第15話 ドジっ娘


今日は部活を休み、急用で休んだ人の代理でバイトに入っている。

まあ、働いた分お金が貰えるのだから文句はない。


ガシャーーーン!!


客席の方から食器の割れる音がする。

片付けの手伝いをしに現場へ行くと、何度もお客様に頭を下げている少女がいた。

……確か、最近入った梅川雨奈(うめかわあまな)さんだ。

見たところ梅川さんはドリンクを制服のスカートに被って濡れていたので、すぐにフォローしに行く。



「お客様、大変申し訳ございませんでした。御召し物などは大丈夫でしたか?」


「まあ、大丈夫ですけど……」


「すぐに新しい物ををお持ちしますので少々お待ち下さい。……梅川さん、制服濡れてますからあとは俺に任せて後ろで着替えてきて下さい。」


「は、はい……すみません。」



なんというか……彼女はドジなのだ。この前なんか、違うテーブルに他のお客様の品をお持ちしていた。しかも4ヶ所あべこべに。

おかげでお客様に俺と三浦先輩が代わりに怒られる羽目になった。あの時は教育が行き届いてないと言われたが、俺も新人であることをカミングアウトしたくて仕方がなかった。




────────────────────


さっきのお客様に新しい料理をお届けしようとしたところで、着替えた梅川さんが「私がお届けしたいです!」と言ってきたが止めさせた。

理由は一つ……またぶちまけるに違いないからだ。



──その後も、彼女は頑張ってはいたが必ずどこかでケアレスミスをしており、ホールには俺と梅川さんしかいない今日、俺が頭を下げまくった。



ようやく勤務時間が終わり、休憩室に入るなり椅子に腰掛ける。



「あぁぁ……疲れた……」


「大丈夫? お疲れ様。」



今日は裏でデスクワークをしていた三浦先輩が心配そうに声を掛けてくれる。

あぁ……三浦先輩の声だけで癒される……



「お疲れ様です……。あ! 宮原さん、今日も沢山ご迷惑を……本当にすみません!」



後から来た梅川さんが部屋に入り、俺の存在を確認するなり深々と頭を下げた。



「別にいいよ。新人なんだから仕方ない。困った時は助け合わないとね。」


「宮原さんも一応新人じゃないですか……それなのに私は……」


「そう消極的になっちゃダメだよ? 今日したミスは忘れないで、次に生かせば良いんだから!」



三浦先輩もフォローしてくれる。先輩の言う通りである。俺も最初の一週間は死にたくなるほどミスし先輩に迷惑かけたものだ。しかし、そのミスのおかげで沢山学ぶことが出来た。



「はい……ありがとうございます。私、頑張ります!」


「うんうん! その調子!」



そう言って二人でガッツポーズをする。三浦先輩がいれば誰も挫折して辞めることはないな。




着替えて帰る準備をし、裏口から出ると先に帰ったと思っていた梅川さんが立っていた。



「あれ? まだ居たの?」


「あ、あの! これからお食事しませんか!? いっぱい迷惑かけたお詫びしたいんです!」


「え!?」



正直、早く帰って休みたいのだが……。まあ、同じ高校ではない彼女と親睦を深めるのも悪くないか。



「じゃ、じゃあ行こうか?」


「はい!」




こうして思いがけず食事をすることになった俺は彼女とバイト先の近くにある洋食屋に入った。

薄暗い照明で、壁に掛けられた絵が高級感のある雰囲気を演出している。

案内された席に座ると梅川さんはテーブルの上のメニューを俺に差し出す。



「何でも頼んで下さい!」


「いやいや、まだ給料出てないでしょ。自分の分は払うからさ。」



メニューを見たが、どの料理も学生には少し贅沢な料金だった。



「で、でも!」


「良いから良いから! それより早く頼もうぜ。腹減ったし。」


「はい……ありがとうございます。」




俺はビーフシチュー、梅川さんはオムライスを頼んだ。メインを注文すると必ず日替わりスープとサラダが付くらしい。

運ばれてきたスープとサラダを口にする前に彼女が口を開く。



「……改めて今日はありがとうございました。」


「どういたしまして。多少のミスなら俺とか三浦先輩が何とかするから。」


「優しいんですね……。」



彼女は俯いて呟く。右に流していた長い前髪が下がり、表情はよく見えなかった。

そしてお互いに次に出す言葉が見つからず、ただ皿にフォークやスプーンが当たる音だけが聞こえた。



「お待たせしました。ビーフシチューとオムライスです。」



店員が俺達の注文したメインを持ってきた。



「うわぁ! 美味しそう!」


「ホントだ。美味しそう。」



やっと沈黙が途絶えた……そういえば、同い年の女子と2人きりで食事は生まれて初めてだ。そのせいか、さっきから緊張して仕方がない。



「いただきます。」



彼女は御行儀良く、手を合わせた。

俺は外食の時は言わない派なので、心の中で感謝し、目の前のビーフシチューを口に運ぶ。



「これは美味いな!」


「こっちのオムライスも美味しいですよ! ほら、あーん……」



何気ない彼女のその行動に思わずドキドキしてしまった。

恥ずかしがって躊躇う俺を見て、自分が何をしているのかをようやく気付いたようだ。



「ごごご、ごめんなさい! 私、大胆なことを……」


「だ、大丈夫だよ…! 俺の食べる……?」



何言ってんだ俺ーーー!!?



「じゃ、じゃあ……」



目を瞑った梅川さんが頬を赤らめながら口を開く。

どうやらやるしかないようだ……


適当にビーフシチューをすくい、息で冷ます……そして彼女の口に入れた。

つい梅川さんの唇を凝視してしまう。



「うん、美味しい……ありがとうございます……」



彼女が顔を真っ赤にしているのを見て俺も意識してしまい、顔が熱くなった。


こうして俺達は再び沈黙してしまい、食事が終わるまで会話は全く無かった。




────────────────────


会計をし、外に出ると真っ暗で人通りも少なくなっていた。



「もう遅いし、送っていくよ。」


「え!? で、でも……なんか申し訳ないです。」


「気にしなくて良いよ。俺が送りたいだけだから。」


「分かりました……お願いします。」




彼女の家の場所は分からないので教えてもらいながら歩いた。



「今更だけど、こんな遅くまで出歩いて大丈夫だった? ご家族心配してるんじゃないか?」


「大丈夫です。父も母も忙しいのでほとんど家には居ないので。」


「そうだったんだ……」



まずいこと聞いたか……?

苦笑い笑いをする彼女を見てそう思った。



「あ、ここが私の家です。」



そこには灯りのない部屋の中が真っ暗な家があった。



「今日は楽しかったです! ありがとうございました。」


「俺も楽しかったよ。それじゃ……」


「あの!」



俺が放とうとした別れの挨拶を遮られる。



「宮原さんが良ければ……その……また一緒にお食事しませんか?」


「……もちろん! また誘ってよ。」


「ありがとうございます!!」



彼女は笑顔で礼を言って家の中へと入っていった。




ドジだけど慎ましやかで、育ちが良く、裏表のない梅川雨奈さん。

彼女は後に大変な事態を巻き起こす……

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