アーシェとクローネ③(二人の正体)

「…………」と、気まずい空気が流れる。その空気を先に断ったのは、クローネの方だった。


「アーシェ……勇者は見つかったの?」


「うん、目の前にいる彼が勇者の三つの条件をクリアしたのよ」


 アーシェは俺の方に向けて指差し、クローネは俺の方に近づきまじまじと観察し始めた。


「へぇ~~なるほど……。アンタ、名前は?」と、クローネは俺に問うた。


「あ、葵夏奈実です」


「夏奈実……ね。早速だけど、私たちと一緒にアスタリア王国へ行き、勇者になってもらえないかしら?」


 クローネはアーシェと最初にあった時と同じ質問する。


「――嫌です。勇者になんかならない……」


 断った答えを出すと、クローネと朱禰は呆然とした表情で俺を見つめていた。


「ふぁい!? なななな、なに言ってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」


 そしてクローネは最初のあった時のアーシェと同じリアクションをした。この光景を見ていると二カ月前にアーシェと出会った時にタイムスリップしたような気分だな……懐かしい。あの頃はウザいって思っていたっけ……。


「ちょ……アーシェッ! 一体どーゆーこと!? 勇者の三つの条件をクリアしたのに、勇者は嫌って断られているじゃないのッ!」


 クローネはアーシェの胸倉を掴んで問いただしていた。


「そ、そーだけどぉ……ほら、待てば勇者になるって言うかもしれないじゃん! そ、それに折角見つけた条件をクリアした勇者を逃したら、再び条件をクリアした人を見つかるなんて至難の業だよ? クローネだって、金を見つけたらすぐに取るでしょ!? 他の所にあれば金が見つかるなんて思わないでしょ!? それと同じだよぉぉぉ!!」


 クローネにぐわんぐわんと揺さぶられながら、アーシェは説明していた。


「た、確かにそうね……この世界の人口は約七十億人って聞くし、勇者の条件をクリアした人に巡り合えるなんてラッキーな方か……なるる」


 なんて、アーシェの説明を簡単に鵜呑みしたクローネであった。


「ちょっと、クローネ……襟首放してくれない? く、苦しい!」


「あっ……ごめんごめん」と、謝ってクローネはアーシェの襟首を離した。


「はいはい、とりあえず――」と、パンパンと手を叩いて視線を俺に注目させる。


「アーシェ、この二人は何者なんだ?」


 アーシェに視線を合わせて質問する。アーシェを知る人物――少なくとも二人の事を知る必要がある。


「そ、そうね……次期勇者として知っておくべきだもんね!」


「勇者にはならん!」と、アーシェの言葉に一蹴した。


「しょぼん……。と、とりあえず二人を紹介するね。金髪の少女はクローネ・アイビン、近年アスタリア王国から独立したアイビン王国の女神様。黒髪の少女は朱禰津軽、苗字と名前の順序はこれでいいわ。彼女は約二百年前に起こったアスタリア大戦で勇者として戦った人よ。しかも元々は夏奈実くんと同じ現代人さ」


「なるほど……クローネはアーシェと同業者で、朱禰は現代――――ふぁいっ!?」


 ちょ、ちょっと待って!? あ、朱禰が俺と同じ現代人!? ま、ま、待って! 朱禰はアスタリア王国に異世界転移されたの!? 勇者として!?


「そ、そうなのか……朱禰――さん」と、朱禰に視線を送って質問する。


「『朱禰』でいいわ。私さん付けで呼ばれるの、好きじゃないの。――そうよ、私は平成の始まりの夏にアスタリア王国に転移した伝説の勇者よ」


 朱禰は物静かな声音で答えた。ま、マジかよ……こんな物静かな乙女がアスタリア王国の勇者だった? 待てよ……勇者が居るなら、アスタリア王国に行かなくてもよくないか? だって勇者様がいるんだよ? 俺なんて不使用でしょ? そうなら、俺はアスタリア王国で勇者にならずに済めるじゃん!


「なあ、アーシェ。勇者が居るなら普通に考えて俺っていらなくないか?」と、アーシェに質問する。だが、アーシェは首を横に振った。


「残念だけど、それは無理なの。朱禰は『賢者の剣』が持てなくなってしまったの……」


「『賢者の剣』?」とオウム返しに呟く。


「当時アスタリア王国は勇者の召喚と『賢者の剣』を使って邪竜を封じ込める事に成功したの。召喚はまあ、分かるからいいとして――『賢者の剣』は勇者にしか持てない少々特殊な剣なの。私のお婆様から聞いた話では、『賢者の剣』は勇者が持つ三つの条件と剣に埋め込まれた濃縮マナ石という鉱石が連動している。連動していれば、『賢者の剣』が勇者だと認められるのよ。最初は夏奈実くんと同じ事をみんな考えていたけど、剣がかつての勇者の朱禰を拒んでしまった……だから、私は新たな勇者を探し始めたのよ――」


「それが、俺……って訳だよな?」


 うんと、アーシェは頷いた。


「なるほどねぇ……勇者になってくれて言うちゃんとした理由があったわけか」


「ちょっとぉぉぉぉぉッ!! 出会った時、私の話真面目に聞いていたのッ!? 全部噓っぱちだって思っていたの!?」


「うん」と答えるとアーシェはドドドッ……と接近して俺の襟首を掴んでブンブンと揺らし始めた。


「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!! か、体を揺らすなぁぁぁぁああああぁぁぁあぁぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁああぁぁぁッ!!」


 止めろって訴えても、ブンブン……ブンブン……と俺の体を揺さぶり続けるアーシェ。うげぇぇぇ……く、苦しい……き、気持ちわるぅぅ……よ、酔ってしまう。脳、脳がふ、震えるぅぅぅぅ……!


「あっ……ごめん!」と、アーシェは急に手を離した。


「ぶはぁぁっ……はぁ……はぁ……」


 く、くらくらする……思いっきり体を揺らしやがって……。気持ちわるぅ……おべぇぇぇって吐きそうな気分だ。


「まあ、そんな訳だから――貴方いい加減、覚悟を決めてアスタリア王国に来なさい。そして邪竜を倒すのよ!」


 クローネはビシッと指差しして言う。勇者、勇者……。俺はその言葉にギリっと歯ぎしりを立てた。何が勇者だ……俺は勇者なんて大っ嫌いだ。


 ――その時、俺の脳裏に少女の面影が映り始めた。そうだ……俺は、彼女の勇者になるって言って守れなかった。クソっ……思い出すだけで、イライラしてきた。


「夏奈実くん! 夏奈実くん! ど、どうしたの? そんな怖い顔して……」


「あ……いや、何でもない」と、問うてきたアーシェに笑顔で答えた。


「そ、そう……よかった」


「――悪い、ちょっと頭涼んでくる」


 ダメだ……ここに居ると、イライラしてしまう。とりあえず、外に出て頭を冷やしておこう……。


 部屋にいるみんなにそう伝えた後、俺は部屋を出て行った。


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勇者を探していた女神が、気がついたら自堕落な生活を送っていた件 本渡りま @yuruio

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