第6話 無能と堅固と静電気

 早朝、私は学園の制服に着替え、宿屋の主人に挨拶を済ますと、バイト先へ向かいました。

 外に出ると、まだ日が昇りきっておらず、空は綺麗なグラデーションをしており、空気も澄んでいた。

「さて、気合い入れて行きますか!」

 グッと背伸びをし、気合いを入れてから仕事場へと向かう。



 朝の仕事も終える頃には、登校時間になっており、そのまま学園へと足を運ぶ。

 学園は、街の北側にある住宅街を越え、その先にあります。その向かう道筋には、制服姿の人々が窺えた。同じく学園へ通う生徒達であろう。


「うーん、これぞ青春ってやつね」

 何だか感傷深いものがある。それこそ、私には話だったわけで。

 のんびり登校したい気持ちもあるが、初日から遅刻は拙いので、足早に学園へ向かった。



 ――学園の入学式は講堂で行われ、学園長の話に校訓など、よくある話で終わった。

 ……と、普通ならこの後、教室移動になるだろうが、そこは魔法学園が故に、現時点での実力テストが行われるのだ。

 その話を失念していた私は、式の途中で聞いた時には、うっかり「やばっ」と口にしてしまった。

 十人ずつ呼ばれていき、その待機中どうしようかと考えていたが、取り留めのないまま順番が回ってきて、訓練場へと向かう事に。



 訓練場は、魔法の練習場所として使われ、様々な練習道具があちこちに見当たります。

 その一角で、実力テストが順に行われており、攻撃呪文や回復呪文など、入学当時で既に使える生徒もいた。中にはお情け程度しか出来ない生徒もいたが、私はそれどころの話ではない。


「次の人」

 教師に呼ばれた生徒は、剣を携えた、赤茶色のショートヘアーのボーイッシュな女の子である。

「魔法適正と現在使用できる魔法は?」

 教師が名簿を見ながら話を進める。

「はい! 魔法適正は守護で、防御魔法使えます!」

 無駄のない、軍隊のようなキビキビとした返事に、何かそういう家系なのかなと思った。

「防御魔法だと、見た目分かりづらいので、試してもいいですが、それは後々見させてもらいますね」

「はい!」

 教師の言葉に元気良く返し、戻っていった。



 そっかぁ、防御魔法もあったよねぇ……って、今って聴こえた様な? 気のせいかしら? 

 と、暢気に構えていたら、次に呼ばれた生徒に、なんだか見覚えが……



「次の人」

 少女は教師に呼ばれ、スッと立ち上がると、前に出る。

「魔法適正と現在使用できる魔法は?」

「はい! 魔法適正は雷で、使用魔法は初級攻撃魔法です、まだ上手く扱えませんが」

「では、一応やって見せて」

 教師の合図で、少女は標的の木偶人形に魔力を集中し始める。


 その少女は、昨日助けた子であり、偶然ってあるものだなぁと思っていると、近くの女生徒から小声が聞こえてきた。

「あの人が噂のお姫様ね」

「魔法が使えないってホントかな?」

 ……魔法が使えない? 私のような事例で無いとは思うが、どういう事だろう? ……ってか姫? 姫って何?


「雷よ、彼の者に落ちよ! サンダーボルト!」

 ……しかし、何も起こらなかった。

 一瞬、手に何かバチッとしたものが見えたのを、私は見逃さなかった。

「す、すみません、上手く出来ませんでした」

 しゅんとヘコむ彼女は、それを学ぶ為に来たのでしょうと教師に励まされ、もといた場所へと戻っていった。

 大丈夫! もっと使えない子がここにいるから! と、心の中でそう応援していた。

 それはそうと、座ろうとした時に、またバチッとしたように見えた。手を慌てて引いてたようだけど、もしかしたら静電気でも起こったのかな?

 そんな事を考えていたら順番が回ってきてしまった。



 私は、の決心をし、前へと出る。

「では、適正魔法と――」

「ありません!」

 喰い気味に返事をする。

 教師はその返事に、戸惑いつつも聞き直した。

「えっと……では、使用出来る魔法は?」

「出来ません!」

 私は、キッパリと言い切った。

 見よ! この揺るがぬ堂々としたカミングアウトを! 恐れるものなど何もない!

 場はシーンと静まり返り、ここにいた者は、きっとこう思っただろう。


 じゃあ、何しに来たんだ? ……と。


 ……うん、ホントそう思うわ。

 追い詰められた私は、最早自棄だった。

 ある種の開き直りであるが、内心終わったとも思っていた。

 あぁ、さようなら、私の穏便な学園生活。ヨロシク、トイレのボッチ弁当。


 ――実力テストが終わり、クラス分けが行われた。

 同じ実力者同士のクラス分けになり、それぞれ所定のクラスへと移動になりました。無論、私は未熟組のクラスです。更に最下層の劣等生ですがなにか?

 言うなれば、魔法学園の劣等生、爆誕! ハハハ……笑えねー。

 ホームルーム中の声も全く耳に入ってこない。

 本日の課程も終わり、みんな各々自由にしている最中、一人教室の机に突っ伏している私がいました。



「……あのぅ?」

 完全に意気消沈し、机に突っ伏していた私に声が掛かり、だらしなく顔を上げる。すると、そんな私とは裏腹に、声の主は明るい表情を見せた。

「あっ、やっぱり。昨日助けて頂いた方ですよね?」

 よく見ると、昨日の少女ではないか。こんな私に声を掛けてくれるとは!

 その時、私に天使が舞い降りた気がした。


「昨日はありがとうございました」

「いえ、昨日も言いましたが、礼には及びませんから」

「私は、アンジェリーヌ・ユナイセル・セレンディアと申します。一年間よろしくお願いします」

 淑やかにお辞儀をする少女に、こちらもつられてお辞儀をする。

 ……ん? セレンディア? 確か、この国もセレンディア? え? いや、マジすか?

「これは姫様、不躾な態度を失礼しました」

 私は、慌てて席を立ち、丁寧に謝罪をした。

「いえ、姫だとか気にせず、普通に接して頂けたら、私も嬉しいです」

「まぁ、そう仰られるのでしたら……」

 なんだか、慣れない感じに、しどろもどろな態度になってしまった。


 そんな私達に、教壇の方から元気よく誰かが近づいて来る。

「おーい! アンジェ帰ろう!」

「あっ、ネル」

 近づいて来たのは、先程のボーイッシュな女の子であった。

「おっ、君は確か、良い啖呵切った人だね!」

 いやまぁ、そうなんだけど、半ば自棄なのでなんとも。

「僕は、ネルセルス・アルスレイ。アンジェの幼馴染で、守護騎士やってるんだ。ネルでいいよ」

「あっ、私の事もアンジェと呼んでくださいね」

 ネルの言葉で思い出したかのように、アンジェは慌てて付け加える。


「……っと、遅くなりましたが」

 こほんと、私は一つ咳払いをする。

「私の名前は、イリア・クラディウスです。よろしく、ネルにアンジェ」

「こちらこそ、よろしくイリア」

 お互いに握手を交わし、そのまま下校する事になった。



 ――学園の校門を出て、住宅街へと足を運ぶ。

「あれ? 二人は王城では?」

 ふと、私は疑問に思った。お城の関係者ならこっちではなく反対方向だろうと。

「あぁ、うん。実は僕達、街の宿舎を借りて住んでるんだ」

 ネルは不思議な返答をする。

「一国の王女が庶民の暮らしを? なんでまた?」

「それはね――」

 アンジェの説明だとこうだ。

 この国の王様、つまり父親は「やりたい事があるなら、自分の責任でやりなさい」との事らしく、個人を尊重する方針なんだとか。随分と厳しくもあり優しくもあるなぁと思う。

 それで、アンジェもやる事があるらしく、街の宿舎に住んでいるとの事。ネルは守護騎士の役目として付き添いでいるとか。とは言え、二人は幼馴染だという事もあり、楽しく過ごしているそうだ。



 そんな話をしていたら、速くも街の中央広場まで来ていた。

「二人の宿舎はどの辺りで?」

「南の住宅街だよ」

 ネルの言う住宅街が、私の思うところ辺りなら、家はご近所さんになるのかな? 

……てか、王族が一般の住宅街にいるっていうのも、凄い話だが。

 そう思いつつ、歩みを進めると、本日から住まう事になる宿舎の前へと到着した。

「それじゃ、私はここで」

 扉の前で挨拶を済まそうとしたところ……


「僕達もここだよ?」

「うん」

 二人の反応を見るに、どうやらそのようだ。

 すると、不意にネルは声を上げる。

「あぁ、そうだ! 数日前に大家さんから住居人が増えるって聞いたんだった!」

「そう言えば、そうだったね」

 どうやら、私の知らぬ所で、そのような話があったらしい。

「そっかぁ、イリアだったのか」

「改めてよろしくね、イリア」

 にこやかな笑顔で手を差し出すアンジェに、こちらこそと握り返す。

「僕も混ぜてよぅ」

 ネルの拗ねた表情に、思わず笑みが零れる。

 そんな和やかなムードのまま扉を通るのだった。


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