第53話 サプライズプレゼント

八月もいよいよ最終日。この一ヶ月、色々な事があったというのにあっという間に終わってしまったという感覚だ。しかし、今日は俺にとって八月の中でも少し特別な日である。



『もしもし、お兄ちゃん? 誕生日おめでとう!』



朝一に電話を掛けてきてくれたのは妹の澪。

そう、今日は俺の誕生日なのだ。何故この歳にもなって自分の誕生日を楽しみにしているかというと、今晩澪がうちに来て御馳走してくれると言ってくれたからだ。特に最近は、バイト先のファミレスで一番安くて満腹になる定食セットやコンビニ食が多かったため手作りが恋しかった。

今日は休日で学校はない。まあ誰にも俺の誕生日を教えてはいないので祝われることはないとは分かっていても少し寂しい。ただ、茅秋だけは違う。彼女のことだ、きっと昔教えた俺の誕生日を覚えていてくれているに違いない。

などと考えていると、まるで見計らったかのようなタイミングで茅秋からの着信を知らせる音が部屋に鳴り響いた。ここのところ、茅秋はずっと忙しそうにしているため恐らくお祝いの言葉だけだろうが、それだけでも十分に嬉しい。浮かれながら通話ボタンをタップする。



「もしもし?」


『もしもし、悠くんお誕生日おめでとう!』



元気な茅秋の声に安心しながら、思っていた通り茅秋が俺の誕生日を覚えていたことに嬉しさが込み上げてきた。



「有難う。やっぱり覚えていてくれてたんだな」


『当たり前だよ。大好きな人の誕生日を忘れる訳ないでしょ?』


「確かにそうだな。俺も茅秋の誕生日はしっかりと覚えてるよ」


『ね? ……悠くん今から会えないかな?』


「もちろんいいよ。どこで待ち合わせする?」


『良かった! 悠くんの部屋行って良い?』


「大丈夫。それじゃあ待ってるな」


『うん! すぐに行くね!』



茅秋はそれだけ言い残し、そそっかしく電話を切った。

茅秋に会える! とすっかり舞い上がった俺はバタバタと部屋の掃除を始めた。掃除とは言っても散らかるほどの物はうちには無い。ローテーブルの上で開きっぱなしの参考書とノートを閉じて机の棚に戻して、軽く掃除機を走らせた。


もてなすためのアイスティーの用意をしていると呼び鈴が鳴った。

玄関の扉を開くと淡い水色のワンピースに身を包んだ茅秋が立っていた。



「ごめんね、急に」


「気にすることないよ、茅秋ならいつでもウェルカムだ。さ、暑いし中入って」


「お邪魔します」



ローテーブルの前に座った茅秋に用意していたアイスティーを置いて、俺も向かい側に腰を下ろした。



「早速だけど……はい」



そう言って茅秋は鞄から拳大のラッピングの施された箱を出して俺に渡した。



「改めて誕生日おめでとう。気に入ってくれるかは分からないけどプレゼントだよ」


「え!? ……ありがとう、嬉しいよ。開けていい?」


「うん、開けてみて欲しいな」



俺は箱の包装を丁寧に剥がす。包装から姿を現した黒い箱も開けると、中には銀に輝く腕時計が入っていた。別に詳しい訳ではないがメーカー名を見るからに高校生が貰えるお小遣いで買えるような代物ではないことだけは分かる。



「通りかかったお店で偶然見たときに、悠くんのお誕生日の贈り物は絶対これだ! って思ったの」


「そっか……うん、ありがとう嬉しいよ。でもこれ相当高かったんじゃないか?」


「えへへ……実はね、貯金だけじゃあ買えなかったから少し離れたところにある喫茶店で短期のアルバイトしてたの。慣れないことばかり大変だったけど、悠くんのためだから頑張れた!」



それを聞いて全てが繋がった。毎日のように早く帰っていたのも、指に絆創膏をしていたのも、勤勉なのに授業中に寝落ちてしまっていたのも……全部、全部俺へのサプライズプレゼントのためだったんだ。

それを考えた途端、口では言い表せない何かで胸がいっぱいになり、俺の目から涙が溢れ出た。



「えっ、え!? 悠くんどうしたの!?」



突然泣き出した俺に、茅秋は困惑しながらも横に来て、ハンカチで涙を拭いてくれた。



「ごめん……嬉しすぎて」


「そんなに喜んでくれるなんて思わなかったよ」



茅秋は照れたように笑った。

正直に言えば、プレゼントなんて無くても良かった。俺にとって茅秋の笑顔だけで十分だったのこんな最高の贈り物……ずるい。



「やっぱり時計にして正解だったかな?」


「うん、腕時計も嬉しいけど、何よりも茅秋が俺のために頑張って働いて買ってくれたっていうことが一番嬉しいんだ」



俺は箱から腕時計を取り出し、左腕に着けた。



「どうかな……似合ってる?」


「うん!! とっても素敵!」



茅秋が拍手して絶賛してくれたので姿見の前に立って自分の姿を確認する。

しかし、そこにはまるで父親の腕時計を勝手に身に着けて気取っている生意気な子供が写っているだけだった。腕時計が俺に似合っていないのではない。俺が腕時計に似合っていないのだ。

俺は腕時計を外し、箱に戻して、時計が動いているのがよく見えるよう斜めにして机に飾った。



「え……着けてくれないの? やっぱり気に入らなかった?」



茅秋が不安そうに聞いてきたが俺はすぐに首を横に振った。



「違うよ。折角のプレゼントをすぐに壊したら嫌だしさ……それに俺にはまだちょっと大人っぽ過ぎるかなって」


「そうかな……?」


「うん。だからさ、俺がこの時計に相応しい大人になるまでは少しの間大切にここに飾ることにするよ」


「そっか……分かった! じゃあそれまで悠くんから目を離さないようにしないと!」



そう言って茅秋は胸の前で小さくガッツポーズをする。



「なんで?」


「だってきっと、ちょっと目を離したら悠くんはすぐに大人になっちゃうと思うから」


「そんなことないだろ」


「そんなことあるよ。春までは私の中で悠くんはまだ小さい頃のままだったのに、信じられないくらい大人になってて、カッコよくなってたんだもん」



なるほど、確かに俺の中の茅秋もまだ小さい頃の姿の印象が大きい。だからこそ久し振りに会った茅秋のあまりの成長ぶりに、彼女だと気付かなかったし、気付いたときは凄く驚いた。



「ねぇ、悠くん?」


「うおっ!?」



ぼーっとしていると気付いたら茅秋の顔がすぐ目の前にあった。

驚いた俺を見て、小さく笑う。



「抱き着いて良い?」


「断るなんて選択肢は無いんだろ?」


「うん!」



そう言って俺の胸に飛び込んでくる。冷房はなく、扇風機だけだからお互い少し汗ばんでいる。しかし、そんなことはスキンシップしない理由にはならない。この部屋が幸せな空気に包まれた気がした。そこで俺は俺達の関係を決定付けるあの言葉を言わずにはいられなかった。



「茅秋、ちょっと離れて?」


「うん……どうしたの?」


「大事な話がある」



ニコニコと微笑んでいた茅秋は俺のこの言葉を聞いて、すんと真剣な顔になって、正座した。



「茅秋にはちゃんとしたデートでって言われたけど、ごめん。我慢できない。男として、はっきりさせたいんだ」


「……うん、いいよ」



茅秋も勘づいたらしく、笑顔で頷いた。

断られることはない、そう分かってはいても緊張する。茅秋に向かい合う形で俺も正座をし、大きく一回深呼吸してから口を開いた。



「俺と付き合って下さい」



茅秋は膝上で固く握られた俺の拳を優しく両手で包んで答えた。



「宜しくお願いします」

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