女神がしつこく勇者になろうと言っているけど、俺は絶対嫌です!
「……え? 今なんて……言いました?」
女神――アーシェは呆然とした表情で、俺の方をまじまじと見ていた。
「だから嫌です。勇者になんてなりたくないですよ」
もう一度、俺はハッキリと勇者になる事を断った。
勇者になんてなりたくない。ラノベみたいにウハウハな生活を送れたり、チートを使って悪の竜を倒して世界を救ったりするの……本当に嫌だ。だって、強い勇者になってハーレムを築き上げたら、主人公を慕う女達はは俺を寝取らんばかりにギスギスした空気になって修羅場になるし、悪の竜を倒すのだって何人もの犠牲者を出す事か……。俺はその責任の重さを背負うのは絶対嫌だ。
何万人の犠牲者を出して、その後犠牲になった家族に対してどうやって説明すればいいのか……。みんな御国の為だ、とか人の命を蔑ろにする国家は滅んでしまえばいいと思う。まあ、それは俺の考えだ。他の誰かに押し付けよう……なんて思っていない。
「まあ、そんな訳なので早く結界を壊してください。早くしないと学校に遅れちゃうんで」
そう説明を言うが、アーシェはくくっと悪魔じみた笑い方をしていた。
「ふふっ……壊す? 無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ! 残念でしたぁ! この結界壊すには、このタロットカードを――――あれ……? 無い、無い! タロットカードがなああああああああああああああいッ!!」
ポケットからタロットカードを取り出して自慢しようとしたが、どうやらタロットカードが無いという絶望的な状況に陥っていた。なんだろ、最初の無駄無駄って……ジョ○ョを意識していたのか? でも、こんな絶望的な表情を見ると、ざまーみろって思うなぁ……これは。
まぁ、そのタロットカード。今俺の右手にあるんだよ……ね――もしかしてポケットに穴が開いて、落ちたのだろうか。まぁ……、これで結界を壊せるいい切り札を手に入れた。
少しこのタロットカードを使って、カマしてみるか……。
「もしかして、探しているのはこれじゃないのか?」
アーシェに落ちていた、タロットカードを見せびらかす。そして、「あーっ!」と大声を出して驚いていた。
「私のタロットカード! なんであなたが持っているの!?」
「結界の中に落ちていたんだけど……」
「今すぐ返して――って、ああああああああああああああああああああああああああっ! 結界の中にあるんじゃ……返せないじゃああああああああああああんっ……ゴホッゴホッ……!?」
アーシェは叫んだ後、顔色を真っ青になりながら咳き込んだ。
「お、おい、大丈夫か……?」
青ざめた表情のアーシェに、心配しながら声をかけた。
「だ、大丈夫です……ゴホッゴホッ……このぐらい……平気です……ゴホッゴホッ……」
大丈夫ですと必死にアピールしているが、体は正直だな……。まだ咳き込んでいるしね……。
「まあとりあえず、落ち着いて……リラックスしようね」
「……すぅ……」
むむぅ……と唸り声をあげたアーシェは、俺の言う通りに落ち着かせ深呼吸する。変なうめき声を上げて俺の方を睨んでいるけど、俺は何か悪い事でもしたのか?
「ふぅ……、やっと咳が治まった……」
よかった、顔色が元に戻っている。まあ、なんでこんなに咳き込むの、と突っ込まないようにしよう。
「よかった。まあ、治った事ですし、とりあえず結界を壊してください。ここにタロットカードがある事ですし……」
「不覚。なんでタロットカードを落としちゃったんだろう……。持っていれば、そのまま結界ごとアスタリア王国に飛ばせたのにぃ……」
女神様、本音が漏れていますけど……。
「とりあえず、壊し方教えてくれませんか?」
「……まあ、仕方がない。タロットカードが結界の中にある以上、転移する事もできないし」
アーシェはため息を漏らした後、指を鳴らす。すると結界が霧のように散華した。
なんだよ……タロットカード使わなくても結界を壊せるんじゃねえのかよ……。なんとために使うんだよ、このカードは……、と内心で突っ込んだ。
「ふぅ……学、校どうしよう? サボろうかなぁ……」
アーシェに変な事に巻き込まれて、なんだか今日は疲れた……。ただ話しているだけなのに、こんなに疲れる? いや、現実じゃない事が起こったからだろう……と思った。
そんな事より今は何時だろう……。腕時計を見る。時刻はもうお昼になっていた。お昼から学校に行くという人もいるが、今の俺の気分ではお昼から授業に参加する気なんてなかった。
(今日、学校サボろ……。選択授業だし、プリントだけもらえば大丈夫な授業だからいいか……)
そう考えた俺はすぐさま家に向か――
「ちょーっと待った!」
向かおうとした矢先に、アーシェは俺の前に立って前方を塞いでいた。
「あの、どいてくれませんか? 家に帰れないんですけど……」
「勇者さん、アスタリア王国を見捨てて帰るなんて……絶対に逃がしませんよ!」
「いや、勝手にやってくれよ。俺は勇者じゃない。ただの人間で平凡の大学生だ。勇者にするなら、そこにいるイケメンに頼んでくれ……」
「いいえ! 貴方じゃないとダメなんですよ!」
「なんでよ……?」
「ふふっ……いい質問ですね。私の目は、勇者を見分けるという魔眼を右目に宿しているんですよ! この世界に飛ばされた時、魔眼で見たんです。あなたこそ、勇者にふさわしい人物だって――」
魔眼があるぞと言う感じで、右目を大きく開くアーシェ。特に変わりないブルーサファイアの瞳だった。
うん、話を聞く限り、ドラ○○ボールに出ていた戦闘力を測る装置が右目に宿っていると――全然説明になっていないし、意味不明だわ……。
「ハイハイ、魔眼が持っているのね。それで俺が勇者にふさわしい……か。うん、帰るわ」
俺は適当に返事して、前方を塞ぐアーシェの横を通り過ぎ帰路に就いた。
「ああああああんッ! 置いてかないで、待ってぇぇよぉぉっ!」
突然アーシェは、子供みたいに俺の腕を掴んで泣きじゃくり始めた。
「お、おい……やめろ! 誰かが見ていたら変な目線で見られ――」
る、と最後の言葉を言おうとした瞬間、偶然にも公園で井戸端会議をしていたおばさん達がこちらの方へ痛々しい視線を送っていた。
「……あ、どうも……この子、本当に知らない子なんですよ」
弁明の言葉を言ったが、生憎そのおばさん達には無意味だった。いやぁね……、今時の若い人は……、女子を泣かすなんて男としてどうよ……、と陰口を叩かれていた。このクソババアっ……マジで〇ねや!
「どうも、失礼しました―――――――――ッ!」
俺の腕に女神がくっついたまま、井戸端おばさん達と公園にさよならを告げるように逃げ去った。
「はぁ……はぁ……くっそ……、あのクソババア……偏見な目で見ているんじゃねぇよ……」
息を切らしながら、愚痴をこぼす。あのクソババアとは絶対関わらないようにしよう。
全速力で走ったから気づかなかったけど、いつの間にか自宅前に着いていた。いつも歩いて二十分かかる所、ほぼ半分の時間で家に着いたぞ……。ノンストップで走り抜けたんだから、まだ体力あるんだなぁ……と改めて実感した。
「だ、大丈夫ですか?」
ずっと腕を掴んだまま走ってもいない女神が心配そうに声をかけた。……いつの間に、魔王じみたキャラから天然系のおっとりしたキャラに戻ったんだ?
「お前、いい加減にしろよ。あのオバハンに目をつけられたら、近所の噂にされるんだよ!それと俺の腕から離れろ、暑苦しいッ!」
害虫を払うように、アーシェの手を軽くたたいて俺の腕から離れさせる。
「むぅ……。こんな風に抱きしめるのって、この世界じゃ定番のシチュエーションって聞いたんだけど……」
一体ラッキーエッチなシチュエーションをどこで知ったんだろうか? まぁ、そんなことはどーでもいいわ。
「あんなのシチュエーションじゃねえよ。ただの迷惑行為だわ」
なんてツッコミを入れて、俺は玄関へ向かう。
「あ、待ってください!」
「付いて来るな、女神。冷やかしは他所でやってくれ」
「でも……」
アーシェは、王国が……と言おうとするが、俺はその言葉を遮った。
「俺は勇者になんてならねえ。素質があったとしても、絶対にこの平凡な日常から離れないからな」
断固として異世界には行かないと、アーシェに再度伝える。異世界に対する憧れの気持ちはあるけど、戦場に行くぐらいなら今の平凡の日常を噛み締めて生きていきたい……それだけだ。
「ま、そんな訳だから。アスタリア王国に帰ってくれ」
「いいえ! 私はあなたを勇者として、絶対アスタリア王国にお送りいたします!」
その一言で諦めると思いきや、頑なに俺を勇者に仕立て上げようとしているんですけど……。
「……絶対いやだ」
もう、彼女に説明しても無駄だと考えた俺はその一言を言った後、家に逃げるように入った。
「ちょっと待ってよー! 折角の勇者だよ! 倒せば英雄の称号を貰えるんだよ!」
こうなったら餌付け作戦で行けば異世界に行くだろう、と考えたアーシェ。手が古いんじゃ……。
「いらないわ。とりあえず、帰れ!」
そう言って、俺は女神の言葉を遮るようにドアを閉めた。
「ふぅ……、やっとめんどくさい女神から解放された……」
やれやれ……ラノベの主人公って、こんなめんどくさい展開に鵜呑みする人って、人生を謳歌できなかったんだろうなぁ……とディスった発言を内心で呟き、俺は二階にある自室に向かった。
「漫画でも読もう。あんな女神の事なんてすぐに忘れられるもんな!」
そうだ、こんな時は漫画やラノベでも読んで現実逃避しよう。ラノベでもいいが……昨日夜遅くに通販で買った新作の漫画が届いたんだ。それを読んで女神の事を忘れてしまおう。
そう考えた俺は少しウキウキしながら、部屋のドアを開けて布団にダイブ――
「あ、お帰り。嬉しい顔になったから、勇者になる決意が出来たのね?」
と、先ほど玄関で追い払ったはずのアーシェが、昨日買った漫画を読みながら俺の布団の上で寝転がっていた。
まあ、そのせいで俺はダイブを中止するのだが……。とりあえず、最初に思ったことを今ここで叫ぼう。
「なんで、お前が俺の部屋にいるんだあああああああああああああああっ!」
こうして、俺の平凡な日常は終わりを告げるのであった――めでたしめでたし。
「って、勝手に話を終わらせるなああああああああああああぁぁぁぁッ!」
と、勝手に終わらせるこの作品の神様に対して、大声で突っ込んだ。
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