日常に飛び込む前だよ!(はぁ……やっとマシな回になったな)

「う……うぅん……」


 呻き声を発して、俺は意識を取り戻した。目を開けると、真っ白な光が俺の部屋を差し込んでいた。


(朝……? あれ……いつの間に寝ていたんだ?)


 昨日の事を思い出す……。あれ……昨日なにあった? よく思い出そう。

 ダメだ……思い出せない。それに、頭がグラグラする……。昨日酒でも飲んだのか?


「……すぅ……」


 自分以外から発したと思われる寝息が聞こえた。……沙耶か? いや、沙耶はどんなに遅くても必ず自室で寝る人だ。転寝し始めたら真っ先に自室に向かわないのはおかしい。

 じゃあ、誰――――と思った時、銀髪の少女が寝ている姿を見てスッキリ解決した。


「なんだ……アーシェか」


 なんで折り畳みテーブルの上でぐっすり寝ているんだ。寝落ちでもしたのか……?

「ふあぁぁ……」と大きく欠伸をしながら起き上がって、アーシェの方に近寄ってかけ布団をかけた。これ掛ければ風邪引かないだろう……。


(さて……どうしようかな? 今日は授業入れていない日だから休みだが……)


 カチカチと秒針がうるさい時計の方へ視線を向けると、午前六時前を示していた。

 六時前に起きるなんて自分でも珍しいと思った。いつも、出発ギリギリに起きてドタバタしていたり、今日みたいな日は九時まで寝ていたりしているのに……。


「まあ、朝飯が出来たって言うまでもう少し寝てよ」


 そう考えた俺は、そのまま布団の上にダイブして眠り込んだ――――


「お兄ちゃん! 朝ごはん出来たから降りてこーい!」


 と、すでに起きていた沙耶が大声で俺を呼んでいた。


「――なんで、こんなタイミングで起こされなきゃならんのだ?」


 眠りかけていた頭を無理矢理に覚醒させて、俺は布団から出る。部屋を出て階段を降りると、味噌のいい香りが漂っていた。


(……あまり食欲ないんだけど)


 いい匂い……おいしそうだなぁ、と思うのだが、まだ朝飯食べたいと思わない。まあ、みそ汁ぐらいは飲んでおこう……。


「おはよー」


 階段を下りて食卓に着くと、みんな起きて既に朝飯を食べ終わっていた。


「お兄ちゃん、おはよー」


 朝食を食べ終わった後、片づけをしている沙耶が挨拶してきた。

 セーラー服にエプロン姿――毎朝見るけど、エロゲとかによくある学生新妻みたいな雰囲気を出しているよな……。ごめん、やましい目で見てしまう兄貴を許してくれ……。とっても可愛い! そのまま妹を抱きしめて犯したい……。「お兄ちゃん好きぃ……」と淫乱過ぎる告白を聞きたい! ……では早速――と言う妄想を終えてやっと寝ぼけた瞳に戻った。

 実際にやったら、妹に一物を今持っている包丁で切断されそう。まあ、冗談でも抱きしめる時点で、タマキン潰しの刑に処されるな……。


「お兄ちゃん、早く食べないと冷めちゃうよ?」


 呆然としていた俺に声をかけると同時に、はっと妄想から目が覚めた。


(いかん……エロゲのやり過ぎだ……。こんなシチュエーションを現実でやったらゴートゥーポリスだからな)


 ぱちぱちと頬を叩いて、食卓の椅子に座る。

「いただきます」と一言呟いて、朝食を取った。茶漬けと味噌汁と言う、手抜きのようで完璧とも言える品だった。まあ、食欲のない俺にとってうれしい食事だ。さらさらと飲み込むように米を口にかきこみ、味噌汁の具材も一緒に飲み干した。


「ごちそうさま」


 十分で食べ終わって、俺は椅子から立ち上がり洗面所に向かって目覚ましがてら顔を洗う。パシャパシャと冷水を浴びて、ぱっちりと目を大きく開いた。


「ふぁぁ……」


 欠伸をして、濡れた顔を拭く。


「ふぅ……」


 息を吐くと同時に、沙耶が洗面所に入ってきた。少しあわただしい様子だった。


「あ、お兄ちゃん。アーシェちゃんどこにいるか知らない?」


「あぁ……俺の部屋で寝ているよ」


 そう答えると、分かったと言うような表情で頷いた。


「アーシェちゃん~~! 起きて! ご飯だよ!」


 沙耶は、寝ているアーシェを起こしに二階の俺の自室に向かっていった。


「はぁ……朝っぱらから元気だなぁ」


 まだ寝ぼけた頭に響く大声を聞いて、ちょっと頭痛してきた。まあ、朝から元気溌剌は健康にいいって聞くけどね。

 顔を洗い終え、青色のデニムと白色のYシャツに着替えた。


「ほらほら、起きた起きた!」


 数分前にアーシェを起こしに行った沙耶が、下に降りてきたアーシェの背中を張り手のように押して食卓の方へ向かっていた。


「ふあああぁぁぁ……、まだ眠いよぉ……」


「眠いを言わない! みんな眠いんだから!」


「ふえぇぇぇぇん!?」


 沙耶の強引すぎる発言で、アーシェが泣きわめいていた。やれやれ……、朝っぱらから騒ぎ立てるなよ……アーシェ。寝起きの頭痛に響くだろ……。


「ほら、朝ご飯食べて。簡単なモノしか作れなかったけどいいかな?」


 食卓の方に戻ると、沙耶がアーシェに対してご飯の食べ方の指導とお腹の減りは大丈夫かと聞いていた。……沙耶の奴、アーシェに対して母性が目覚めているぞ。


「大丈夫です。私、朝食は何時も少なめなので……」


「わかった。足りないと思ったら、お母さん呼んでね」


 そう言って、沙耶はエプロンを脱いで学校へ行く支度をちゃちゃっと済ませる。

 登校時間なのか? と疑問に思いながら、時計を見ると七時前だった。


「あれ、もう行くのか?」


 家から十分で行ける近所の高校に通っている。いつも、一時間目始まるギリギリぐらいに家に出るんだけどね。


「うん、今日だけ珍しく朝練なの」


「――ああ、水泳部か」


 そう言えば、沙耶は今年高校に入って水泳部に入部したんだっけ。昔から水泳やっていて中学二年の時に全国大会二位と言う輝かしい実績を持っている。周りからは「白銀の人魚姫」って呼ばれているとか。

 まあ、それに比べて――俺は家に早く帰りたい衝動が出来てから中学、高校で部活には入らず、ホームセンターのバイトをずっとしていた。大学生になってから、バイトできるのが難しく辞めちゃって……今は学生ニートみたいな感じになってしまった。

 ほんと、沙耶はすごいよ……。こんなだらけた兄とは違って……。


「最近朝練で学業疎かになる人もいるって聞くから、朝練も程々にな」


「うん、ありがと。それじゃ、行ってきまーす!」


 そう言って、沙耶はリュックと水泳用具を詰めた袋を持って学校に向かった。


「どうしようかな……今日」


 ぽりぽりと頭をかいて悩む俺。今の所課題は全部終わっているし、提出物も全部出したし、資格も取れたし……。勉強しようかなと思っていたけど、全部終わっていたんだ。

 ……たまには本屋行くか。漫画買って、本屋に併設している百円コーヒー店で一日潰そうかな。

 そうとなれば、早速準備だ。充電済みのスマホと財布、あとバイクのカギを持って出かけよう。


「夏奈実。アンタ何処か出かけるの?」


 ちょうどアーシェが食べ終わり、食器を片付ける母さんがそう質問した。


「うん、近くの本屋に行くつもりだけど」


「だったら、アーシェちゃんを連れて行きなさい。ずっと家にいるより、市街地を案内した方がいいから」


「……えぇ」


 今日は一人で居たい気分なんだけど……。厄介女神と一緒に出掛けるなんて絶対嫌だ。


「えぇ……、じゃないわよ。知らないだらけのアーシェちゃんを知ってもらういい機会なんだ! ちゃんと一緒に行ってきなさい!」


 母さんにばんと背中を叩かれて「それじゃ、行ってくるねぇ!」と、父さんと一緒に仕事に出て行った。


「……勘弁してくれよ」


 はあとため息をつく。食卓には、俺とアーシェが残されていた。

 仕方がない……いやいやだけど一緒に連れていくか。


「……アーシェ、出掛けるぞ」


「え? どうして?」


「さっき母さんが街を案内しろって言われたから、準備していくぞ」


「え、待ってよ!」


 驚いた表情で食卓から出て、駆け足で二階に上がっていった。どたばた慌ただしい音を響かせて準備しているのだろうか。まあ、その間に忘れ物無いか確認しておこう。

 ――たたた、と駆け抜ける音が聞こえ、「お待たせ―」と息切れしたアーシェがやってきた。服装は出会った時の羽衣姿だった。


「……行くか」


 普通なら、「なんでこの姿なんだよ! ほかに服ないのかよ! コスプレ着させた変態野郎に見えるじゃねえか!」と文句を言いたいところだが、アーシェは羽衣以外の服を持っていないのだろう。


(仕方がない……私服二着買っておくか)


 小遣いが結構大幅に減るけど、しょうがない。羽衣姿で街に繰り広げたら、視線が痛いほど突き刺してくる。そうなるよりは、お金を削った方がマシだ。


「はい!」


 笑顔で返事をするアーシェと共に、家を出て屋根付きベランダに置いてあるバイクを引っ張り出した。ヘルメットをかぶり、アーシェにもヘルメットを被せた。


「ちょ……何するの?」


「これ付けないと、俺が捕まるんだ」


「え、なんでですか?」


「まあ、お前を死なせるような行為をしているかな……?」


 引っ張り出したバイクに跨って、「乗って」とアーシェに跨るように示唆した。

 ブルゥゥン、と響きの良くエンジンを始動させ、アーシェが後ろに乗ったのを確認してバイクのスロットルを回して発信させた。


「ふやぁっ!?」


 急に発進した事にびっくりしたアーシェは、咄嗟に俺の肩に掴まった。


「振り落とされないように、しっかりつかまっていろよ!」


 そう注意すると、アーシェは離れないように俺の背中にギュッと抱きしめた。


(さーって、何処に行こうかな……先に本屋に行くか)


 今朝方決めた本屋さんに向かった。その本屋さんは、地方としては珍しく朝六時から開店している。なんでも、通勤通学時間に少しでも本を届けたいという理由だとか。まあ、朝早い人でも気軽に立ち寄れるから便利なんだよね。


(いい本あるかな……)


 キキィとブレーキをかけ、本屋さんへ到着した。そうそう、このように朝早くても賑わいを――――あれ、おかしいな。駐車場はがらんと空いている。それに人気もいない……一体どうなっているんだ?


「ちょっと確認してくるから、ここで待って」


 アーシェに待つように言って、俺はすぐさま店舗入り口に向かうと入り口前に張り紙が貼ってあった。一体なんて書いてあるだろうか……。


「何……『誠に申し訳ございませんが、本日の開店時間は諸事情により十時から開店します。朝本を買いに来たお客様にご迷惑をおかけいたしますが、ご理解の程よろしくお願いいたします』……?」


 なんと、今日に限って十時開店だという。なんで、と疑問に抱く前に深呼吸して――


「クソったれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇッ!!」


 朝の楽しみが諸事情によって奪われた自分に、嘆きの叫び声を上げた―――

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