強引な女神様、俺はもう嫌!

 さて、突っ込んだところで話を戻そう。俺は、アーシェが部屋で寝転がっているところを発見した。そして突っ込んだ後、俺は呆れた表情でもう一度あの言葉を言う。


「アーシェ、なんで俺の部屋にいるんだよ……!」


「なんでって、二階からすり抜けて入った」


 サラッと犯罪行為を認めやがったぞ。


「なっ……。よし、警察呼ぶか」


 後ろを振り向いてスマホを取り出して、すぐさま110番をかけ――


「嫌ぁぁぁッ! ごめんなさいごめんなさい! 警察を呼ぶの止めてぇぇぇッ!」


 さっきのだらけた姿から俺に飛びついて、警察は止めてと泣きながら乞うてきた。てか、女神様が警察の事を知っているなんて驚きだ。


「……じょ、冗談に決まっているだろ……」


 余りにもうるさいので、冗談と言った。それを言った瞬間、アーシェはパアァと太陽のように微笑んだ。クソ……何かムカついてきた……。

 これ以上、あの女神様を泣かせたら、俺の評判がガタ落ちになる。ましてや、女の子を泣かせた――何て近所に知られたら……、あぁ……想像したくないなぁ……これは多分灰色に染まった人生になるだろうなぁ……。


「……クソ、今日は厄日だ……」


 愚痴を溢した所で、俺はリュックを適当に放り投げる。パーカーを脱ぎ捨て、アーシェが読んでいる漫画をひったくった。


「あーっ! 私今読んでいるのにぃ!」


 横取りされたのを見た女神は、駄々こねる子供のように漫画を取ろうと俺の体に寄りかかってきた。


「やかましい! 元々、俺の漫画だ! 読むならちゃんと断りを入れろ!」


「いやだぁ! この漫画面白いのぉ……!」


 ぐぬぬ……と手を伸ばして漫画を取ろうとする女神。絶対渡すもんか、これはずっと楽しみにしていたカオスすぎる日常漫画なんだ。俺が一番にこの漫画を読む予定だったんだぁ……。

 ――ふにっ……。お、おいぃぃ、彼女の胸が当たっている! でも、なんか……居心地は悪くないかもしれない……。ヤバい、息子が……立ってきた。


「ふふ~ん? 私の胸で興奮しているの?」


 ジト目で俺の方を見つめる。女神のくせに、口調が小悪魔っぽいんだけど……。


「いや別に、興奮していねぇよ……」


 ふいに漫画の方へ視線を逸らす。だが、逸らしても女神はグイグイと近づいてくる。


「えぇ~? なんでぇ~? 男って女の胸を触れると息子が立つって聞いたけどねぇ……?」


 くっ……確かにそうだ……。女神が言っている事は正しい……どうにも女に接点の少ない俺は敏感に息子が反応してしまう……。でも、俺はこんな悪魔じみた女神の誘惑に屈したりしない!


「やめろよ……!」


「なんでぇ~? ここで止めたら、もうデキなくなるよ? それでもいいの?」


 アーシェは、あざとらしくワンピース型の羽衣から胸元をチラチラと見せつける。ラノベみたいな誘惑方法を身に着けていやがるんだ……この淫乱女神はッ!


 落ち着け……いつも通りの俺になれ!


「うん、デキなくていいわ」


 しない事を宣言すると、アーシェは漫画への手をゆるんだ。その隙に俺はアーシェの手を払い、近くにある椅子に座って漫画を読み始めた。


「なんでぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ! 私の体じゃ不満な訳ぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」


 と、また泣きじゃくってしまった。こいつ、何でも泣いていれば許されると思っているのか……?


「あぁ……うるさい! 泣くな! また変な誤解でもされたらどうする!」


 平和に暮らしたいのに……女神に出会ってからどんどん平和な日常が狂い始めてきた。何か……俺は悪い事でもしたのか……?


「だってぇ、私の体……興味無いんじゃないの……?」


 いや、興味ないわけじゃないけど……。まだ出会ったばかりの俺たちに、そんな事は文いんじゃないのか……と言おうと思った。けど、止めた。実際にラブコメっぽい漫画やラノベのセリフを言うのは恥ずかしすぎる……。


「………………」


 アーシェの問いに結局答えないまま、俺は漫画の世界へ入り込んだ。もう、この問いに反応するのが間違っていたんだ。だから、俺はシカトする。


「ちょっと、無視しないでよ」


 少しムスッとした表情で、漫画を読む俺をじーっと見つめている。彼女の視線が気になって読みにくいんですけど……。

 でも、なんでだろう……ずっと見つめていると、アーシェのムスッとした表情も可愛いなぁ……。


「あ、今可愛いと思ったでしょ?」


 ……バレた。勘のいい女神だな……こいつ。


「別に」


「ふふ~ん? 別に……かぁ~」


 何か弱みを握ったと思わせるようなにやけた表情で、また俺の方を眺めている。


 まあ、それは置いといて。ふうと溜息をついて、漫画を閉じる。そして――


「いい加減、俺以外の勇者を探せよ! いつまで俺の家に居座るつもりだ!」


 大声で心に溜まった本音をぶちまけた。


「これ以上、俺に関わるな。なのに……俺の話を聞かずに勇者に仕立て上げようとして……。なんで俺なんだ! 俺以外にも勇者になれる人材なんて、そこら辺にいるだろ!」


 怒鳴り声にビビったのか、アーシェは無言のまま俺を見ていた。

 ゴクリと固唾を飲んだアーシェは立ち上がって、ずんずんと俺の前に近づく。


「わかりました。貴方をアスタリア王国に飛ばします!」


「俺の話、聞いていました? 俺は勇者にならないって言っているんだよ!」


「転移魔法起動します――――――」


 目を瞑り呪文を唱え始める。くそ……逃げなければ……!

 アーシェは俺の話を聞かずに手を強く握りしめ、アスタリア王国へ向かおうとしていた。ねぇ……さっきの俺の話、聞いていました? と内心で突っ込む。

 そして俺は彼女を見ながら悟った。……あぁ、こいつの性格がだんだん解ってきたような気がする。この女神――話を聞かないし、絶対に勇者にさせる……強引な性格だな……これ。


(……逃げないと、勇者になるなんて絶対嫌だ!)


 逃げる事を考えた俺は、アーシェががっちり掴んだ手を引き離そうとする。しかし、華奢な腕とは裏腹に思った以上に力が強い……。


(クソ……思った以上に強い力で掴んで抜けられない……。一体どうするべきか?)


 自分の手首を切断すれば何とか逃げられるが、流石に手を失ってまで逃げたいとは思わない……。


(……あんまりやりたくない手だけど、関節外すか)


 自慢ではないが、俺は手の関節を外す特技を持っている。気が付いたら出来たという些細なきっかけだが、流石に痛いのですぐにやめた。……もう二度とやりたくないと思ったけど仕方がない……。

 片手でボキボキ……と鳴らし痛みに耐えながら、関節を外す。アーシェがしっかりと掴む手からするりと抜けた。


(よし、後は俺になりすましにできるものはあるか……?)


 俺は、素早く関節を戻して俺に代用になる物を探す。


(あった……。とりあえず……こいつで!)


 幸いアーシェは呪文に唱えたまま気づいていない。俺の手に代用できるもの――木製バッドを握らせ、万が一転送されないようにと部屋を飛び出した。


「――転移します! 行きましょう! アスタリア王国へ!」


 アーシェがそう言うと、眩い光が俺の部屋を包み込む。ちらりと部屋を覗くと、部屋には誰もいなかった。どうやら転移魔法は成功したらしい。

 あーあ、代用で異世界に飛ばされちゃったよー。まぁ……いっか、これでうるさい女神とは今度こそおさらばだ!

 誰もなくなった部屋に入り、俺は布団の中に潜り込んでそのまま寝た。




「ぐぐぐぅ…………ふがっ……!?」


 鼾が突っかかったような変な音と共に、俺は目が覚めた。


(あぁ……やば、昼寝しちゃった)


 今何時だ……、と呟いて時計を見ると、もう十七時前を示していた。


(そろそろ起きよう、妹たちが帰ってくる……)


 欠伸をしながら起き上がる。寝起きの頭痛が襲われるが、そんな事に気にせず部屋のドアを開く。


「――――」


 ――そこに、異世界に転移したアーシェが待ち構えるように立っていた。それも相当怒っているようだ。


「何だ。帰ってきたのか……アーシェ」


「ちょっと! なんであなたの手がバットにすり替わっているの!?」


「行きたくないに決まっているだろ! 大体俺の話を聞いていたのか! 勝手に異世界に飛ばそうとしやがって!」


 再度本音をぶつける。話を聞かない女神が悪い、と俺は思う。


「いい加減にして! 私は貴方を勇者として迎え入れたいの! それなのになんで、受け入れないの!?」


 逆ギレする女神。そして俺は、女神の胸倉を掴んで答えた。


「あぁ……受け入れなくていい! 俺は勇者なんてならねぇ! それに――――」


 怒鳴り始めた瞬間、「お兄ちゃん~、居る~?」と妹の声が響いた。だが、俺はその声に耳に入らなかった。そして、妹が二階に上がってくる――


「お兄ちゃん、帰って――き―――て――」


 どさりと妹がリュックを落とした瞬間、俺はやっと妹の存在に気づいた。


「…………あ、お帰り。沙耶……」


 とりあえず、俺はお帰りと言った。そして妹は――


「ただいま――そして、これはどういう事なのかな……?」


 妹はジャキンと鷹の目で睨み、二階の廊下は修羅場になりそうな雰囲気だった。


「ご、誤解だ! 俺はただ――」


「女の子に胸倉掴んで怒鳴っているなんて、なにしとるんじゃーーーーい!」


 妹は怒鳴りながら、俺の横腹に飛び蹴りを入れる。


 ――ぐきり……と何か不気味な音が響いた。


「んのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 先ほど、横腹を蹴られた瞬間に俺の腰に罅が入りました――めでたしめでたし。




「いい加減にしろおおおおおおおおおおッ! 勝手に話を終わらせるんじゃねって言っているだろおおおおおッ!」

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