アーシェとVR⑧(手当と包帯と恋……)→ちょっと恋あるよ!?
――前回までのあらすじ!
私たちはVRゲームの堕天使討伐のクエストをしていた。そして堕天使が滅ぼした村に突然現れた、堕天使・ルシファー!
何もできず逃げ回って夏奈実くんに助けてもらったの! けど、夏奈実くんが肩を脱臼してしまった……。私たちはルシファーの討伐の策と夏奈実くんの怪我の手当てをする為に、夏奈実くんが見つけたという小屋へ向かう事にしたのだった――
「あそこだ」
夏奈実くんが指を指した場所を見ると、外見がボロボロの小屋があった。ボロボロでも状態は良かった。多分、小屋を造ったのはいいけど、あまり使用していなかった……という具合な状態だろう。
「よく見つけたよね……夏奈実くん」
誉め言葉を言うと、夏奈実くんは照れていた。
「まぁ……たまたまだよ」
ポリポリ……と頬を掻いて言う。苦い表情で夏奈実くんを見つめて、乙女かよっ!と内心で突っ込んだ。
「さ……入ろう」
たた……と夏奈実くんは小屋の方へ向かい、ガチャガチャと錆びたドアノブに手にかけて必死に回した。
「あれ……開かねぇ……?」
ガチャガチャ……と、うるさいほどドアノブを回す。だが、一向にドアノブが回る気配はしない。
「あっ……このやろッ! 回れっているんだッ! このクソドアノブッ!」
ガチャガチャ……ガチャンッ!! ドアノブを回す時に絶対ならない音が響いた。
「あっ……壊れた。開くかなぁ……?」
夏奈実くんはゆっくりと扉を引くと、ギィィッ……と不気味な音を響かせて開いた。
「開いた」
とりあえず小屋の中に入る。そこは薄暗く湿気た埃が充満しており、不潔な室内だった。まぁ、廃墟の小屋なんだから仕方がないか……。
「ごほっ……ごほっ……」
私は思わず咳込んでしまった。現実世界だとこの埃っぽい部屋に入った瞬間に咳が止まらなくなる。VRゲームの世界だから肺が弱い概念なんてないと考えていたが……なんで咳が出るんだろう?
「アーシェ、咳込んでいるけど大丈夫か?」
「あ、うん……大丈夫。ちょっと、唾を飲み込んでいたら咽ちゃって」
「ふーん。まぁ、大丈夫なら別にいいけど……」
じーとまだ心配そうに私を見つめる夏奈実くん。な、何……大丈夫って言ったのに、まだ心配そうな表情をしているの!?
「ねぇ……なんで歯切れ悪く言うの?」
気になったので、とりあえず夏奈実くんに質問する。モヤモヤした状態で戦いたくないから……。
「あ……そうお前、肺が弱いからこんな環境にいても大丈夫かなって――まぁ、アーシェの容態を見る限り大丈夫そうでなりより……」
夏奈実くん……この埃っぽい環境を見て、私の無限魔法の代償の肺が弱い事を心配してくれたんだ。
「ありがと、夏奈実くん」
私は夏奈実くんの気遣いに感謝の言葉を伝えた。
「あぁ……まあ、咳出た時に思い出したからな……お前の肺が弱いって事に」
照れくさく受け取る夏奈実くん。もう少し素直に受け取ってほしかったな……ちょっとショック。
「まぁ……なんだ、咳が頻繁に出るようなら場所を変えるが――」
「あぁ……う、ううん! 私は大丈夫だから、とりあえず堕天使の討伐を考えよう。それに……肩の手当てをしないと」
私は夏奈実くんのもっこりと膨らんだ右肩を見つめる。
「だ、大丈夫だって――しつこいなぁ……」
「いいからっ! 早く痛む場所をもう一度見せろぉぉぉッ!!」
私はゾンビのように夏奈実くんに襲い掛かって、上半身の着物を強制的に脱がした。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!? アーシェのエッチィィィィィィィィィィィィィッ!!」
夏奈実くんの淫らな悲鳴が小屋を轟かせる。この悲鳴で堕天使に気付かれなきゃいいんだけど……。まぁ……夏奈実くんの行動と悲鳴が面白いから、「堕天使に気付かれるだろっ!」と言うツッコミはしなかった。
そんな訳で夏奈実くんの上半身を脱がして、右肩のもっこりした腫れを観察する。さて……どうしよう? とりあえず、患部を包帯で巻いておこう。何か包帯になるものはないかな……? キョロキョロと小屋にあるもので包帯になるようなモノ……それと腫れ止めの薬って置いていないかな?
「包帯……包帯……」
「なぁ……アーシェ。俺の方は大丈夫だから」
「ダメに決まっているでしょ!? 夏奈実くんがこんな怪我しているのに……」
「……その事なんだけど、この怪我の程度なら魔法で治癒出来るからいいよ」
夏奈実くんの言葉を聞いた瞬間、私の体は電池切れの時計のようにカチンと止まってしまった。
「あっ……」
ぎりり……首を回して、夏奈実くんの方へ視線を向ける。その発想は思いつかなかった……そうじゃん、このVRゲームって魔法が使えるじゃないか! あぁ……なんで気が付かなかったんだろう? 魔法で怪我を治せる事、夏奈実くんが怪我してどうしようとテンパっていたせいですっかり忘れていたわッ!
「ちょ……」
「ちょ?」
「ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! それを先に言ってよおおおっ!! バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
私は思わず、夏奈実くんに向けて拳を放った。「あっ……」と言って気が付いた時にはもう遅し――私の拳は夏奈実くんの頬に触れてしまった。勢いを殺しきれず、そのまま夏奈実くんを殴った。
「ぶべろしょっ!?」
奇声を上げ、夏奈実くんは横へ大きく吹っ飛ばされた。そのまま小屋の壁に激突してしまった。
「はっ……か、夏奈実くんッ!」
私は咄嗟に夏奈実くんに駆け寄った。
「だ、大丈夫ッ!? そしてごめん……!」
夏奈実くんを抱きかかえて、必死に謝った。なんでこんな事をしてしまったんだろう……言うのを忘れた夏奈実くんに対しての怒りかな?
「あたたた……大丈夫。言わなかった俺が悪かった……」
……夏奈実くん、怒らないんだ。思いっきり殴ったのに……言わなかった事に対して謝った。
「……夏奈実くん、怒らないの?」
私は気になっていた事に対して夏奈実くんに問うた。なぜ怒らないのか……ちょっと気になったのだから。
「怒らねぇよ。言わなかった俺が悪いんだし、それに……アーシェに殴られるの――――」
最後のところ、全然聞き取れなかったんだけど……一体何を言ったのだろうか? それに最後に言ったときに夏奈実くんの顔が紅潮して息を荒くなっていた。……ちょっとキモイんですが……夏奈実くん。
「あはは……あれ? アーシェ……なんで蔑んだ目で見ているの?」
自分の発言に気づけよ……美少女に殴られて興奮するドMの変態野郎!
「別にィィィッ……蔑んだ目で見ていませんがぁぁぁぁぁぁッ……?」
きっも……マジできっも……夏奈実くん。そんな趣味があったなんて知らなかったわ……キモキモキモキモキモキモ……。
「ま、まぁ……とりあえず回復魔法を使って肩の痛みを無くすから」
ブツブツと回復魔法の呪文を唱え始める。全く……先に魔法で治すって言ってくれよ。
やれやれ……と呆れて、私は外の方を眺めた。いつ堕天使がここに現れるか分からないからね……。
この小屋は窓が無いので、夏奈実くんが壊したドアを少し開けて外の様子を伺った。さざぁ……と不気味に響く風が吹いている以外は、特に変わった様子はない。新緑の香りが漂う安らぎの森だけが広がっていた。
この様子から、まだルシファーはここには来ていないな……。
「夏奈実くん、怪我の方は治った?」
来ない事を確認して一安心した私は夏奈実くんの方へ視線を向ける。そこにずーんと暗い表情で体育座りをしている夏奈実くんの姿があった。
ぐるる……と下痢のような効果音を(何処かにある)バックヤードから響かせて、私は何かマズイモノを見たような表情で夏奈実くんを眺めた。
「な、な……何が起こったのッ!?」
全力で突っ込んだ。一体何があったんだぁぁぁぁッ!!
「いや……その……回復魔法の呪文、途中から忘れちゃってさ……。肩の痛み……治らないっぽい」
……何やっているんだ……言い出しっぺの夏奈実くんが回復魔法の呪文を忘れるなんて、阿保としか言いようがない。
「全く……阿保」
軽く罵倒の言葉を放った後、夏奈実くんの傍によって無理矢理上半身の着物を脱がした。そういえば包帯が見つからなかったよね……仕方がない。代用として、私のスカートの裾を使おう。ビリビリ……とスカートの裾を包帯のように長細く引きちぎった。
「ほれ……そのままじっとして。包帯巻くから」
「いいよ……アーシェ。俺は大丈夫」
「はいはい、こじ付けはいいから」
むむむっ……と唸り声をあげながら、夏奈実くんは言うとおりに大人しくなった。その隙に患部に包帯を巻いた。痛み止めの薬があればちゃんとした感じになるんだけど、無いからしょうがない。
「……なぁ、アーシェ。包帯の巻き方上手いな」
私の巻き方を見て、夏奈実くんは誉め言葉を呟いた。
「まぁね、よくアスタリア王国に顔を出すときに貧民街や労働者たちが巻いてくれって言われて……気が付いたら、看護師みたいに巻くのが上手くなっていたの」
ふとアスタリア王国の労働者と貧民街で出会った人たちの思い出を呟く。あぁ……懐かしい、無邪気に遊んでけがした貧民街の子供たちや骨折した労働者にこんな風に巻いたんだっけ。その後にありがとうって言われて嬉しかった……。
そして夏奈実くんにこれをやるなんて――――はっ……考えてみれば、夏奈実くんって彼氏だよ。確か沙耶ちゃんから借りた恋愛漫画にこんな展開があったよね! ついに彼氏にこんな事をする日が来るなんて……!
ヤバい……変なスイッチ入っちゃう! 夏奈実くん……好きィィィィィィィィィィィィィィ!!
グルグルグル……と勢いよく包帯を回す。
「ちょ……アーシェ。包帯巻きすぎ……」
「きゃあああああああああああああああああああっ……! ……ん? あっ……夏奈実くぅぅぅん!! ごめんッ!!」
変なテンションでつい……変なとこまで回しちゃった。とりあえず、変なところは取り外さないと……。
いそいそと患部じゃないところを取り外して、キュッと包帯を縛った。
「はい、出来上がり」
ポンと肩を叩く。その後、夏奈実くんはすげーと声を上げた。別にすごくないけど……。
「ありがとう、アーシェ。まぁ……ちょっとは楽になれたかな?」
ぐるぐると肩を回す。まぁ、楽になれたらなりより――――
「魔力の素、みーつけたっ!!」
にぱっとした微笑ましい純粋な少女の声が聞こえた。そしてこの声の主は――
「死んじゃえ――『滅び給え、漆黒雷(ブラッド)』」
少女が厳かにその呪文を言った瞬間、黒い雷が放たれた。そして、私は気を失った――
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