最終話 愛してる

すっかり残暑と呼ばれる夏の暑さは感じられなくなり、吹き付ける風が冷たくなってきた。季節は秋だが都会にいるせいか、風景からは秋らしさを感じることは出来ない。


俺は高校を卒業し、医用工学を学ぶために都内の私立大に進学。そのため都内のアパートを借り、すっかり住み慣れたあの町を離れた。

先生の思い付きで始まったボランティア部は唯一の後輩部員である宮原澪──そう俺の妹だけになってしまったため、廃部になるらしい。

高校生になってもブラコンだった澪は俺が上京すると言ったときから、いざ上京するときまで駄々をこね続け、時に泣かれた。上京し、数ヶ月経った今も「ちゃんとご飯食べてる?」とか「夜更かしし過ぎちゃダメだよ?」などというメッセージを送ってくる。俺の母親以上に母親染みてる。

まあ、そういうところが可愛くて、兄としては嬉しいことこの上ないのだが、やはりいつまでも大人になっても妹に世話を焼かれ続けるのはお互いに良くないため、これを機会に兄離れして貰いたい。




ところで元ボランティア部のそれぞれの進路だが……

高校で出来た俺の唯一の親友である涼は獣医になりたいと高二の時に突然俺に打ち明けた。それからの涼はそれはもう凄かった。高一の間、勉強しているところなんて見たことがなかったというのに、いつ何時でも参考書を片手に寸暇を惜しんで勉強に勤しんでいた。そのお陰もあり、無事に志望していた専門学校に合格できたみたいだ。

次に滝野。滝野は英語が好きで、もっとネイティブに話せるようになりたくなったらしく、大学進学後、早々にアメリカへ留学してしまった。なんでも翻訳家になりたいんだとか。

因みにこの二人は今も付き合っているようで、涼が時々、「寂しい」だの「会いたい」などと滝野に直接言えば良いことを態々俺に言ってきて正直ウザい。

次に伊深さんだが、彼女は一年生の前半まで虐めを受けていたということもあってか、カウンセラーを志した。現在は地元から通える大学に通っている。

次は夏恋。聞いて驚く勿れ、彼女は女優の卵なのだ。とは言ってもまだ夢の段階で、現在は養成所で必死にレッスンを受けているようだ。俺達は振った振られたの関係ではあるが、今も良き友として、たまに 茅秋を交えて食事をしている。

そう、そして茅秋だが……



「悠くん、忘れ物ない?」


「大丈夫、ちゃんと確認したよ」



エプロン姿で玄関まで大学へと出掛ける俺を見送りに来た茅秋。彼女というよりも新妻感の方が大きい。

実は俺と茅秋は今同じアパートの一室で暮らしている。俗に言う、同棲だ。

無論、互いの親の了承は得ているので何も疚しいことなど無い。

茅秋は俺が東京の大学に行きたいと言ったら、もう二度と離ればなれになりたくないと言い、自分の進路を変えてまで俺に着いてきてくれた。本人曰く、学校の先生になるために教育学部にさえ入れれば何処でも良いとのことだった。

通っている大学は違うが比較的近いため、授業開始時間が同じくらいの日は一緒に家を出ている。今日は講義が俺は一限から、茅秋は四限からであるためこうして茅秋がエプロン姿で玄関までお見送りしてくれているというわけだ。



「それじゃ、いってきます、茅秋」


「いってらっしゃい、悠くん」



すっかり日課になってしまった、出掛ける前のキス。茅秋が立案し、今まで一日だって欠かしたことがない。最初はめちゃくちゃ恥ずかしくて、照れてお互いに顔が見れなくなったが流石に半年間も続けると慣れてしまうものだ。それでもキスした後は幸せな気持ちでいっぱいになる。


茅秋に手を振って、玄関を出た。

大学へ直行できるバスを少し歩いたところにあるバス停で待つ。いつもは参考書などを開いて予習復習をするのだが、今日は違う。スマホにメモした、帰りに買うもののリストを見る。



「……よし、書き忘れはなさそうだ」



今日は特別な日なんだ。絶対に買い忘れをしないようにしないと。



講義がこんなにも長く感じたのは恐らく初めてだ。何度、茅秋から貰った腕時計の針を確認したか分からない。

ようやく一日の講義が終わり、俺は急いで街中の百貨店へと向かった。リストにメモしたものを一切の漏れなく買い、急いで帰路につく。

茅秋は最後の講義まであるので俺より三時間ほど遅れて帰ってくるはず。俺は家に着くなり、台所で料理を作り始める。今日は御馳走なので少し時間が掛かる。茅秋が帰ってくるまでに間に合わせなければ。

一品、もう一品と、作っていき、テーブルの上には沢山の御馳走が並んだ。とても二人で食べきれる量ではないが、食べきれなかった分はタッパーにとっておけば良い。こういうのは見映えが大切なのだ。二人で食べきれる量だけだといまいちインパクトに欠ける。


あっという間に三時間が経ち、ガチャンっと玄関の鍵が開く音が聞こえた。茅秋が帰って来たみたいだ。



「お帰り、茅秋」


「ただいまー。すぐご飯作るね……ってあれ、良い匂い? 悠くん、作ってくれたの?」


「はぁ? 何言ってんだ……先週この日は俺が作るからって言ったじゃないか」


「あ……そっか! 今日、私誕生日か!」



手のひらを拳でぽんっと叩いて、今思い出したかのように言う。



「ホントに忘れてたのか?」


「えへへ……お恥ずかしい。今日の献立のことで頭がいっぱいだった……」


「やれやれ。もう出来るから主役は手洗いとうがいして席についてて」


「はーい!」



茅秋が戻って席に着いたと同時に最後の一品をテーブルに置いた。

シーザーサラダ、カルパッチョ、ラザニア、コーンポタージュ等々、全部で八種類ほど作った。



「すごーい! 全部悠くんが作ったの!?」


「そうだよ。しかも全部澪のお墨付きだから美味しいはずだ」



これらの料理は高校生活三年間で、一人暮らしをしている俺に全て澪が一から俺に教えてくれた。教えて貰った料理の数はこんなものではないのだが、バランスなども考えて今日はこれだけ。妹のお陰ですっかり料理上手になってしまった。普段は茅秋が作りたいというので甘えているが、男の俺だって本気を出せばこんなものだ。



二人でいただきますと言ってから食べ始める。茅秋はどれを食べても本当に美味しそうな笑顔で食べてくれるので嬉しい。中でも茅秋が気に入ったのは、俺の一番の自信作であるローストビーフみたいだ。レモンをベースにした酸味のあるさっぱりしたソースを作ったため食べやすかったらしく、気付いたら俺の分がなくなっていた……まあ、茅秋のために作ったから良いのだが。

やはり二人では量が多くて食べきれなかったので生物や汁物以外はタッパーに入れて、明日の弁当に入れることにした。



……そして、誕生日の食後といえばバースデーケーキだ。

百貨店で買って、冷蔵庫に入れていたケーキを取り出し、蝋燭をケーキに四本刺して、着火する。



「茅秋、改めて誕生日おめでとう」



テーブルでテレビを観ていた茅秋の前にケーキを置いた。



「わぁ……凄い綺麗なケーキだね……!」



買ってきたのは、真っ白な生クリームでコーティングされたスポンジケーキの上に多種多様なフルーツと真ん中に三つの薔薇の花を象ったピンク色のチョコレートが乗ったケーキだ。年に一度、それも愛する茅秋のためだからとかなり奮発してしまった。



「それともう一つ」


「え、まだ何かあるの?」



俺はケーキを用意するタイミングでズボンのポケットに忍ばせていた小箱を取り出して、茅秋の前に片膝を着く。そして深呼吸してから小箱を開けた。



「えっ……!!」



中身を見て、驚いた茅秋は両手で口を塞いで固まってしまった。

それでも俺は、何度も脳内でシミュレーションしたシナリオ通りに続ける。



「茅秋、俺と結婚して下さい」



そう、俺が今持っているのはシルバーリングに小さいダイヤモンドが埋め込まれた婚約指輪。茅秋と付き合い始めてからアルバイトでコツコツ貯めてきたお金で買ったのだ。正直、学生給では厳しかったので、ダブルバイトや心配性な茅秋や澪に内緒で一食抜いたり、もやし生活をした時期もあった。

それでも、茅秋のためだと自分に言い聞かせて頑張ることが出来た。



「今はお互い学生だから籍は入れない。でも形として、ちゃんと残して置きたいから」



茅秋は口を塞いだまま、指輪をじっと見つめているだけだったが、次第にその目からは涙が溢れ出した。



「嬉しい……。許嫁になって、いつか必ず結婚するって分かっててもプロポーズってこんなに嬉しいんだね……」



茅秋は涙をティッシュで吹いて、椅子から立った。

そして左手を差し出して、



「悠くん、指にはめて?」



笑顔でそう言った。俺も立ち上がり、小箱から指輪を取って茅秋の指にそっと通した。茅秋の薬指にぴったりとはまった指輪は一層輝きが増したように感じた。



「凄い……綺麗……」


「よく似合ってるよ」



自分の薬指で光輝くものを見て茅秋はうっとりと眺めた。



「悠くん、素敵な贈り物をありがとう」


「どういたしまして」



俺達は目を合わせ、近づき、次第に触れ合った。きっとお互い同じことを考えている。だから、いちいち確認なんてする必要はない。

俺達はゆっくりと唇を重ね合わせた。



「「 愛してるよ 」」

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いいなずけ!? ~8年振りに幼馴染と再会しました~ 五十嵐バスク @ib_bscl_ngz

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