断章Ⅰ 昏き堅牢にて
静寂に包まれた薄暗い地の底。まるで奈落にでも落ちたかのような気分になる。
冷たい格子の向こう側から蠢くような“音”が聞こえては潰れていく。正直耳障りだ。ここは敗者の巣窟。敗者は敗者らしく、潔く認めるのが筋ってものだ。
そんな世界に“音”以外の音が鳴り響く。少しずつ近づいて来るのではなく、突然鳴り響いたのだ。そこには一つの影が立ち尽くしていた。そうだな……ここでは仮に“影”とでも呼ぶとしよう。
“影”は溜め息混じりに一呼吸おくと歩み始めた。その足取りに迷いなど無く、進むべき道を既に知っているかのようだ。
カツン……カツン……
音は静寂な地の底にはあまりにも大きく聞こえ、その反響音は、まるでコンサート会場にでもいるのではないかと錯覚してしまいそうにもなる。
途中、所々から“音”が聞こえてきた。それは敗者の呪詛であり、愚者の怨念である。しかし、“影”はそんな“音”には耳も貸さずに歩みを進める。まるで、そんな“音”など存在していないかのように。
暫くすると、不意にその歩みを止めた。そこはある一つの堅牢の前であった。
“影”は格子の中を覗き込む。すると、格子の奥の闇から“音”が聞こえてきた。
「……やっと来たか」
そう“音”が鳴ると、闇から一人の男が姿を現した。
「しくじったみたいだな?」
「少し油断しただけだ」
“影”の言葉に男は舌打ち交じりに言い返す。
「その割には、随分手酷くやられていたみたいだが?」
「それは、あのガキが舐めた真似をしやがったせいで――」
「それで計画がバレたらどうするつもりだったんだ?」
「ぐっ!」
影の指摘に男はぐうの音も出なかった。
「まぁいい……」
“影”はそんな終わった話など、どうでもいいかのように話題を変える。
「それで……首尾はどうだ?」
“影”がそう言葉にすると、男はニヤリと口を歪ませ言葉を紡ぐ。
「問題無い。既にやる分は終えている」
「そうか……」
そう呟くと“影”は懐から二つの物を格子の中へと投げ入れた。
「……なんだこれは?」
男はその物を見て怪訝な表情を見せた。
……いや、厳密にはそのうちの一つにだ。
「見ての通り、自決用のと脱出用のだ」
床に転がる物の一つはナイフくらいの小刀で、隠し持つには丁度良い大きさの物である。もう一つはスクロールであった。
「計画は次の段階へと進む。そんな中でお前の残された選択は二つだ」
右手の人差し指と中指を立てて見せる。
「一つは潔く自決するか、もう一つは生き恥をさらしてまで計画を遂行するかだ」
“影”がそう選択を迫ると、男は静かに二つの物を見つめる。
「俺達はやらねばならん事がある。こんな所でくたばるわけにはいかねぇんだよ!」
男は迷う事無くスクロールを手に取ると呪文を読み上げた。
だが、その時――
「ごふっ――」
その呪文を読み上げた直後に男の体は鋭利な刃物で内側から心臓を貫かれていた。口からも血を噴き男は床へと倒れ込んだ。
「これ……は……どういう……」
平伏す男は睨み付ける様な目で影に尋ねた。
「おぉ、まさか潔く自決に至るとは! 何たる覚悟! 実に素晴らしい!」
“影”は大げさな態度で男を称賛する。
「きさ……ま……騙した……な!」
「騙すだなんてとんでもない、私は自決用と脱出用としか言っていないぞ?」
「端から……その……つもり……だったな!」
「それは言い掛かりにも程があるというものだよ」
「よそ者……の……分際……で」
そう言い残し、男は二度と“音”を鳴らす事はなかった。
心臓を貫いた刃物は初めから無かったかのように消えて無くなり、スクロールは一瞬にして燃え、灰も残らず消え去った。
唯一つ小刀だけを残して。
「では、あの方には名誉ある死を迎えたと告げておきますよ」
そう言い残すと、“影”はまるで飛び立つ時の鳥のように、後には何も濁さず消えて行った。
そもそもだ、初めに言っているだろう。敗者は敗者らしく認めるべきだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます