書見る前に確認するけど、この中で冒険者のライセンス持ちの人は手を挙げて」

「僕は持ってないなぁ」

「私も」

 イリアは手を上げ確認を取るが、挙手する者はいなかった。

「了解、まずはライセンス取得から始めようか」

 そう確認を取ると私達はライセンス取得の為に受付へと向かうのであった。

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