第39話 澪の好きな人
コンクールを最後まで観て、どの学校のあの曲が良かったなどの感想を澪と話ながら、本当なら茅秋と夕食を食べに来るはずだった手頃な値段で本格イタリアンが食べることが出来る店へ向かった。
目的地に到着し、中に入ると窓際の席に案内された。それほど悩むことはなく、二人で同じものを注文をする。
「澪、何で俺の顔を見てニコニコしてるんだ? 何か付いてるのか?」
「ううん。お兄ちゃんとこうやってデートが出来て嬉しいなぁって」
幸せそうな笑顔を向ける。澪は小さい頃から変わらず懐いてくれている。しかし今時、中学生カップルも結構いるというのに澪の口から恋愛の話を聞いたことがない。普通、年頃の女の子は兄のことをうざがったり、好きな男の子と遊びに行ったりするものではないのだろうか。
「澪は好きな人とかいないのか?」
途端、澪から笑顔が消える。
「……なんでそんなこと訊くの?」
「い、いや……澪からあまりそういう話聞かないからさ」
「……いる」
俺にしか聞こえないくらいの声量で答える。
そっか……澪にも好きな人がいるのか。少し安心したような、でも少し寂しいような。
「どんな人なんだ?」
「超鈍感で、絶賛浮気中……でも凄く優しい」
「浮気!? そんなやつが好きなのか?」
「まあ、私の片思いだし」
「そうか……告白はしないのか?」
「しないよ……だってそんなの許されないもん」
許されない? そいつには彼女がいるからか?
澪……なんでそんなクズを……!?
「もうこの話終わり! あ、頼んだの来たよ!」
澪が話を無理矢理終わらせる。しかし食事中、澪が好きな男のことが気になってずっと上の空だった。
すると、自分の世界に入り切っていた俺を呼び戻すように横から誰かが話し掛けてくる。
「悠!!」
「え? あ、なんだ、涼か」
「なんだってなんだよ」
そこにはドリンクバーのグラスを持っている涼がいた。周りを見ると俺達の二つ隣の席に滝野が座っている。そういえば、この二人は結局付き合い始めたのだった。ということはデートの途中だろうか。
涼は俺の向かいに座る澪を二度見して、まる聞こえの小声で、
「お、お前! その可愛い子誰だよ!? 白鳥さんがいるのに浮気してんのか!?」
「馬鹿か。そいつは俺の妹だ」
「初めまして。宮原澪です。いつも兄がお世話になってます」
澪は涼の方へ身体を向け、お辞儀をする。そんな様子を見て涼は「ど、どうも……」と困惑した表情で会釈する。
まあ、俺が涼の世話をしているようなものなのだが……
涼が去った後、澪が嬉々とした表情で、
「私達ってやっぱり恋人同士に見えるのかな!?」
「みたいだな。顔もあんまり似てないし、歳もほとんど変わらないし」
「だよね~♪ うふふ!」
澪は楽しそうに目の前のコーヒーをマドラーでかき混ぜる。
ホント可愛いな! こんな可愛い妹を惑わすクズ男の顔がますます見てみたいな!!
帰り際、滝野達に別れを告げて店を出る。
もうすっかり遅くなっていたので澪を家まで送ることにした。そこまで時間は空いていないが、実家に行くのは一人暮らしを始めてから初めてだ。
相変わらず悪目立ちしている家を囲むコンクリート塀が見えると、門の前に母さんが立っていた。
澪が「あ、お母さーん!」と陽気に手を振って駆け寄ると母さんは、
「澪!! こんな遅くまでどこに行ってたの!? 連絡もしないで……」
「ごめんなさい。お兄ちゃんと一緒だったから大丈夫かと思って」
そう言いながら後から来た俺の方を振り返る。
「悠! なんだか凄く久し振りに感じるわね……。帰ってくるなら事前に連絡くれれば良いのに」
「いや、俺は澪を送りに来ただけだから」
すると、開かれた玄関扉の方から野太い声が聞こえてくる。
「澪が帰ってきたのか?」
姿を見せたのは俺達の父親、そして険悪な関係のまま別れた宮原賢吾だった。
「父さん、久し振り」
「……悠、丁度良い。お前に話がある」
久々の息子との再会だというのに父さんは顔色一つ変えずにそう言った。
俺が物心ついてから父さんの笑っている顔は見たことがない。というよりかは、表情を変えている所さえも見た記憶がない。しかし、家族というのは恐ろしいもので、ずっと一緒にいたためか、表情が変わらずとも感情が読み取れてしまう。そして今、父さんは怒っている。
以前までの俺ならば怯んでいたが、今は違う。
「父さん、俺も話しておきたいことがあるんだ。でも、今日は遅いから日を改めない?」
「別に良いが俺は忙しい。盆の間にしろ」
「うん、ありがとう」
父さんは何も言わずに家の中に戻っていった。
「母さん、また来るよ」
「分かった、今度は連絡してから来なさいよ」
「うん。澪もまたな」
「またね!」
母さんと澪に別れを告げて、アパートへ帰る。
父さんからの話は分からないけど、俺から話すのは茅秋とのお付き合いを認めてもらうことだけ。
そうだ、茅秋にも連絡しておかないと……!
そう思い立ち、茅秋に電話をかけた。
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