第17話 まずは腕試し

 受付にはショートヘアーの眼鏡を掛けた知的なお姉さんが、山のようにある書類の束をテキパキと処理していた。俗に言う『出来る女』と言うやつである。元冒険者で凄腕との謂れもあった。

 そんな彼女にイリアは躊躇する事なく声を掛けた。

「こんにちは、シルキーさん」

 その声に反応しこちらを見た。

「あら? イリアさん? どうしました、今日はシフトの日ではありませんが?」


 冒険者ギルドは、イリアのアルバイト先の一つである。イノシシ騒動の時にワイヤーを借りてきたのもここだ。また、配達でも顔を出しており、ギルドの面々からは既に馴染みの顔となっているのであった。


「今日はライセンス取得の要件で来ました」

 そう言うと、イリアは後ろの二人を紹介する。

「王女と守護騎士です」

「ちょっ!」

 大御所の登場にシルキーは言葉を詰まらせつつも、二人に尋ねる。

「よろしい……のですか?」

「許可は下りているので大丈夫です!」

 ネルの返答にアンジェも肯定だと頷いた。

「そ、そうですか……」

 最後に何かを呟いたようだが、良く聞き取れなかった。



 シルキーはコホンと咳払いをし、大まかな説明に入る。

「冒険者は討伐や護衛、収集や代行人など、様々な仕事があるのは既知の事かと思います。また、国だけでは賄えない民間の手助けする事を第一としています」

 要は民間による警備隊のようなものだ。

「そんな冒険者、通称“ハンター”は、どんな仕事をするにせよ、戦う場面が出てくる事も無くはありません」

 実際、そう言った事例は多く、難易度の高い依頼であればある程、その可能性は高くなるのである。

「なので、ライセンス取得には必ず討伐依頼が課される事になっています」

 説明が終わると、シルキーは一枚の用紙を差し出した。

「ライセンス取得試験の依頼書になります」

 内容を見るとこう書かれていた。


 『王都エレミア、東側近郊に生息するジュエルラビットを五体討伐せよ』


「それって、額に宝石の付いたウサギだよね?」

「うん、確か図鑑にもそう書いてあったよ」

 依頼内容見た二人は対象の事を既に知っている様であった。

「なんだ、二人とも知ってるのね」

「平原の辺りでよく見かけるよ」

 そう言えば二人とも地元でしたね。


「それでは皆さん、ご健闘を祈ります」

 シルキーさんの言葉と共に私達はジュエルラビット討伐へと向かいました。



 ――王都東部近郊

 王都東部は比較的に穏やかで、強力な魔獣や魔物などは生息しておらず、手を出さなければ基本的には無害なものばかりが多い。なので、初心者のハンターなどはここで肩慣らしをする事が多いのである。


「東部は初めてくるけど……うーん、穏やかね」

 道なりに歩いて行くと、野原に小川にと周りの景色は風景画にでもしたいくらいの、穏やかなものであった。

「お昼寝にも最適だよ?」

「ピクニックにもいいかもね」

「ほうほう」

 それはいつか行ってみたいなぁ。

 そんな事を思っていたその時、前方に誰かいるのを見かけた。しかし、その人物はこの近辺では珍しく、おまけにちょっと変わっているようだが……



「こんにちは」

 こちらから挨拶をすると、向こうも気づき挨拶を返して来た。

「やぁ、こんにちは。美しいお嬢さん達」

 そう返す彼女の出で立ちは、スラリと伸びた綺麗な手足、煌びやかな黒いロングヘアーに身軽な軽装、そして何よりも目を引くのは、背中から生える白い翼であった。

「こんな所で何をされていたのですか?」

 少し気になったので彼女に聞いてみた。

「私かい? それは、美しいものを愛でていたのだよ」

「美しいもの……ですか?」

「そうとも。この世にある美しいものを探し求めるのが、私の生き涯なのさ」

 両手を広げ少し大袈裟にリアクションをしていた。


「そう言うお嬢さん達は、今日はピクニックか何かかな?」

「いえ、今日は冒険者ライセンス取得試験の討伐に向かっているところです」

「なるほど、それは大変だ。私も健闘を祈らせてもらうよ」

「ありがとうございます」

 少し変わった人だけど、悪い人ではなさそうだ。


 その時、不意にアンジェが口を開く。

「美しいと言えば、確かこの先の森の中央付近に、綺麗なお花畑があるって聞いた事がありますよ?」

「ほぅ、それは本当かい?」

「はい、母がそう言っていましたので」

 アンジェの言葉に関心を持ったようである。


「それは、良い事を聞いた。ありがとう美しいお嬢さん」

「いえ、偶々知っていただけですから」

 アンジェの手を取り、礼を述べるその姿はどこかの歌劇団のワンシーンではないかと錯覚しそうになった。

「では、私は早速そこへ向かうとしようか」

 そう言うと森へと歩み始めた。しかし、少し歩くと足を止め振り向き様に、こう言い放った。

「おっと! 忘れていたよ、私の名はベリウス。美の探究者ベリウスさ。お見知り置きを美しいお嬢さん達」

 言う事を言い切ったのか、今度こそその歩みを止める事は無かった。


「僕、他種族の人って初めて見たよ」

「私も」

「少し変わってはいたけどね」

 ちょっとした出会いはあったものの、気を取り直りて目的地へと向かいました。



 それから私達は二人の言う平原へとやって来ました。辺りを見回すと生き物がチラホラといる中で、難なく額に宝石の付いたウサギを発見した。

「いた! あれだよ」

 まずは様子を見ながら作戦を立てる事にする。

「取り敢えず、主力のネルには追いかけてもらいましょうか?」

「オッケー」

「そして、アンジェにはこれを……」

 ポーチの中から小さな丸薬を取り出しアンジェに手渡した。

「これは?」

「それに魔力を込めると三秒後に破裂音がする子供の遊び道具よ」

「なんか、パンパン音がするやつか」

 子供達が遊びで使っているドッキリアイテムである。

「そうよ、それをネルが追って逃げてきた所に投げつければ、一瞬怯むからその隙に――」

「僕が攻撃するんだね」

 私はコクリと頷いた。

「私には出来ないから、アンジェに任せるわね」

「うん?」

 返事をするも、そのニュアンスは少し違っていたようだ。


「イリア、またいつの間にそんな物を?」

「依頼内容を見た後で貰って来ておいたのよ」

「またか……と言うか、ギルドにはそんな物も置いてるの?」

「あるわよ。こういった遊び道具も案外使い道が多いからストックされてるのよ」

「へー」

 バイト経験が物を言う、勝手知ったるなんとやらってやつですよ。

「私が合図を出すからその時にお願いするわね」

 両者に確認を取り、作戦を実行に移した。



 まずネルがジュエルラビットに忍び寄り距離を縮め、間合いに入り攻撃するも案の定避けられた。後を追うようにアンジェのいる方向へと追い込む。

 その間に、イリアは走る速度に合わせてタイミングを見計らい、スッと手を挙げ合図を送る。それに合わせてアンジェは丸薬に魔力を込め相手の手前に投げ込むと、少しの間を空けパンッ! と破裂音が鳴った。

 その破裂音に驚いたジュエルラビットは、一瞬足を止める。

「今だ!」

 その隙を逃さないと、ネルは迅速な一撃を放ち見事に討ち取った。

「よし! まず一羽!」

 私達はお互いに手を挙げ、ハイタッチで喜んだ。

「アンジェ投擲コントロール上手いね、タイミングも完璧だし」

「偶々だよ」

「案外向いてるんじゃないかしら?」

「それじゃ、この調子で残りも頑張ろう!」

 こうして残りも行い、無事に規定数討伐する事に成功しました。


「依頼達成の報告に、ギルドにパッと戻りましょうか?」

「そだね」

「それじゃ、ジャンプするわよ」

「えっ? なんでジャンプ?」

「いくわよ、せーの!」

 言われるがままジャンプさせられる二人。



 ――ギルド室内にて。

「はい! というわけでギルドに戻ってきました」

「なんで二回もしたの?」

「二回ではありません! 一回です!」

「今のジャンプに何の意味が?」

「パッと移動する時はジャンプってのが相場の決まりよ?」

「どんな相場だよ!」

 一先ず、今回の依頼結果をシルキーさんに報告しました。



「討伐依頼確かに確認しました。ライセンス取得試験は合格です、皆さんお疲れ様でした」

 結果報告を受け、シルキーはハンターの身分証のような物を渡して来た。

「こちらが身分証になります」

「ん? お二人?」

 手渡される身分証はアンジェとネルの分だけであった。

「イリアは?」

 ネルは私の方を見つめて聞いてきた。

「私? 持ってるよ」

「なん……だと……」

「最初に聞いたでしょ? ライセンス持ってる人は手を挙げてって」

「うん」

「その時、私手を挙げてたじゃない?」

「えっ? アレって『いる人手を挙げてー』って意味で挙げたんじゃなかったのね」

 そんなネルにアンジェが口を挟む。

「罠を扱うにはライセンス取得が必要だから……って言うか、ネル知らなかったの?」

「僕知らないよ」

「一応この国の法律なんだけど……」

 それにはアンジェも驚き、少し呆れていた。

 これでいいのか王国騎士さんよ。



「しかし、あの人の言う通り本当に来てしまうとは」

「あの人?」

 溜め息混じりにシルキーさんはぼやいていたので尋ねてみた。

「えぇ、『紫電女帝エクレール』ですよ」

 その言葉を聞いたアンジェはピクリと反応する。

「王国の武道大会に飛び入り参加で優勝して、現国王とやりあった逸話持ちの、あの人?」

「えぇ、ある日ふらっとやって来て言ってきたんですよ「いつか来るだろうからそん時はヨロー」って」

「軽!」

 何かその光景が目に浮かぶようだわ。

「あの人、腕っぷしよりもそういった先見の明が怖いんですよ、ホントに」

 そんな話を聞いていたアンジェが手で顔を覆い口を開いた。

「うちの母がすみません」

「いいえ、いいのです。うちの元相棒がすみません」

 シルキーも手で顔を覆い、それに添えるように返した。


 二人には何とも聞きづらいので、ネルにこっそり聞いてみる。

「ネルさんや、これはどういう事?」

「うん、現国王とやりあった後に意気投合して結婚、冒険者を即引退。それで、その娘がアンジェなんだよ」

「ふむ」

「それで、王妃様はまた破天荒な人でね。討伐にアンジェを連れ回しては返り血でビショビショになった姿で戻って来るもんだから、さすがに僕も引いたよ」

「何してんのよ、ここの王妃は!」

 何という英才教育。いや、この場合は狂育だろう。

 しかし、なるほど。漸く合点がいった。王女であろうアンジェが、矢鱈と物怖じしないのはそのせいなのか。


「……ところでネル君、この惨状どうしたらいいの?」

「僕にもわからない」

 俯く二人に蚊帳の外の私達は、唯呆然とするだけであった。



 ――閑話休題。改めて今後の方針を確認する。

「それじゃ、暫くは適度な依頼を熟し特訓と資金稼ぎに勤しみましょうか」

「了解」

「頑張ろうね」

 そう三人で頷き合っていた。

「あっ! そうそう、イリアさん」

「はい?」

 不意に要件を思い出したかのように、シルキーさんが話し掛けてきました。

「討伐に向かっている間に小包が届きましたよ。例の物ではないでしょうか?」

「本当ですか!」

 意気揚々に小包を受け取る私にアンジェが訊ねてきた。

「例の物って?」

「イリアさんも戦闘に参加可能になりそうです」

 「おおー!」っと、二人は声を上げる。

「……ただし、限定的にですが」

「そこは変わらないのね」

 ネルさんや、喜んで損したみたいな顔しないでほしいかな?

 そんな私にシルキーさんから追加で話がきた。


「それと、手紙も来てます」

「えっ?」

 何か嫌な予感が……

 そんな一抹の不安が過ぎった。

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