第4話 ブルータスお前もか!

 ――私は、意識を取り戻すと、見慣れぬ部屋にいた。


 周りを見渡すと木材で出来た壁や天井が見える。背中が何かに触れている感じがする。恐らくベッドか何かに寝ているのだろう。それも仰向けに。

 なんか前にもあったような、それもごく最近。


 体を動かしてみると、すんなりと起き上がれた。右腕や足も動くようだ……しかし、左腕だけは激痛に襲われ上手く動かせなかった。見ると、手当されているようで、添え木がされ、包帯がしっかりと巻かれていた。

 それ以外はちゃんと動かせたので、腕を庇いつつベッドから降りてみる事にする。


「うん、ちゃんと歩ける」

 少し部屋を歩いてみたが問題ないようだ。しかし、また違和感が湧く。やっぱり周りのものが気がする。ベッドから降りるのもを感じたし、いくらなんでもこれはおかしい。

 何かないかと部屋を見渡すと、クローゼットの横に姿見があった。

 そう言えば、まだ自分の状態を確認出来ていなかったので、覗いてみる事にした。


 鏡に映った光景には、これまた随分と可愛らしい女の子が映っていた。人形でも置いてあったっけ? と後ろを振り向いてみるものの、そこには

 次第に血の気が引き、顔色が青ざめる。

 ……あれ? これってもしかして、前に向き直したらイケナイやつなのでは? ケタケタと笑う女の子が近づいてくる類のアレなのでは?

 とはいえ、確認しない訳にもいかず、言い知れぬ悪寒を感じつつも、意を決して向き直してみた!


「……んん?」

 ところが、向き直しても唯、女の子がそこに居るだけで、特にホラー要素は無かった。

 どういう事だ? と、考え込む。すると鏡の女の子も考え込んだ。

「……右手上げて」

 サッと右手を上げてと鏡の子も上げた。

「左手……は、上がらないから右手下げて」

 サッと右手を下げると、鏡の子も下げた。


「……マジすか」

 これはもう間違いようがない。鏡に映った女の子は私だ。

 プラチナブロンドの髪の毛は腰まであろう長さで、目の虹彩は左が淡い水色、右が灰色のオッドアイ、若干吊り目であった。

 なるほど、女神の時の名残とはこういう事か。髪の色と眼つき、そして灰色の目は私の女神の時のままであった。


「しかし、どう見ても子供よね」

 見た目からして、年齢は五歳か六歳ってところでかしら?

 そこで、漸く違和感の謎が解けた。


 ……あぁ、だからか! やけに周りのものが見えたり、を感じたり、飛び蹴りの威力がしたのは!

 頭は回るが、体がそれについていけてない。

 これじゃもう、体は子供、頭脳は女神って感じね。


 ……そう言えば、設定の時に十歳差し引きするように言ったっけ? それで子供って訳ね。

 うんうんと一人頷く。

 すると、部屋のドアからノック音が聞こえ、外から若い女性の声がした。

 どうやら、話があるそうだ。



 ――それから、色々話をしました。

 魔獣に襲われていた若い男女は、あの現場近くの村に住むクラディウス夫婦で、夫がカシア、妻がメネアという。小さな商会を運営しており、仕入れ先から帰る途中に襲われたとの事。その後は、怪我した私を治療しに家まで連れて帰り、五日程経過したようだ。


 そして、私が行く当ても無い事を説明すると、保護者として身元を引き受けさせてもらえないかと言われました。勿論、こちらの事情は伏せてますが。

 それと言うのも、この夫妻は二人とも孤児院育ちだそうで、子供の頃からの苦労はわかるとの事。

 また、メネアさんは子供を身籠っていたようで、身を挺して果敢に立ち向かった、私のおかげで、子供の命も助けてもらったと感謝しており、是非ともと、逆にお願いされてしまいました。


 正直どうするか困っていたところなので、本当にありがたい話である。神あれば、神ありってね。心から感謝を。

 また、この村は変わり者が多く、やんごとなき事情を持った人が多く住んでいるとかで、一人二人増えても問題ないらしい。



 ――それから更に、数日が経過。

 体の調子は良く、日常生活を行う程度には問題なく出来るようになったが、左腕だけはまだ治る気配はなかった。

 そんなある日、私は検査の為に、近くの街までカシアさんに連れて行ってもらいました。


 この世界のものは、石ころ一つにしても、全てに魔力があるらしく、その魔力の質や量などで才能等の適正を図るというものらしい。

 例えば、火の魔法に適性が合ったり回復魔法に適性が合ったりと、そんな感じである。

 まだ検査してもらった事が無い事を告げると、一度見てもらう為に、街にある教会へと向かう事になりました。



 教会へと漸く辿り着き、カシアさんは神父に事情を説明した。四十代くらいのメガネを掛けた真面目そうな人だ。

 事情を理解した神父は、引き出しからスクロールを取り出し、私の前へ持ってくると、スクロールの紐を解き広げて見せた。中には魔法陣の模様が描かれている。


「この魔法陣に手をかざしてみなさい、貴女の才能を指し示すでしょう」

 神父から指示があったので、言われた通りにかざしてみる。すると、魔法陣が眩く光り出し、スクロール上に文字が浮かび上がった。

 神父はその文字を読み上げる。書いてある文字を読もうにも、まだ私は、この世界の文字は読めなかったので、内心助かったと思っていた。



「えー、ではー、今からー、スクロールを読み上げます」

 神父は校長先生のような、間延びした言い方をする。


 何やら緊張して参りました。例えるなら、スカイダイビングでパラシュートを付け忘れて飛び降りた感覚によく似ている。

 さて、念願の魔法は何に適性があるのやら。ワクワクすっぞ!


「貴女の魔法の適正は……」

 適性は?

「適正は……おや?」

 すると、神父は言葉に詰まり、目を細めたり、擦ったりと、何度もスクロールを見直す。そして、漸く開いた口から、紡がれた言葉は予想外な事でした。



「――ありません」



「……はい?」

 私は首を傾げる。

「と、言いますか、魔力そのものがありません! 全くありません! 『無』です!」

 そんな馬鹿な! と、カシアも見てみると、そこにはこう書かれていた。



 潜在魔力  ―

 魔法適正値 ―

 適合魔法  ―



 ……そう、表記すらされていなかったのだ。ゼロですらなく『無』であった。

 何度もやり直してみるものの、結果は変わらず全て『無』である。

 「一体何が起こったのか?」とか「こんな事はあり得ない!」とか、教会内は大騒ぎ。

 私は、ガクリと床に膝を付き、項垂れるように床に頭を垂れ、呆然とする。

 『無』とは一体……うごごごごご。

「そう言えば、あの時確か……」

 項垂れる私は、一つ心当たりがある事に気付き、思い返してみる。



 私はあの時、魔法を使えるようにと言ったし、最低値でも構わないとも言った。それをクルルちゃんが設定していた筈だ。



「――そう、確かそんな感じだ」

 私は、ある事実に気付く。

「……まさか!」


 そう、そのまさかである。

 最低値は最低値でも、魔法が使える最低値ではなく、最低値で設定したのではなかろうか?

 なんてこった! これじゃ、今までと何も変わらないじゃないの! と、いうか、寧ろ弱体化してるじゃん!

 まさか、ランダム要素だけでなく、人災ならぬ神災まであるとは。

 私は、頭を抱えこんだ。

 気付きたくもない真実を突き付けられ、かなり挫けそうではある。しかし、無いものはもう、どうしようもない。


 ふぅっと一呼吸いれ、前を向き、気合いを入れ直す。

 しかし、これはこれで、何かできる事もあるだろうし、自分に出来る事をしよう。

 前向きに考え方を変えてみる事にした。


 一先ず、この世界の事を覚えよう。この体じゃ何かと不便だし、体力も付けよう。そして、生活する為に仕事もしよう。その為には、自ずと人との繋がりが必要になるだろうから、コネクションを作ろう。この世で一番役立たずの私には、きっと役に立つと思うから。



――王国歴3450年

 この世界に、最低値の人間が誕生した瞬間であり、私の異世界生活の始まりであった。




 ……それはそうと、クルルちゃんお仕置き決定ね!




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