アーシェとVR⑨(自滅のカウントダウン)

「う……うぅ……ん?」


 悪夢でも魘されていた様な呻き声を上げて目を覚ました。……よく分からないけど、私は気を失っていたらしい。目を開けた先にちょっともやーと霧がかった青空が広がっていた。


(あれ……私、何やっていたんだっけ?)


 気を失っていたせいなのか……気を失う前の出来事の記憶がテレビのスノーノイズみたいに混濁して思い出せない……。一体何が起こったんだっけ……?


「いたた……何だろう、焦げ臭い……」


 むくりと体を起こして周りを見た瞬間、私は絶句した。


「――――――ッ」


 ――自然豊かに広がった森は、酷い場所に変貌していた。

 アスタリア王国で起こっている邪竜封印の戦争のような血生臭い異臭が充満し、周囲は焼け野原が広がり地面が無様に捲れあがっている。

 思い出した……夏奈実くんと一緒に小屋に隠れていたんだけど、ルシファーに見つかって黒魔法の雷によって消された……いや、消されそうになったんだ。生きているから少し訂正。

 そうだ……夏奈実くんは何処に行ったんだ? 周囲を見回しても、彼――もとい彼の今の姿である女の姿が見当たらない。


「ゲホゲホ……夏奈実くぅぅぅん――! どこにいるのー?」


 夏奈実くんの名前を呼ぶ。けど、夏奈実くんの返事は無かった。


「いた……ッ、夏奈実くん! 夏奈実くんッ! どこにい居るのおおっ!!」


 私は立ち上がって夏奈実くんの名前を呼びながら探し始めた。

 一体どこにいるんだろう……? まさか……黒魔法の雷で消し炭にされたのでは? ……いや、そんな事は無い。絶対に近くに居るに決まっている!


「夏奈実くん、夏奈実くんッ! どこなのっ! 夏奈実くんッ!」


 咽かえるような熱気が充満した場所をキョロキョロと夏奈実くんを探す。本当にどこにいるんだろう? 


「夏奈実くん、夏奈実くんッ!」


 何処……どこい居るんだぁぁぁぁッ!! 内心で叫んだ瞬間、どごっと何かに躓いてしまった。


「のわっ……!?」


 そのまま派手に転び、顔面を強打してしまった。これは痛い……特に鼻の方が……。異臭とは違う変な臭いが来た――ワサビ食べているみたいにツーンってくるぅぅぅっ!


「いってぇ……」


 鼻を強打した割には、鼻血と擦り傷の出血は無い。すごいなぁ……普通なら鼻血が出てもおかしくない程、強打したのに……まあー出血しなかっただけでも良かった。


「何にぶつかったの……」


 躓いた場所を見ると、ボロボロになった着物を纏った半裸の女性が仰向けになって倒れていた。私以外にも被害者がいたのか……と感傷に浸っていた時、着物の色柄を見てはっ……と何かに気が付いた。水色の桜模様の着物――これは夏奈実くんが着ていた着物だ。まさか……!


「夏奈実く……ん?」


 恐る恐る手を伸ばして仰向けになった女性の体をひっくり返すと、「ひっ……」と短い悲鳴を上げた。これは……ウッ……!

 声が詰まるほど絶句してしまう理由……それは、倒れていた人物は夏奈実くんだった事に動揺してしまったのだ。


「夏奈実くん、夏奈実くんっ!!」


 私はすぐに我を取り戻して、夏奈実くんの体を抱きかかえて揺さぶった。


「うぅ……う……あ……ッ」


「夏奈実くん、大丈夫!?」


 よかった……まだ意識はあるみたいだ。けど……ひどい火傷を負っている。夏奈実くんの体力ゲージを見ると、ほぼゼロに近い真っ赤な表示だった。これじゃ……いつ死んでもおかしくはない。


「うぅ……あ、アーシェ……」


「夏奈実くん……!」


「……うぅ、す……すまねぇ……さっきの雷を直に受けちまった。うぐぐぐっ!?」


 苦しんだ表情を見せた後、ゴホゴホ……と血が混じった痰を吐き出すように咳き込んだ。

 ……私は思わず、「うぅ……ッ」と嗚咽を漏らした。こんな弱々しく傷付いた夏奈実くんの姿を見ていられない。だから、涙ぐんで夏奈実くんに私の辛い思いをぶつけた。


「夏奈実くん……もう喋らないで。これ以上、苦しむ姿を見たくない」


「……はは、苦しかねぇよ……このぐらい。アーシェ、よく聞け――俺はもうダメだ。堕天使の討伐はお前に任せたわ」


 ……あ、これはガチだ。勇者が死ぬ間際に言うセリフだもん、これ。夏奈実くん……死んじゃうパターンじゃん! それだけはヤメテ!


「嫌……縁起の悪いことを言わないよ! 一緒に討伐するんじゃなかったのッ!? 私を守ってくれるんじゃなかったの!?」


 守ってあげると誓いの拳を交わしたのに……先に死ぬのは無しにしてよっ!


「はは……そう言っても、俺の体力ゲージはもう――」


「大丈夫だよ……少し物陰に休めば少しずつだけど、体力ゲージが回復するって。だから、死なないでよッ!!」


 大粒の涙を溢して、夏奈実くんに生きて――と必死に訴える。こんな……上級ランクの夏奈実くんがあっさりやられるなんて……絶対にあり得ないよ!


「ゴホッゴホッ……! あ、アーシェ……俺は大丈夫だ。だから……目の前の堕天使をぶっ倒せよ……ウッ――」


 短く呻き声をあげた後、夏奈実くんは糸が切れた操り人形のように息を絶った。


「……ぜ、全然大丈夫じゃないじゃーん!! か、夏奈実くぅぅぅぅぅん!!」


 大丈夫じゃないと言うツッコミと共に、夏奈実くんの亡骸を抱きかかえて泣いた。約束したじゃん……私を必ず守るって……。なのに……私を守らないで先に逝くなんて、バカじゃないのッ!!


「……バカ……バカ……ッ。バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 勝手にリタイア夏奈実くんの亡骸に向かって、罵りの叫びをあげた。こんなことになるなら、最初からこのクエストやらなければよかった……。夏奈実くんがいない中で、どうやって堕天使を討伐しろって言うの? 初心者の私が? 初心者でもできるなんて……嘘っぱちじゃない……だって強力な黒魔法を使う堕天使だぞ……それに対して私は剣の腕前しかない。ヤバい魔法を使う堕天使に優しい拳を放つような行為だぞ、剣と魔法の差って。


 一体、どうすればいいの?


「見つけた! 私の魔力の糧よっ!」


 あぁ……ルシファーに見つかってしまった。勝てる要素無いし、このまま夏奈実くんと一緒にゲームオーバーかな? それていいや……私を守ると誓った夏奈実くんはいないし、敵は強キャラだし……もう夏奈実くんの後を追おう。

 私はそのままルシファーに殺される事を覚悟して、簡単にルシファーに殺されるように呆然と立ち尽くしていた。



 グチャリと鈍い音を立てて、私はルシファーの餌食になった――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る