第27話 蠢く計画

 その日、一人部屋で椅子に背を預け、計画を練っていました。

 必要な部品は工業区で用意するとして、先ずレンズは削らないとダメね。次にストロボ部分だが、この世界にはエネルギー転換した部品が存在する為に、それを応用して組み込めばなんとかなるかな? 確か使っている所が伝手にあったし頼んでみるかな?

 後は要所合わせつつ加工場借りて作りましょうか。こういう時こそ、日頃のコネクションを駆使していかなきゃ損よね。

 ……えっ? コネクションの無駄遣い? 気にしたら負けよ。


 もうお分かりだろうが、彼女の作ろうとしているのはカメラである。カメラと同様の物は存在するのだが、何分魔力を必要とするので彼女には使用できない代物であった。なので、基本部分はそのままにしつつ、魔力を必要とする部分だけを応用して自作しようと目論んでいた。


 何はともあれ、先立つものが無いこの現実をどうにかしないといけない。大会前日までには完成させたいから、手っ取り早くギルドの依頼を熟すかな?

 早速色々と手筈を整える為に綿密な計画を練りに入った。

こうして、イリアの計画が密かに遂行されようとしていた。



「それじゃ、行ってくるわね」

 今日も朝から忙しく仕事に出て行くイリアとそれを見送る二人。

「最近イリア忙しそうだね」

「元気になったみたいで良かったわ」

「まぁ、そうなんだけど……」

 ネルはあからさまに怪しんでいた。

 最近のイリアを見ていると、いつもの忙しくしている姿とは雰囲気が違っているようにネルは感じていた。

「絶対何か企んでるよ……アレ」

「まぁまぁ、悪い事じゃないとは思うけど……」

「悪い事じゃなくても、邪な事だとは思う」

「そこは、まぁ……ね」

 ネルの言い分に否定しきれないアンジェであった。



 最近はギルドで仕事をシルキーさんに斡旋してもらっています。簡潔に言えば併用出来る仕事をまとめて熟しています。依頼先の途中で採取依頼が出来るのであれば並行して行い、出来るだけ稼げる方法を取っています。一つの大きな仕事を熟せば報酬的には良いと思いますが、一人で熟すとなると話は別ですからね。

「ただいま戻りました」

 ギルドの扉を開け、元気良く声を掛ける。すると、モーさんヒーさんカーンさんはいつものセリフを掛けてきたので、軽く手を振りシルキーさんの元へ向かいました。


「シルキーさん、運搬依頼と薬品の材料採取依頼の報告に来ました」

「はい、お疲れ様でした」

 運搬完了の印が押された書類と薬品の材料が入った袋をシルキーさんに受け渡す。それらを受け取ると、手際良く書類に目を通し薬品の材料を数えた。

「ひいふうみい……はい、確かに依頼の書類と材料を規定数確認しました。こちらが報酬になります」

「どもです」

 シルキーさんから報酬金の入った袋を受け取る。

「最近依頼を同時進行でやっていますが、目標には届きそうですか?」

「えぇ、おかげさまで後少しで目標達成しそうです」

「それは良かったです」

 シルキーさんには要件を説明しており、協力してもらっています。


「……あっ! そうでした!」

 不意にシルキーさんは声を上げた。

「イリアさん、最近王都で怪しい物音などお聞きになられませんでしたか?」

「えっ? 物音……ですか?」

「はい、何でもどこからか物音が聞こえてきたけど探してもどこからも物音の発生源は無かったという報告がちらほら入って来てまして」

「ふむ……」

 怪奇音の類は、温度差や振動の伝動などの場合が多く、割と原因は些細なものが殆どである。

「また、夜暗がりに人影を見た等の報告もありまして」

「見間違いなどの線は?」

「それが、気になったので後を追ったのですが、行き止まりまで来ても誰もいなかったとの事です」

「光に照らされて出来た影が、その光源の移動で動いたように見えた線とかは無いんですか?」

 例えるなら、車のライトなど動く物体で照らされた影などが良くそう見えたりする事がある。

「それが、ハッキリと人影を見た人もいるそうで……」

「そうですか……」

 ハッキリみたと言う証言があるなら、その線は無いか。

「兎に角、イリアさんも何か不可解な事がありましたらご報告下さい」

「はい、わかりました」

 この話は一旦胸に留め、その日は宿舎へと帰る事にしました。


 ギルドを出ると、外はすっかり暗くなり夜になっていました。

「おっと、早く帰らなきゃ。今日はアンジェたんの手作り晩御飯だい! ひゃっほぅ!」

 浮かれながら宿舎への帰路に就きました。



 暗がりの道を鼻歌交じりに歩いていると、ふと私の耳は何かを聞き取り歩む足を止めた。何かが聞こえた方向を向くと、そこは建物の間にある細い路地で、丁度他の場所からの死角になっている所でした。

 先程のシルキーさんから聞いた話を思い出した私は、嫌な予感を覚えつつもそちらへと足を傾けていました。

 

 暗がりの路地を進むと、その何かは次第に声へと変わっていき、路地の角に差し掛かる頃には大体の言葉が聞き取れるくらいにはなっていました。

 建物の陰から耳を澄ませて声を聞き取る。

「……取り……用意……」

「……準備……大会……」

「……当日……開始……」

「……問題無い……」

 小声なので部分的にしか聞き取れなかったが、誰かと話している時点で複数いるのは判る。また、話の内容からすると魔法大会の当日に何かをするつもりらしい。

 しかし、あの声どこかで聞いた事がある気が――

 そう思考に入る私だったが、その時、近くでゴトッと物音が立つ。



「誰だ!」

 その物音に気付いたようで声の主達は物音のした場所へと駆けつけてきた。建物の角から顔を出すと、そこには――

「……猫?」

「にゃーん」

 声の主達は木箱の上に座った黒猫を見つけたようで声に出す。

「使い魔か何かか?」

「……いや、どうやら普通のネコのようだ」

「にゃー?」

 木箱の上の黒猫は、何の事かと首を傾げて鳴いていた。

 その言葉からして、追っ手か使い魔かの線を睨んだようだが、普通の猫である事を確認すると、緊張が解けたようであった。

「兎に角、決行は手筈通りで行くぞ」

「わかった」

 そう言い終ると、声の主達の気配は遠ざかり完全に消えた。その姿を見送った黒猫は一鳴き入れていた。



「にゃーん」

 その場には木箱の上に座る黒猫が一匹。

「……」

 暫くするとコンコンと木箱の内側から音が鳴り、それに気付いた黒猫はぴょこんと軽快に木箱から飛び降りる。

「……行ったようね」

 木箱の上蓋を少しだけ開けて周りを確認し、安全だと確信した上で開ききり木箱の中から出る。

「詰めが甘いというか、猫の習性を知らないというか……」


 人間社会に溶け込んでいる猫が「にゃー」と鳴くのは、子猫の時に親を呼ぶ時か、時にしか鳴かないのである。よって、離れた上で鳴くようであれば、警戒すべき事なのだが、どうやらその辺りの知識は無かったようであった。


「全く……驚かせちゃダメよ、ミシェル」

「にゃーん」

 顎の下をさすりながら注意をする。

 この黒猫、ミシェルは工業区の鍛冶屋のおやっさんが飼っている猫であり、大層可愛がっている愛猫だ。よく夜中も出歩く癖のある困ったちゃんでもある。私もバイトで面識があり、面倒も見ていたので懐かれていました。

 因みに先程の物音は、ミシェルがどこからか木箱に飛び降りた時に鳴った音でした。


「しかし、参ったわね……」

 頬をポリポリと掻きながら思う。

 変な場面に出くわしただけでなく、犯行予告の様な言葉を聞いてしまった手前、無視する訳にもいかなかくなった。学園に何かするつもりなら放っておけない。

 懸命に努力している者達を蔑ろにする行為は、私の矜持が許さなかった。ましてやあの子に危害を加えるつもりなら猶更だ。

「……仕方ない、久しぶりだけど本気出しますか?」

 誰に言う訳でもなく一人呟く。

「にゃーん」

 そんな私を見てミシェルは一鳴き入れる。

それは「程々に」と窘めているのか? はたまた「やってしまえ!」と、鼓舞しているのか? それは誰にもわからなかった。


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