アーシェと沙耶のプール遊び!⑧(久々の夏奈実くん視点! みんなの前で、人工呼吸する羽目になりました←えらい)←BY夏奈実

 アーシェが溺れる数分前の出来事――俺はバイト仲間・明弥(めいや)と一緒に見回りをしていた。

 ちょっと前まではスライダーの誘導をしていたのだが、見回りの方へ回ってくれと上司に言われて今に至る。


「それでさー、親戚に猫アレルギーですって言ったら、話無視されて猫を擦り付けるように預かる羽目になっちゃったんだわー」


「そりゃあ、お気の毒さまやな。そういや、お前って猫アレルギーだったんだ。初めて聞いたんだけど」


「だって、猫アレルギーって診断されたのが預かる数日前なんだよー。全く……鼻水が止まりゃしない……」


 ズルズルと明弥が鼻水をすする。けど、結局垂れてしまったのでティッシュを取り出してずぶぶぅっ……と鼻をかんだ。もう少し、鼻かむ音を静かにしてくれよ……耳に響く。


「そう言えば、あおっちー。妹ちゃん、可愛いよねー!」


「お前ってさ、よく話をころころ変えるよな……」


「話を途切れないようにするためさ!」


 ぐっとポーズをきめる明弥。俺はハァ……とため息を吐いて呟く。


「そのせいで話がこんがらがるんだよ……。話変えるなら、一言ぐらい言えって」


「ごめんごめん、それじゃ妹さんの話でもすっか!」


 やれやれ……ほんと、人の話を聞いているのか、いないのか……こいつの行動がよくわからん。


「あおっちーの妹って、彼氏っているの?」


「唐突に言うな、お前は……。少なくとも聞いた事が無い」


「つまりいないって事だよな! よーっし、俺告っちゃおうかな!」


 毎度毎度、唐突に告って失敗しているんだよなぁ……こいつ。例えるなら、エロゲで「童貞捨てに行くぜぇぇ!」と言っている主人公の友人に似ている。


「やめておけよ……沙耶はチャラいやつに出会うとコブラツイストされるで」


「それでも! 俺は沙耶ちゃんを落としてみせるぞ!」


「はぁ……お前って振られている割には、メンタルつえーよな」


「ははっ……ありがてー言葉として受け取っておくよ」


 何か嫌味みたいな言い方に聞こえるのは俺だけだろうか……?


「――あとさ、銀髪の女の子も可愛いよな!」


「アーシェの事か?」


「そうそう! なんといっても凛々しくて豊満なボディー! まるでラノベの世界から飛び出したようなチョー可愛い美女だよ!」


 なんて興奮気味に言う明弥。確かにその通りだが、その外見とは裏腹に自堕落でめんどくさがりな性格なんだけどな……。


「アーシェちゃんって彼氏いるのかなぁー?」


「お前って、それしか言えねえのか?」


「だって気になるじゃーん! 彼氏いたの、初めて迎えた、キスした事あるの?っていろいろ聞きたいもん!」


「ほんと、デリカシーねぇーよな。キスした――なんて……」


 ふと、先日ネットカフェで起こった出来事を思い出してしまった。キス……そうだ、恐怖を和らげるとはいえ、しちゃったよなぁ……。あの果汁グミのような柔らかい感触がいまだに忘れられない。あれ……顔が熱い。俺ってアーシェの事、意識しているのか? 


「どうした、あおっちー? 熱でもあるのか?」


「あ、いや……なんでも」


 いけない……照れている場合じゃない。アーシェは別に好きじゃない。早く異世界に帰ってほしいぐらいだ。……それなのに、この照れてしまうような感情は一体?


「……ははぁん。あおっちーってアーシェちゃんの事、好きなんだろ?」


 ほぼ図星的な事を言われて、思わず「ブウウウウッ!」と唾を拭いた。


「は、はぁ!? お、お前、な、な、なに言っているんだよ!!」


「珍しく動揺している……? お前って、本当に好きなのか?」


「ば、ば、バカ言え! あんなグータラ自堕落ヒロインに……俺は好きになるわけッ!」


「その割には、顔面真っ赤になっているんだけど……?」


「あ、暑いんだよ! あぁーあっちぃぃなぁ!!」


「誤魔化すなよー! お前ってモテる顔立ちしているくせに、付き合った事無いんだろー? なあ、アーシェちゃんに何処に惚れたんだよ!」


「いい加減にしろぉぉぉ……穏便な俺でもそろそろブチ切れる――」


 ぞ、と言おうとしたが、途中で遮られた。誰かが叫ぶ声が聞こえたのだ。男性だった。


「すいませーん! 監視の人ですかッ!」


「そうですが……何かありましたか?」


「二十五メートルプールの方で人が溺れて……」


「何!?」


「と、とにかく来てください!」


 俺の手を掴んで引っ張って、現場の方へ向かった。まあ、言葉で言うより実際に見た方が早いって事だろう。


「おい! AED持って来いよ!」


「了解! 医務スタッフにも連絡しておく!」


「頼んだぞ!」




      ※



 話していた位置から数メートルの方に二十五メートルプールがある。現場に駆け付けた俺を待っていたのは、意外な奴だった。


「お兄ちゃん!」


「沙耶!?」


 ひたすら心臓マッサージをする沙耶と、倒れたアーシェの姿が見えた。


「アーシェ!? 沙耶、一体何があった!?」


「アーシェちゃんが溺れたんだよ! 説明は後でするから、お兄ちゃん人工呼吸してくれる!?」


「へぇ? じ、人工呼吸?」


「そう! さっきからお願いしているんだけど、みんな抵抗しちゃうんだからさ……とにかく、やって! 早くやらないとアーシェちゃんが死んじゃう!」


 じ、人工呼吸ってあれでしょ……顎を高くして、口付けして、息を送るんでしょ? 実際にはやった事無いけど、何処かで教わったんだし……出来るに決まっているさ。

 腰を屈ませ、アーシェの顎を高くする。そして、彼女の顔に近づけて――

 ――って、こんなの出来るかぁぁぁッ! 命の危機とはいえ、女の子にキスするようなもんだよ! そりゃみんな抵抗するわけだ。だって、こんなラノベのヒロインみたいな姿の美女にキスなんて出来るはず――


『夏奈実くん……キスしてくれる?』


 またネットカフェで起こった出来事を思い出してしまった。くそ……出来るかよ。一度ならず二度――しかも自分からキスを攻める行動するなんて……。

 というか、周りの人たちはなんで赤面しているんだよ。人工呼吸をしているだけなのに、普通そんなに赤面することはないだろ。キスするという目で見られているのか?


「何抵抗しているのよ、お兄ちゃん! 早く人工呼吸してッ!」


 仕方がない……やらなきゃアーシェが死んでしまう! 


(えーい、南無三ッ! 大丈夫、一度アーシェとキスしているんだ! その感覚を思い出せぇぇッ!!)



 ――邪念を払い、俺はアーシェの唇に自分の唇を付けた。



 ムニッ……と、果汁グミを味わうかのような柔らかい感触。癖になってしまいそうだ。


「おおおっ! やりやがったぞぉぉっ!」


 勇気がある人だーと、バックヤードからの声援がたくさん聞こえるんですが……。た、頼まれてやったまでだ。好きとか、そんな印象なんて無いからな!


「すーほーッ! スホッ! ふーふっ……」


 唇越しに伝わる柔らかい感触を一度忘れて、必死にアーシェの肺に空気を送る。こうでもしないと、ちゃんとした息が送れないからな……。


「ふーふー!」


 実際やってみると、浮き輪を膨らませるような感覚に似ているな……。息苦しい……一回口を離そう。


「ぶはぁ……はぁ……。どうだ、沙耶……脈は戻ったか?」


 沙耶は、マッサージの休憩がてら手首の脈に触れた。


「ほんの微弱だけど、動いているよ」


「よし、続けよう」


 人工呼吸と心臓マッサージを再開しようとした矢先、「おーい、あおっちー! AED持ってきたぜー!」と言う明弥と医務スタッフがやってきた。


「溺れた子って言うのは、この子かい?」


 半袖短パンの医務スタッフのじーさんがそう質問する。「はい」と答えて、彼女の脈やら瞳孔やら色々調べ始めた。説明し忘れたが、このプールは万が一の為に医師資格証を持った医務スタッフが居るのだ。


「どうですか……?」


「……人工呼吸と心臓マッサージをしたおかげで、若干だが脈はある。とりあえず、AEDを使用して」


「はい、分かりました」


 スタッフの命令に従って、俺はAEDを開いた。音声ガイドに従って、アーシェに装置を取り付けて起動させる。とりあえず、これでいいだろう……。


 ――AEDと人工呼吸、心臓マッサージを繰り返して数分が経った。はぁ……息が苦しい……喉がカラカラだぁ……。


「うん、脈が戻っている。わけぇーお前さんのおかげだな」


 えへへ……これって褒められている事でいいんだよな?


「ま、本来なら病院に連れ行った方が無難だが、容体は安定しているみたいだ。医務室のベッドで寝かせておけ」


「あ、ありがとうございます」


 沙耶と俺はペコペコとスタッフの人にお辞儀をするが、返事しないでそのまま立ち去った。まあ、礼はいらんって事だろうな……。


「さて、アーシェを医務室の方へ運ぶか……」


「私も手伝うわ」


「いいよ、沙耶は遊んで来い」


「でも……」


「いいから、友達と遊んでこい」


「――分かった。少し経ったら様子見に行くよ」


 俺はこくりと頷くと、沙耶は部活友達がいる二十五メートルプールの方へ戻っていった。


「おーい、あおっちー! お前、もうそろそろ上がる時間だろ?」


 明弥が腕時計を見ながら、そう伝えた。あれ……もう上がる時間か? 自分も腕時計を見て時間を確認すると、定時の一六時を過ぎていた。


「あ、ほんとだ。それじゃ、俺はこれで上がるか……」


「お疲れ! そんじゃ俺は仕事に戻るか……あ、あおっちー。目が覚めたら、アーシェちゃんに告っちまいなよー!」


「な、な、な、なんでそうなるんだよッ!」


「お前の動揺っぷりが、好きだという証拠でしょ? それに――人工呼吸とは言え、大胆にキスしたもんなぁーにひひひっ……!」


「ば、馬鹿ッ……! そ、そんなんじゃねーって!」


「そうかなぁ? まあ、いいや。仕事戻るから、じゃーなー!」


「お、おーい! 話を最後まできけぇぇぇい!!」


 話を聞かずに、明弥は仕事の方に戻ってしまった。全く……話を最後まで聞けって―の!

 二人きりになってしまった……。まあ、早く医務室へ運ぼう。ずっしりとしたアーシェの体をお姫様抱っこで持ち上げ、俺は医務室の方へ向かった。

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