第40話 許嫁と恋人(仮)

家に帰った後、茅秋に電話を掛けたが二、三回掛けても電話に出ることはなかった。


忙しいのかな……? そういえば今朝も元気なかったみたいだし、何かあったのだろうか。



それにしても、父さんの話とは一体何だったんだ? また政略結婚の話かな……



などと考えていると、呼び鈴が部屋に鳴り響いた。



「はーい!」



返事をし、玄関の方へ向かう。

こんな時間に一体誰だ?

扉を開くと、そこに立っていたのは長いブロンドヘアが特徴的な知らない制服を着た小柄な美少女だった。



「こんばんは。悠さん」



少女はおしとやかにカーテシーをして見せる。



「み、美冬ちゃん……! 何でここに……というか、こんな時間どうしたの!?」

「お恥ずかしい話、お父様と喧嘩をして家を飛び出したものの、宿泊する場所など何も考えておりませんでした。そこで、悠さんの所に御厄介になろうと思い付いたのです」

「そ、そうなんだ……。ま、まあ、立ち話もなんだし取り敢えず入って」

「はい! お邪魔します」




橘美冬──この少女こそ、父さんが勝手に決めた政略結婚の相手である。俺の二つ下で、中高一貫のお嬢様中学校に通っているらしい。

何度か話したことしかないのに彼女の方は何故か俺を慕ってくれている。最初は裏でもあるのではないかと疑ったが、彼女は驚くほど純粋……いや、世間知らずだった。



中に通すと彼女は部屋をぐるりと見渡し、



「えっと……荷物は何処に置けば良いでしょうか?」

「好きな場所に置いて良いよ。ソファとか座布団もないからベッドにでも腰掛けてて、俺はお茶入れるから」

「ありがとうございます」



キッチンに行き、電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。


……な、何で美冬ちゃんは俺の家を知っているんだ!? 父さんか母さんが教えたのかな……

てか、この状況って世間的に結構ヤバくないか……!?

何で俺は茅秋という心に決めた人がいるのに許嫁(仮)を家に上げて、しかも普通に泊めてあげようとしてるんだ!?

で、でも茅秋に許可を取ろうとも音信不通だしなぁ……。


などとスマホの発信履歴を見て考えていると、茅秋からの着信画面に切り替わる。



「もしもし!?」

『もしもし……悠くん? そんなに大きな声で、どうしたの?』

「いや、なかなか連絡取れないから心配したんだぞ?」

『あ、そうだよね……ごめんなさい。実は朝から具合が悪くて、今起きたら悠くんから着信履歴が沢山来てたから……』

「そうだったんだ……具合悪かったのに何度も電話してごめんな」

『ううん、いいの。心配してくれてありがと』



茅秋が嬉しそうに小さく笑う。

リビングで美冬ちゃんを待たせたまま茅秋との電話に夢中になっていると、



「悠さん……? あ、御電話中でしたか。では私がお茶入れますね」

「あ、ごめん」



なかなか戻って来ない俺の様子を見に来た美冬ちゃんはいつの間にか保温状態に切り替わっていたケトルを持ち上げ、予めティーパックを入れていたカップにお湯を注ぎ始める。

それを見て、通話中のまま反射的に返事をしてしまう。それを聞いた茅秋が、



『え、今の声誰? 悠くん家に居るんだよね?』

「え!? いや……その……」



どう説明するべきか言葉を詰まらせていると、



『悠くん、私のこと好きって言ったよね……?』



茅秋の今にも泣きそうな声が聞こえてくる。

このままだと俺は堂々と浮気をするクズ野郎ってことになってしまう!



「ち、茅秋! 違うんだ──!」

『行く』



俺の必死な言い訳を茅秋が短い言葉で遮る。



「 行くってどこに?」

『悠くんの家。今から行くから』

「え!? ちょ、ちょっと待っ──」



そう言いかけたところでツーツーと電話が切れた音が聞こえてくる。

う、嘘だろ……。てか茅秋、具合が悪いんじゃ……?


許嫁と幼馴染兼恋人(仮)が今からこの家で鉢合わせに……。俺の心臓、耐えられるかな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る