第31話 脅迫

「お前一人だけだが、どうする?」

 シグルドが声を掛けるとローブの者は不適な笑みを浮かべた。

「ふふふ……だからどうした? 雑兵如きが敗して、慌てふためくとでも思ったか?」

  残る一人は、他の四人が倒される事をさも予想していたと言わんばかりに、動じる事も無く対峙していた。恐らくリーダー格の者なのだろう。

「貴様らもいつまで寝ているつもりだ? 今こそ執念を見せる時だろう?」

 地に伏せる四人に向かって言葉を投げかける。すると、四人はその声に反応するかのように、重い体を起こし上げた。

「何! 起き上がるのか! 骨の一本や二本折るつもりでやったんだが……」

 逃走させない為にそうしたのだろうが、その予想を覆す行動にシグルドは驚く。

「こいつらには死を賭してでも、成さねばならぬ事があるのだよ」

 吐血しながらも起き上がった四人は魔法を唱え始めた。


「させるか!」

 シグルドは魔法を唱え始めた四人を止めに向かうが、今度はリーダー格の者が素早く魔法を唱え、四人の前に防壁を張り巡らせた。

「ちっ! 高速詠唱持ちか!」

「折角のもてなしに水を差す真似はやめたまえ」

 リーダー格の者に行く手を阻まれ、悔し気に舌打ちをする。

 高速詠唱と簡単には言うが、その部類は幾つかに別れる。詠唱そのものを高速で行うものや、詠唱の一部を端折って行うもの、更には一節のみを唱えるだけで発動させる事が出来るものなど多種多様である。今回の場合は詠唱そのものを高速で行ったものであった。


 四人が行う魔法の詠唱を黙って見ているしかないシグルド。だが、こちらはこちらでやるべき事を行っており、相手に悟られない様に前を向いたまま小声で話しかけてきた。

の準備はどうだ?」

「滞りなく終わったわ」

「よし」

 その確認を取ったその時、四人の魔法の詠唱が終わりを迎えようとしていた。



 詠唱を終えると四人はガクリと態勢を崩し地に伏す。

「あれはまさか……召喚魔法! あいつら命を代償にしやがったのか!」

「ははははは、今更気づいても遅いわ!」

 地に伏した四人は最後に吐血をすると、物言わぬ躯と成り果てた。そして、それを確認したかのように、同時に地面に巨大な紋様が浮かび出す。紋様からは、まるで穴から抜け出てくるかのように、巨大な生物が姿を現した。

「これは……ヒュドラか!」

 その姿は七つ首の蛇で、その大きさは人間などひと飲みに出来るであろうものであった。

「こんなところで、そんなもの喚ぶなよ」


 ヒュドラ。魔物の一種で巨大生物に属するもので、胴体は一つだが頭部は七つあり、その毒牙に掛かれば、体の大きな動物でさえも一溜りもないだろう。

 因みにこれは余談だが、ヒュドラの頭部の数についてだが、これに一貫性は無く、五つのものもいれば、八つのものもいる。言い伝えで数がまちまちなのはそのせいである。


 広いと思った水路だが、ヒュドラの登場で何だか狭いと錯覚してしまいそうになる。

 召喚されたヒュドラは私達を見据えるよりも先に目下に転がっていた四つの躯に目をやった。すると、次の瞬間それぞれ四つの頭部はその躯に喰らい付き、首をあげるとそのまま丸飲みにしていく。

「……ちっ! 悪食が!」

 その始終を見ていたシグルドは胸糞悪いと顔をひそめていた。

「さぁ! ヒュドラよ! 一思いに喰らい尽すがいい!」

 ローブの者はヒュドラの後ろで一人高らかに笑う。

 ヒュドラも食い足りないとばかりに、今度はこちらをじっと見据え、生きた獲物と認識したのか、少しずつこちらへと這寄ってくる。

「今度は俺らを食おうってか? 上等だ」

 シグルドは剣の腹をなぞるように手を動かしながら詠唱をした。

「炎よ 我が剣に宿りて 敵を焼き払え! フレイムソード!」


 フレイムソード。炎を剣に宿らせ触れた物を焼き尽くす魔法剣。また、扱い方によっては炎を飛ばしたり、爆発させたりと色々応用出来る。


 シグルドの剣は炎を纏い、薄暗い地下を赤く染め上げる。

「そんなに喰らいたけりゃ、この炎でも喰らっておきな!」

 剣を一振りすると、炎は剣から飛び出しヒュドラへと直撃した。だが、ヒュドラには大したダメージを与える事は出来ていなかった。

「やっぱダメか。外皮は丈夫だからなぁ……っと!」

 そんなシグルドにヒュドラは口から毒液を勢いよく吐き出し、それをバックステップで躱し、こちらへと下がって来た。



 そんなシグルドにそっと声を掛ける。

「ヒュドラの毒が可燃性なのは知ってる?」

「あぁ、知ってるぜ。毒の処理は焼却処分してるからな」

 ヒュドラの毒について。体内で生成した毒は液体として吐き出されるのだが、それが気化した毒ガスを吐く事もあり辺りにガスを充満させることにより、相手の動きを封じる厄介なものがある。だが、どれも燃やす事で毒を処理する事が可能となる。

「口の中にでも炎をぶつけてやりゃ誘爆出来るんだが、奴は知ってか知らないでか、そういう時に限って毒を吐き出さないんだよな」

「本能的に避けているのでしょうね」

「だろうな」

 一種の危機管理が働いているのだろう。本能的に火を避ける習性があるので、そういった狙いは簡単にはさせてもらえないのだ。

「それじゃ、どの頭部でもいいから一瞬口を開けさせてもらえないかしら?」

「ん? 何かあんのか?」

「ムカついたから容赦なくぶっ殺すわ」

 振り向いて見るも顔には出していないが、先程の死者を辱める行為に怒っていたのだろうと、その声を聞いてシグルドは思った。

「上等だ、口開けさせりゃいいんだな?」

「えぇ」

 その返事を聞くとシグルドはヒュドラに向かって突撃して行った。



「オラァ! クソヘビが! さっさと来やがれ!」

 シグルドはヒュドラを挑発するかのように大声を上げた。

「なんだぁ? ヒュドラ相手に気でも狂ったか?」

 そんな様子を見てローブの者は嘲るように言い放つ。

 勿論ヒュドラに言葉が通じている訳はない。だが、本能的に馬鹿にされているのだろうと悟ったのか、七つの口がシグルドに向かって襲い掛かって来た。

「……ん?」

 ヒュドラを集中して見ていた視界の端に何かが見えた。剣の炎に照らされて、それは一瞬キラリと光を反射する。それはそのままヒュドラの口の中へと入っていくのをシグルドは確かに見た。

 多分それが何かを仕掛けたのだろうと瞬時に悟り、もうまともに相手をしてやる必要はないと襲い来る首から軽快なステップで躱しつつ距離を取る。


「もういいのか?」

「えぇ、十分よ」

 シグルドはこちらへ声を投げかけ、それに応答する。

「間もなくソレヒュドラは木っ端微塵に吹き飛ぶから、飛び散る残骸を消し飛ばして頂戴」

「……まさか、がくんのか?」

「そのまさかよ」

 私の言葉に全てを悟ったシグルドは剣を構え、力を蓄え始めた。

 そんな私達の様子を見ていたローブの者は不思議そうに眉をひそめる。

「何をするつもりか知らないが、ヒュドラ相手に小細工など通用するものか!」

 勝ち誇った声を上げるが、その言葉に対して反論して見せた。



「ところが、そんな小細工で倒せるのよ、ヒュドラは」

「何?」

「ヒュドラは火を避ける習性があるけど、それ以外にはとんと無頓着なのよ」

「それがどうした? 大した問題ではなかろう」

「それが大問題だから言ってるのよ阿呆が!」

「なっ!」

 その一言に随分と傷ついたような声を上げた。多分、今まで阿呆呼ばわりされた事が無かったのだろう。

「今喰らわせてやったのが何か解る?」

 白い銃を片手に、見せびらかすように銃で肩を叩く。

「銃弾って思ってるでしょ? でも銃弾ではなくアンプルを一発喰らわせてやったのよ」

「……それが何だと言うのだ?」

「そのアンプルの中身が何か解る? 七酸化二マンガンを融かしたものよ」

 それが何か分かっていないようなのか、声を発する事は無かった。

「解らないみたいだから特別に説明してあげるわ」

「すまん、俺も解らん。説明してくれ」

 シグルドも剣を構えつつこちらの話を聞いていたようで、声を掛けてきた。その反応に何か気が抜け、話の腰を折られた気分だった。


「端的に言えば七酸化二マンガンは異物に触れると急激な発熱から発火するの。更に五十五度以上の物に触れた瞬間爆発する特性を持つのよ」

「なんだ? その危険物は」

「ヒュドラの毒は熱を持っている事は知っているかしら? 体内で生成された毒液は高温であるのよ、それが何を意味するか解る?」

「……! まさか!」

 漸く意味を理解したローブの者は焦りの声を滲ませヒュドラの方に向き直した。

「そろそろアンプルの外殻が毒液で溶かされて中身が漏れ出る頃合いね」



 全員がヒュドラの方へと視線を向けたその時、ヒュドラの胴体が一瞬で膨れ上がり、目を大きく見開き七つの口から炎を噴き上げた。

「っしゃあ! いつでもいけるぜ!」

 準備が整ったシグルドはいつでも攻撃を放てる態勢を取った。

 ますます膨れ上がる胴体に伸縮性の無い硬い外皮に亀裂が奔る。そして、限界を超えた胴体は次の瞬間木っ端微塵と吹き飛んだ。

「行くぜ! 業炎斬ゲヘナ・ブレイド!」

 大きく振りかぶった剣を地面へと叩きつけた。その際溜めに溜めた魔力を一気に放出し迸る炎は柱となってヒュドラへと向かって行った。宛ら魔界の業火と言えるものだろう。

 木っ端微塵に吹き飛ぶヒュドラの肉片は、シグルドの放った炎に飲まれて灰燼と化す。激しい爆発の余波が暫く鳴り響き、漸く落ち着いた頃にはヒュドラらしきものの面影は何処にも存在していなかった。



「ばかな……」

「さて、切り札を使い切ったみたいだがどうするつもりだ?」

 そんな中、呆気に取られていたローブの者にシグルドは声を掛ける。

「ふ……ふふふ……」

「何がおかしい?」

 突然笑い出すローブの者にシグルドは眉をひそめた。

「確かに、切り札は使い切ってしまったよ。ならば奥の手を使えばいいだけの話だ!」

「何?」

「あらゆる状況を想定しているのが、賢こき者と言うものだよ?」

「どういう事だ?」

「何、簡単な話さ。既に時限爆破の魔法陣を仕掛けているのでね、こうしている間にも刻一刻と時間は迫って来ているのだよ?」

「コイツ……」

 とことんムカつく野郎だとばかりにシグルドは眉間に皺を寄せていた。

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