アーシェとネトゲ編(自堕落女神)

アーシェとネトゲ①(猛暑の自室にて……。エアコンぶっ壊れたんですけどぉぉぉぉぉッ!!)

 ――季節は初夏に入った。六月も終わりが近づき、本格的な夏に突入し始めていた。



 夏と言えば海、山、家でゴロゴロ……なんてニュース特集でやっているけど、俺は今年も家でゴロゴロかな? 夏休み期間に余程な理由がない限り、学校に行かないし。出かけたとしても、暑い場所を歩くのは嫌だ。

 そんな先の事を考えながら――ベッドの上で寝転がっていた。


「暑い――」


 家の裏から、みーんみーんと蝉の鳴き声がうるさく響いていた。


(暑い……。くっそ――今日で四日連続猛暑を記録かよ)


『今日の天気――上御(かみうみ)市は三五℃越え、塩分と水分補給を忘れずにね!』



 汗でべたついた手でスマホをいじり、今日の天気を見ていた。どうやら、今日も猛暑らしい。避暑地として有名な上御市――その高原の入り口付近に住んでいるのに、これはもう避暑地と呼ばないのではと薄々思ってしまう。


「あー、あつい……」


 俺のパソコンでエロゲをしているアーシェが、干からびた声で言う。見ている限り女神様でも、猛暑は弱いらしい。


「あっついよぉー、ねぇー夏奈実くん~~クーラー付けて―」


 あぁ……うっさい。俺だって暑いんだ。でもな、今日に限ってクーラーぶっ壊れているんだよ! まあ、まだアーシェにその事を伝えていないが……。

 いいタイミングだ、アーシェに壊れている事を伝えておこう。


「悪いがアーシェ、クーラーぶっ壊れているんだ……」


「――え? マジで?」


「うん、マジ。連絡したら、今日の昼に修理に来るって」


「それまで、この灼熱地獄を耐え抜くしかない……と?」


「うん。まあ、扇風機と窓開けているから少しは涼しいと思うけど」


 おまけに、家は土手の高い川の近くに住んでいる。そのおかげなのか、少しだけこの場所は涼しい環境なのだ。


「全然涼しくない! むしろ、暑さが増している気がするんだけど!」


「そうか? 近くに川があるから、少しは涼しくなっていると思うんだけどなぁ」


「川――? そういえば、ずっとザーザーうるさいと思っていたけど、近くに川が流れているんだね」


「うん。でもな、夜になるとうぜぇぐらいに虫が湧くけど」


「――今すぐ窓閉めて」


「大丈夫だよ。網戸にムシコネーゼ貼ってあるし、ワンプッシュモーマットも吹きかけたから虫は来ないよ。最悪、殺虫スプレーを撒けばいい話だし」


「――まあ、それがあるならいいわ」


 まあ、ムシコネーゼを貼っても、ワンプッシュモーマットをやっても、あまり効果ない事はアーシェに黙っておこう。窓閉めたら、確実にサウナ状態になる。それだけは、絶対阻止しなければ……(修理屋が来るまで)。


「あぁ……暑い。早くクーラー直してくれねえかな……?」


 なんて修理屋が遅い事を愚痴りながら、天気アプリを閉じてスマホゲームを開いた。

 このスマホゲームは、『MGO』と言う名前のコマンドカードRPGゲーム。世界で三千万ダウンロードを記録した基本無料で楽しめる。ざっくり説明すると、RPGゲームに類を見ない膨大なシナリオと個性豊かなキャラクターを集めて戦いに挑む――そんなゲームだ。

 無課金でも楽しめるゲーム――自分ではそう思っている。こういうネトゲは課金したら、人生負け組なんだよ……。ゲーム課金は金銭感覚マヒしてしまうからな。俺はこんなゲームで課金するよりは、趣味の物を大人買いした方がいい。

 まあ、それは俺の考えだから真に受けないようにしてね。


「あー、エロゲ飽きた……。夏奈実くん、何やっているの~~?」


 ひょっこりと俺のスマホを覗くアーシェ。もう、アーシェが急に現れる事に驚かなくなった。慣れ――と言ったらいいのだろう。

 彼女が俺の家に住み込んで、二週間が経った。エロゲを薦めてから、アーシェの自堕落さが目立ち始めるようになってきた。二週間前までは、お淑やかな口調{時折破天荒}だったのに、今はその面影は幻影のように消えつつある。ぱっちりと丸かった瞳は気だるそうに鋭くなり、艶やかな銀髪も今ではボサボサになっている。沙耶に仕立ててもらった可愛い服装も着る事自体が面倒くさくなったのか、俺のお古のTシャツだけしか着なくなった。もう、めんどくさがりに入る一歩手前まで来ているな……。

 二週間でこんなに自堕落女神様になってしまうのか……と、思わず溜息交じりに呆れてしまった。


「なーんもやってねぇ! すっこんでろ!」


 チラチラと覗きにくるアーシェに向かって、がちんと渾身の頭突きをお見舞いした。


「ふごおおおおおおっ!!!!」


 頭突きを喰らったアーシェは、鼻を抑えながら地面に転がりながら悶えていた。


「はなふぁ……ッ! 鼻がぁッ……!! め、女神様にけ、喧嘩売るなんていい度胸ねッ!」


「うるさい、いい加減勇者を探せよ。俺は絶対にならないからな」


「むぅぅっ……、二週間経てば篭絡すると思っていたのだが……。中々、しぶといではないか……」


「篭絡してたまるか、阿保」


「阿保とは何よ! この女神様に阿保なんて――」


「女神様と言う事を口にしている時点で、阿保だって言うんだ。このド阿保。パソコンに入っているエロゲでも遊んでいろよ」


「パソコンに入っているゲーム、全部クリアしちゃったよ?」


 はてなマークを頭に浮かび上がらせながら言うアーシェの言葉に、俺は思わずスマホをポトリと落としてしまった。


「――は? 今なんて言った?」


「だから全部クリアしたって言っているの。総プレイ三百時間で、全ゲームをトゥルーエンドまで終わらせたよ」


「……嘘? 二十本を入れ込んでいるけど、超大作レベルに匹敵する膨大なシナリオを三百時間で終わらせたの?」


「うん、四日ぐらい徹夜しちゃったけどね」


 ……えぇ、マジかよ。インストールしただけで全く手に付けていないゲームもあるのに、それもクリアしちゃったのおぉぉ……? 


「うげぇ……完全にエロゲ廃人だ。やりこみすぎだろ……」


「そうかな? 最初に遊んだゲーム以外、ストーリーが面白すぎて沼に嵌るぐらいに読んだら結果的に三百時間プレイしたんだよね」


(――そういえば、こいつの趣味って読書だよな。エロゲを読書感覚で読んでいたのか?)


 あぁ……納得、だからさっき飽きたっていたのか。そりゃ、一度クリアすれば飽きるもんなぁ……。

 仕方がない……これ以上、自堕落させないように敢えて言わなかった事をやらせよう。正直、これを始めたら完全な自堕落になってしまうけど……。


「全く……。アーシェ、『ファンタスティック冒険譚』というタイトルがデスクトップ画面にあるだろ?」


 それを聞いたアーシェは、すぐさまパソコンの前に戻り探し始めた。


「あったよー」


「それクリックして遊んでいな。ストーリー濃厚のRPGゲームだから、読書好きのお前でも楽しめるゲームだぞ」


「ふーん。RPGねぇ……、どれどれ――」


 興味そうに言って、クリックしてゲームを始めた。


(ふぅ……、これで少しはゲームで食いつくだろう。そういえば、修理業者いつになったら来るんだろう……?)


 陽炎に揺らぐ光景を窓から眺めながら、業者が来ていないか確認した。でも、入り口には業者っぽい車は止まっていなかった。まあ、もう少し待てば来るっていうし……。


「あぁ……暑い、暑い。ダメだ、熱さまシート貼ろう……あったっけなぁ?」


 とりあえず、一階のリビングに置いてある筈の熱さまシートを取りに向かう。

 一階に降り薄暗い廊下を通り抜け、リビングに着いて熱さまシートが入っている筈の引き出しを開けると、『八枚入りと書かれた熱さまシート』と書かれた箱があった。

 箱を揺らすと、がさがさと音が聞こえる。どうやら何か箱に入っているな。


(よかった……入っている)


 箱を開けると、そこにカラカラに干からびた熱さまシートが入っていた。なんでカラカラに干からびているんだ、と疑問に思った。多分、暑さのせいで干からびてしまったのか……と解釈して、カラカラになったシートを燃えるゴミに捨てた。


「――熱さまシート、買いに行こう」


 熱さまシートぐらいあった方がいいわな。この猛暑の中、熱さまシート無いと頭の血管が沸騰しそうだ。


(ドラッグストアに行こう。数分歩いて行ける距離だし、ついでに熱中症対策のタブレットでも買っておこう)


 二階の自室に戻り、財布とスマホをポケットに突っ込んだ。


「こんな猛暑の中、どこか出かけるの?」


 行動に気づいたアーシェは質問した。俺はその質問に「うん」と答えた。


「ひんやりシートを買いに行ってくる――よ……」


 アーシェの方に視点を向けると、瑞々しい白い肌が艶めかしく露出していた。


「ん、どうした? 顔真っ赤だよ?」


「あ、あ、あわわっ……!?」


 口をパクパクしながら、アーシェの今の姿を見つめる。痴女に目覚めたのか……、いや暑いから全裸になっているだけなのか……?


「ア、アーシェッ! な、なんで下着まで脱いでいるんだよ!」


「あぁ……、パンツとブラしていると蒸れちゃうんだよ。だから、脱いだ」


「ぬ、脱いだってストレートに言うな! 痴女に見えるぞ!」


「痴女……ねえ? 二週間エロゲ漬けしている身の意見だけど、ずっと恥ずかしいものばっかり行動を見ていたから、何だろう――もう恥ずかしい概念が消えたような気がするんだよねぇ……」


「それ、女としてどうよ……。とにかく、もうすぐ業者が来るんだからジャージだけでも来ていろよ!」


「へーい」


 アーシェは気怠い表情で返事すると、突然電話の着信音が響いた。


「何だ?」


 ぼりぼりと頭を掻きながら、勉強机の上にある子機の受話器を取った。


「はい、もしもし――」



 ………………………………………………。



「はい――わかりました」


 がちゃりと子機を充電スタンドに立てかけた。


「電話、誰だったの?」


「業者さんだ。修理明日になるって」


「え……嘘ッ!? じゃあ、今日はクーラー無しって事?」


「そうなるな。しかも今夜は熱帯夜になるから、寝る場所も変えないと駄目だな」


「うぅ……さらば、愛おしき部屋よ……」


「いや、ここ俺の部屋だから」


 アーシェの頭にぽんとチョップしながら、突っ込む。


「しっかし、どうしよう……? 流石にずっと俺の部屋に居ると熱中症になるなぁ……。パソコンを下に持っていけねぇし」


 ブツブツと今日の過ごし方に悩んでいた。これからドラックストアに行くけど、アーシェを家に置いてきぼりさせたら熱中症で倒れてしまうよな……。


(そういや、ドラックストアのクーポン券残っていたっけ? 『全品十パーセントオフ』のクーポン……)


 がさがさ、財布を漁ると二つあるお札入れの手前にそのクーポンが入っていた。


(あった。――ん、もう一つ入っているのは?)


 もう一つのクーポンを手に取る。『ネットカフェ一日半額! 同伴者一人までOK!』と書かれたクーポンだった。


「ネットカフェ……のクーポン。そういや、学校の帰りに一回寄ったんだよな。有効期限――ゲッ! 明後日まで……。まあ、行かないから――ん?」


 ネットカフェ……ネット環境がある。フリーWi-Fiも完備されているし、冷房もある……。よし、ネットカフェでネトゲやるか。


「アーシェ、出かけるぞ」


「えぇ、私今ゲームやっているの~~。これやっているから一人で行って」


 と、アーシェはさっき進めたゲームにどっぷりハマりながら行くのを拒んだ。


「あっそ。これから涼しい場所に行こうかと誘ったけど、嫌なら俺一人で行くわ」


「――涼しい場所? あ、待って夏奈実くん! 私も行きたいです!」


 少しだけ家を出る素振りを見せると、縋り付いてきた。


「え? 家でゲームしているんじゃねえの?」


「私は涼しい場所に行きたいの! もう暑すぎて、ゲームする気力なんて無いんです!」


「へぇー」と頷きながら、俺はアーシェを引きずりながらパソコン画面を見る。

 画面を見ると、ゲーム画面が映し出されている。これは、RPGモード――つまり、冒険している最中だった。アーシェの奴、何処まで進めているんだ?


「……なあ、アーシェ。最初から始めたよな?」


 アーシェに質問する。画面を見た瞬間、俺はある違和感を覚えた。その違和感……レベルがもう五〇まで上がっているのだ。ネットの攻略サイトで知ったのだが、このゲームのレベル上げは相当時間が掛かる。課金無課金でも、レベル五〇に達するまで最短で一週間かかるらしい。それをたった数十分で、易々突破しているのはおかしいのだ。


「うん。セーブデータが四つあったから空いている一つに入れて、最初から始めたよ」


「なんで、レベル五〇までいっているんだ?」


 恐る恐る、本題の質問をする。一体どんなカラクリが……?


「時を止めて、レベル五〇まで進めたよ」


 意味不明な回答が返ってきた。はぁ、と思わず声に出ていた。


「時を?」


「うん、時を止めた」


「え、時を?」


「うん、私以外の時間を止めてプレイしたの」



「なんで?」


「だって、そうしないとオンライン協力で弾かれるってネット攻略に書いてあったんだもん」


 ……色々ツッコミどころ満載だが、深追いするのは止めよう。正直熱中症になりかねない環境で、説明しても頭がボーっとして理解できないからだ。

 とりあえずキリのいい場所でセーブしてパソコンをシャットダウンし、外付けハードディスクを取り出して肩掛けリュックに入れ込む。


「あぁ……そう。それじゃ、出かけるか。着替え終えるまで廊下で待っているかな」


「うーっす」


 全裸で敬礼する。いい加減、恥じらいを持ち直せよ……。目の前に男がいるんだから。


「はぁ……アーシェに娯楽ばっかり教えていいのだろうか?」


 二週間前、エロゲ――もとい娯楽を教えた事に疑問を抱きながらアーシェを待つ。ネットカフェでアーシェにネトゲを教えるべきなのか……悩む。まあ、自堕落しなければいいか……。


「アーシェ、準備できたか?」


 こんこんとドアをノックして、アーシェの様子を確認する。


「ん、すぐ行く……」


 気怠そうな口ぶりで返事して、お古のアニメキャラクターが描かれたTシャツと、高校の時の青いジャージを身にまとった姿のアーシェが部屋から出てきた。


「よし、行くぞ」


「ん」


 それだけ返事して、俺とアーシェは蒸した部屋を出た。

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