第38話 予定外過ぎる1日
大会は午前中から始まっているが、あまり早くに行っても眠くなってしまうので、敢えて正午に待ち合わせをした。
集合場所は駅前の広場にあるモニュメント時計付近。会場はここから電車で30分ほど掛かる。
場所の確認や夕食のときに茅秋と行きたい店を調べるために伝えていた時間よりかなり余裕を持って到着した。
大まかな計画を立て、時計を見ると待ち合わせの時間である12時を過ぎていた。別に急いでいるわけではないため、広場に来ていたケータリングカーでアイスコーヒーを買って待つことにした。
きっと、準備に手間取っているのだろう。
しかし、1時を過ぎても茅秋は来ないし、連絡もない。かなり時間を掛けて飲んでいたコーヒーも氷だけになってしまった。
流石に心配になり、電話をかける。
『……もしもし?』
「茅秋? 何かあったのか?」
『ごめんなさい。今日行けなくなっちゃった……。本当にごめんなさい』
「え……!? そ、そっか……まあ、急に誘った俺も悪いし、仕方ないよ」
『悠くんは悪くないの! ごめんなさい』
「いいよ。また誘うよ。それじゃあまた」
『うん……』
一体どうしたのだろうか。声にも覇気がなかったし……体調でも悪くなったか?
というかチケットどうしようかな……などと考えていると着信音が鳴った。画面を見ると澪からの電話だった。
『もしもし? お兄ちゃん?』
「澪、どうかしたか?」
『今どこにいるの? アパート行っても留守みたいだったから』
「今は駅の前の広場だ。人と夏コン観に行く約束をしていたんだけど色々あってちょうど今暇になったところだよ」
『夏コン!? 行きたい! 今から行くからそこで待ってて!』
「あ、ああ、分かった。けど、あんまり急がなくていいからな?」
『なに言ってんの! 一団体でも多く聴きたいから急ぐに決まってるじゃん!』
そして電話が切れる。
澪は吹奏楽が好きなのだ。本人曰く、吹奏楽はやるより聴く派らしい。まあ本当は体験入部で挫折し、演奏する側は諦めたのだが。
とにかく、澪のおかげでチケットが無駄にならずに済む。
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「はぁ…はぁ……お待たせ……!」
「走ってきたのか!? まったく……ほら」
彼女の頬を伝うハンカチで拭いてやる。
「よし、早く電車に乗っていくよ!」
「分かったから引っ張るなって!」
澪に手を引かれながら駅の中へと向かった。
その後もどんどん先に行ってしまう澪を追いかけ、あっという間に会場に着く。
会場内は空調はあまり効いておらず、涼しくない。気温の変化で楽器の音程が変わってしまうためである。
薄暗いホールの中に入ると、ちょうど今は休憩中らしく、ステージは暗転していて、静まり返っていた。
さっき入り口で配っていた丸い紙の団扇で扇ぎながら空いている席に座った。
「お兄ちゃん、それ貸して」
澪はそう言って、俺の返答を待たずに団扇を奪い扇ぎ始める。
そうだ、梅川さんにパンフレット頼まれてたんだっけ。
「俺、パンフレット買ってくるからここの席見ててくれ」
「うん。行ってらっしゃーい」
やれやれ……澪があまりにも急がせるから何も食べれなかったし、無駄に疲れたな。
パンフレットを買って戻ろうとしたところで後ろから声を掛けられる。
「……もしかして宮原か?」
振り返ると懐かしい顔がそこにあった。
「本郷! 久し振りだな!」
「やっぱり宮原だ! 久し振り!」
男っぽい喋り方の彼女は本郷凪。同じ中学の吹奏楽部で部長、副部長として共に切磋琢磨してきた旧友である。
「その格好……本郷は高校でも吹奏楽部に入ったのか」
「ああ。その言い方だと宮原は吹奏楽はもうやっていないのか?」
「残念ながらうちの高校には吹奏楽部が無いんだよ」
「そうだったのか……。あ、私達は休憩時間の後から五番目に演奏するんだ。本気で支部大会まで目指して練習してきたから期待しててくれ」
「分かった、楽しみにしてる。頑張れよ」
「そうだ! 高校入学祝いにスマホを買って貰ったんだ。良かったら連絡先を教えてくれないか?」
「ああ、良いよ」
自分の電話番号とメールアドレスが書かれた画面を本郷に見せる。
「……ありがとう! それじゃあまたな!」
「おう。またな」
本郷は手を振って関係者専用通路へ歩いていった。
相変わらず気さくで話しやすいやつだったな。
ホールに戻ると休憩終了と同時に次の演奏開始を告げるブザーが鳴り響いた。
「遅かったね? 何してたの?」
「中学の友達に会ったんだ」
「ふーん……あ、何あの楽器!? 初めて見た!」
「しーっ! 静かにしろ」
ステージに次々と現れる楽器を持った出場者達に興奮する澪。しかし、演奏が始まると曲調に合わせて表情を変化させながら静かに聴いていた。
かなり予定とは違う1日になってしまったし、茅秋と出掛けることが出来なくて残念だったが、たまには妹と出掛けるのも楽しいと感じた。
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