第28話 王子帰還、ついでにおっさんも

 魔法大会の開催も明日控えるこの日の午後、とある一つの軍団が王都の門を潜り帰還した。その軍団とはセレンディア王国の王国軍で、長らく大陸北西部の遠征に出ており、半年ぶりの帰還という事になる。

 街の人々からは歓声があがり、その帰還を祝されながら粛々と精錬された兵が列を乱さず街中を進む。一種のパレード状態とでも思える光景であった。

 そんな中、兵たちの中には馬に跨りその道を進む者が幾人か見えた。中でも赤紫色の髪の見た目が不良の様な若い男と、高身長に大きな体、厳つい顔をした中年の男が良く目立つ。

 街を進む最中、中年の男は若い男に話し掛けてきた。


「久方ぶりの王都は如何ですかな?」

「相変わらず活気が良くて何よりだ」

「国政が上手くいってる証拠ですな」

「そこは、兄貴や親父が上手くやってるんだろう。俺には関係ねぇよ」

「いやいや、殿下の活躍もあってだと思いますがね」

 中年の男は軽く笑い、若い男はやめてくれと肩を竦めていた。


 若い男の名は、シグルド・ユナイセル・セレンディア。名前の通り、セレンディア王国の王族である。第二王位継承権のある第二王子であった。とは言え、本人に次期国王の座を継ぐつもりはなく、先程の話でもあった通りそこは兄に任せるつもりであった。

 三人兄妹で、下の妹がアンジェリーヌにあたる。


 中年の男の名は、ガルニア・アルスレイ。セレンディア王国軍団長の座にいる人物である。その見た目と強靭な肉体で戦場を駆け抜ける姿から、戦鬼と称えられていた。とは言え、厳しくはあるものの、冗談の一つも嗜んでおり、茶目っ気がある気の良い人物であった。

 妻は早くに亡くしており、娘のネルセルスを男手一つで育てている。だが最近は、もう少し女性としての作法も教えておくべきだったか? と気にしているようであった。



 城門を潜り王城へと帰還を果たした一団は、団長のガルニアからの言葉を聞き終えるとそれぞれ解散していった。皆長い遠征からの帰還という事で、安堵の顔を浮かべながら別れていた。

 それらを始終離れた所で見守っていたシグルドは、ガルニアに近づき声を掛ける。

「んじゃ、おやっさん行こうぜ」

 シグルドは親指を奥の方に向けて指すと、ガルニアは静かに頷いた。



 謁見の間に着くと、玉座には貫禄ある厳かな雰囲気を醸し出した人物が座っていた。セレンディア王国現国王である。二人は国王に遠征の報告をする。

「長い遠征誠にご苦労であった」

「そのお言葉痛み入ります」

 報告を受けた国王は二人に労いの言葉を掛け、ガルニアは一礼をした。

「まぁ、後の事は現地の者だけで十分だと思うし、一先ず問題は解決したとみていいだろうな」

「うむ、あいわかった」

 遠征の件も事が済むと、国王は先程の厳かな雰囲気とは一変して、柔らかな口調で話を変えてきた。


「ところで、明日は魔法学園の魔法大会であるが……」

「あっ! もうそんな時期か!」

「すっかり忘れていましたな」

 長らく離れていたせいか、時間の感覚がなくなっていた二人は「そう言えばそうだった!」と言わんばかりの表情を浮かべていた。

「長らく会ってなかろう。明日は久しぶりに顔くらい出してやったらどうだ?」

「そうですな……」

「まっ、それもそうだな」

 国王の気遣いもあり、明日の魔法大会は顔をだそうと思う二人であった。



 その夜、二人は街の飲み屋に顔を出していた。

「んじゃ、遠征の無事終わりを祝して――」

「乾杯!」

 互いのグラスのぶつかる音を鳴らし、一気に中身を飲み干した。

「かぁー! ここの酒も久しぶりだぜ!」

「うむ、やはりこの店の酒が一番合いますな」

 二人はこの店の常連であった。ガルニアはシグルドの飲みに付き合っているうちに顔馴染みになってしまっていたようだ。


「お二人とも遠征ご苦労様でした!」

 恰幅の良いおばちゃんが声を掛けてきた。

「こいつはうちからのサービスさ!」

 そう言うと、大きな肉が盛られた皿をドンッとテーブルに置く。

「おっ? いいのか?」

「なぁに、いいってことよ! あたしらが安心して暮らせるのは殿下達のおかげさね」

「では、お言葉に甘えるとしようか」

 粋な計らいのおばちゃんに感謝しつつ皿を受け取る。


「……あー、そうそう! 殿下達がいない間なんだけどね」

 すると、おばちゃんは思い出したかのように話掛けてきた。

「最近王都で不審な物音が聞こえたり、人物がいたなんて話があるんだよ」

「なんだそりゃ?」

「まぁまだ噂レベルなんでね、見間違いって事もあるんだろうけどさ、明日は魔法大会があるじゃない? だから、もし何かあったら拙いんじゃないかって話でもちきりさね」

 真意は兎も角、おばちゃんのいう懸念は確かにあるだろうと二人は顔をしかめていた。

「一応殿下と団長さんにも話を入れておいた方がいいと思ってね」

「おぅ! おばちゃんありがとよ」

 言う事を言い終ったおばちゃんは仕事の戻って行った。


「やれやれ、折角仕事も一段落ついたと思ったら、変な話が出たもんだな」

「明日の警備も念の為に強めた方が良さそうですな」

「だな。後明日はギルドの方にも朝一に話を聞きに行ってみる事にするか。何か情報が入ってるかもしれないしな」

「それがよさそうですな」

「おやっさんは学園の方に顔出しといてくれないか? 何かあった時にそっちの方を任せておきたいしな」

「畏まりました」

 自分が成すべき事、どう動くのかをさらりと決める。まさに阿吽の呼吸と言えるものだろう。



 翌朝、シグルドは少人数の部下を連れてギルドを訪れた。

「ちょいと、邪魔するぜ」

 王子の突然の来訪にギルド内は騒然とするが、本人はさして気にもせず受付へと向かった。すると、シグルドとは入れ違いにフードを被った人物が扉へと向かってきていた。

「……?」

 すれ違い様に、フードの人物は軽く会釈をすると、そのまま扉を開けて出て行ってしまった。少し気になったシグルドではあったが、先に要件を済まそうとそのまま受付まで歩んで行った。

「よう、シルキーさん」

「おや? 殿下じゃないですか。遠征ご苦労様でした」

 気軽に話しかけるシグルドに対してシルキーは特に気にせずいつも通りの口調で返す。

「それで、今日はどのようなご用件で?」

「ちと飲み屋で聞いた話なんだがな――」

 今王都で起こっている件についてシグルドは簡潔に話した。

「あぁ、その件ですか……」

 話を聞いたシルキーは、頭を抱えてつつ言葉を紡ぐ。

「残念ですが、どうやらその噂は本当の様で、犯行予告のような話を直にきいた方がいらっしゃいました」

「マジかよ……」

 怪異の類ではなく人為的な犯行予告だと聞かされシグルドもげんなりしていた。


「一応こちら側も緊急性のある件として、冒険者を募っています」

「悪い、そうしてくれると助かる。情報が少なすぎてこっちだけじゃ対処しきれんだろうからな」

「何か情報が入り次第お伝えしますね」

「ありがとよ」

 シグルドはシルキーに礼を述べると、それぞれの部下に指示を出す。

「まずお前は、何かあった時に対処しきれるように、学園にいるおやっさんと親父にこの件の事を伝えてきてくれ」

「はっ!」

「そしてお前は、まだ手が空いてる奴が居たら、警邏に出るように伝えてくれ。街で不審な人物がいないか徹底的に調べ上げろ」

「はっ!」

「後の者は俺と一緒に街に出て、潜伏先を突き止めるぞ!」

「はっ!」

 こうしてそれぞれは自分の成すべき事を成しに向かった。



 外に出ると、道には露店や多くの人が行き交い、街中は賑わっていた。魔法大会は民衆にとってはお祭りみたいなものであり、学園の関係者も外来するので、商人も一儲けしようと多く集まる。なので、この中から怪しい人物を……と言われても、正直判断が難しい。

「さて、どうすっかな?」

 頭を掻きながら、路頭に迷っていた。だが、このままぼさっとしているわけにも行かず、一先ずは足で探す事にし、街中を警戒しながら歩き回りはじめた。

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