第3章 王都暗躍

第26話 魔法大会

 学園生活も半年も優に過ぎ、生活の一部と化してきた今日この頃。授業にも身が入らない生徒が増えてきています。私もそんな一人でした。


「――という訳で、騒乱に終止符を打った聖王が建国した国こそが、ここセレンディア王国となります」

 歴史の教師が淡々と授業を進め、カリカリとノートに写す音が教室内で響き渡っている。そんな中で、教科書に落書きしたりする生徒もちらほらと窺えた。

 私の場合、ノートに覚え書きしており、次に作る物を思いついた事から書き込んでいました。

 そんな、気が逸れていた私ですが、気になる単語が耳に入り、ふと意識を向ける事になります。


「――五大陸にはそれぞれ、信仰対象となる女神が存在します。このソルディーヌ大陸での信仰対象となるのは女神クルセイルです」

 ……ん? クルセイル?

 脳内で設計を組み立てていた私は、その単語が聞こえ意識を向けた。

 そう言えばクルルちゃん、設定ミスに気付いたかしら?

 改めて言うが、私が魔法を使えないのは、あの子の設定ミスのせいである。しかし、一向にアプローチが来ないので、もしやまだ気づいていないのでは? という懸念を覚えていました。何せ、あの子うっかりさんだし……



 魔法の授業で演習場に赴いています。今回は魔法具を用いた授業の様です。

「今回は空中魔法陣について説明します」

 教師は黒板に色々と書き込み、それらを順番に説明していった。

「空中魔法陣とは、文字通り空中に魔法陣を設置するもので、遠隔操作や時限式に発動させたりする魔法陣の空中版とでも思うと良いでしょう」

 空中と謳ってはいるけれど、要は空間設置型と思えばいいのかしら? だとしたら、罠を張る分には便利そうだけど、探知魔法にはまず引っかかるわよね。せめて探知魔法の範囲外で上手く使う必要がありそうだわ。

 などと、話を聞きながら思っていた。


「――それで、今回はこの空中魔法陣を精製する為の魔法具を使って、実際に魔法陣を精製してみましょう」

 ほうほう、それは興味深い。

 教師は各自にペンの様な魔法具を渡して来ました。

「まずこれに魔力を込めます」

 はい、アウトォー! ムーリー!

 いきなり出端を挫かれました。

「その後、空中に魔法陣を描いてみて下さい。誰が描いても構いません」

 ……ん? 誰が描いても?

 教師の一言に下がりきったテンションが戻る。

 早速各自別れて魔法陣を描き始めていた。


 私はいつもの三人で取り掛かっています。

「これに魔力を込めるんだっけ?」

「うん」

 魔法具を手に持ち魔力を込める二人をぼんやりと見つめる。まぁ、魔力付与については特訓でもやり込んだ事だし、難しい事ではないから口出しはしなかった。

「……それで、これを使って空中に描けばいいんだね?」

「うん、そうだよ。それじゃ……はい、これ」

「……えっ?」

 そう返事をするアンジェは手持ち無沙汰の私に魔法具を渡して来た。

「誰でもいいみたいだし、イリアが描いてみて」

 なんて良い子なの! 感動のあまり目の前が滲んで見えなくなるわ!

 私はアンジェをぎゅっと抱きしめた。

「いいから早くやろうよ!」

 恨みったらしく見ていたネルに言われて、魔法陣を描く事にしました。


「よーし! 張り切って凄いの描いちゃうぞ! まかせんしゃーい!」

 この世界に降りて、初めてそれっぽい事をやる気がする!

浮かれ気味のイリアは、物凄い勢いで何もない空中に描き始めた。

「凝り性が凝り始めた! これはイケナイ気がする! 止めた方がいいよ!」

「えっ? でも……」

 イリアに視線を戻してみるも……

「完成!」

「……って、はや!」

 気付くと既に魔法陣は完成されており、そこには物凄く複雑な魔法陣が描かれていた。

「なに、この複雑な紋様は?」

「思い切って最強の魔法を行使する時の紋様を描いてみたわ!」

「何してんのさ!」

「力作よ!」

「いや、力作て……」

 ふふんと胸を張るイリアに二人は呆れかえっていた。

「というか、覚えてるの?」

「えぇ、最強魔法の紋様は一通り。例えば……」

 そう言うとイリアはサラサラーっと空中に描いていく。

「これが、雷の最強魔法の時に浮かび上がる紋様よ」

「へぇー、これがそうなんだ」

 感心する二人。そこに教師から全員に向かって声が掛かる。


「皆さん、魔法陣は描けましたか?」

 各所から返事の声が聞こえ、それを確認した教師は続きを話し始めた。

「その魔法陣は、描く事は誰でも出来ますが、実際にそれで魔法を行使する場合は、魔法具に魔力を込めた使えません」

「……えっ?」

 他にも描こうとしていたイリアの動きがピタリと止まった。

「本人だけ? 描くだけ? それだけ?」

 はい、しゅーりょー! 

 その後イリアは授業中完全にやる気を無くしていたらしい。



 帰りのホームルームで担任教師からちょっとした話を聞きました。

「えー、近日学園で魔法大会が開催されます。日頃の成果を十分に発揮しましょう」

 日直の号令で解散し、各々別れていきました。そんな中、教室の片隅でしょぼくれた人物が一人体育座りで座り込んでいました。

「イリアどうしたの?」

 さすがのロ―テンションに見かねたアンジェとネルは声を掛けてきた。

「魔法大会よ? 私には関係の無いイベントだわ」


 魔法大会とは、普段から学んできた技術や実力を発揮する、言わば運動会の様な催し物である。別段それだけならイリアのテンションが下がる事でもない。だが、ここに肝心な事が付け加えられる。

 技術や実力を発揮する場である。……と、言う事だ。

 魔法が使えないイリアにとっては参加資格すらない。青春とは程遠い者であったイリアは内心楽しみにしていた催し物だったので、こうもテンションが下がっているのであった。


「バイファーム」

 一人紙飛行機を投げて黄昏ていた。

「えと……でもほら、参加するだけが楽しみ方って訳じゃないじゃない?」

 慰めようと懸命にフォローするアンジェ。

「……ん」

「準備したりとか、記録したりとか、色々あるじゃない?」

「準備……記録……」

 魔法大会……運動会……記録……

「……っ!」

「うわぁ!」

 何に気付いたのか、イリアはハッと声を上げると勢いよく立ち上がった。それに驚きネルも声を上げる。

「ビ、ビックリした!」

「そう……そうよ! 凄く大事な問題があったわ!」

「問題?」

「えぇ……物凄く大事なことよ! こうしちゃいられないわ! 色々準備しないと!」

 慌ただしく教室を出て行ったイリアに、何の事やらと首を傾げる二人であった。



 廊下を急ぎ駆け抜けようとするイリアは、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。

「クラディウスさん、廊下を走ってはいけませんよ?」

「あ、はい。失礼しましたミルド先生」

 軽く会釈し謝罪を述べる。

「では私は急用がある故に失礼します」

 そう言ってイリアは競歩並の速度で去って行った。

 そんなイリアと入れ替わる様に、アンジェとネルはこちらへとやってきた。


「ミルド先生こんにちは」

「はい、こんにちは」

 二人が声を掛けるとミルド先生も返答する。

「どうかしたんですか?」

 ふと気になったネルはそう質問してみた。

「えぇ、今クラディウスさんが慌てて駆けて行ったので」

「イリアもう行っちゃったのか」

 ミルド先生はイリアが去って行った方角を見ていたようなので、同じように二人もそちらを見ていた。

「また、何か思いついたのでしょう」

「えっ? わかるんですか?」

「それはもう、クラディウスさんはよく実験室を借りに来てますからね」

「あぁ、そう言えばミルド先生は魔動学の担当でしたね」

 ミルド教員は魔動学の担任教師である。イリアが魔動学を用いた物作りをする際は、実験室を借りに足を運んでいるらしく、顔馴染みにになっているのだとか。


「クラディウスさんは頑張り屋さんですね」

「そうですね」

 二人が思い浮かべるイリア像は、よくとぼけたりする事もあるが、大半はアルバイトに勉学に特訓などと忙しなくしている印象が強い。

「ですが、先生は少し心配です」

「えっ?」

 ミルド先生の意見が気になりネルは聞き直してみた。

「何事にも一生懸命なのは良い事ですが、もう少し――」

「ミルド先生」

 そう言葉を紡ごうとしたミルド先生に、後ろから声が掛かってきた。


 振り返ると、そこには一人の好々爺が立っていた。

「学園長先生」

「学園長こんにちは」

「はい、こんにちは」

 二人は学園長に挨拶をすると同じように返して来た。

「ミルド先生」

 学園長は目を閉じ軽く首を振った。

「……そうですね」

それが何かを理解したのか、ミルド先生は軽く頷く。

「どうかしましたか?」

 そのやり取りが気になりアンジェは尋ねてみた。

「いえ、本人のいないところでこういった話をするのは不謹慎でしたね」

「あ……そうですね」

 悪い事ではないとはいえ、好き勝手に言うのはどうなのか。その意見に納得した二人は、この話を打ち切った。


「そう言えば、近日の魔法大会はお二人も日頃の成果を頑張って発揮してくださいね」

 ふと思い出したようにミルド先生は話題を変えてきた。

「はい!」

 そんな元気よく返答する二人を学園長はにこやかに微笑んでみていた。

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