第52話 さよならの手紙
あれから何度かボランティア部の皆で放課後に遊びに行ったのだが、その度に茅秋は色々な理由をつけて早々に帰っていた。
茅秋の親友、滝野に茅秋が何をしているのかをバレないように聞いて貰ったが、頑なに言わなかったらしい。
茅秋とは学校で会うだけで、会話はほとんど寝る前に五分程度話すだけ。その理由は……
「おーい、茅秋。次、移動教室だから起きろー」
「……うーん。すぐ行くぅ……」
とまあ、こんな感じで休み時間の度に机に突っ伏して居眠りしているからだ。
余程疲れているらしく、授業中にも居眠りしてしまうほどだ。先生達もあの真面目な白鳥が!? と二度見して驚いている。
「ねえ、悠」
化学実験室で隣の席に座っている夏恋が小声で話しかけてきた。
「私、今日の放課後に茅秋がいつも何処に行っているのか尾行しようと思うんだけど一緒に行かない?」
尾行か……なるほど良いかもしれない。でも茅秋が頑なに言いたがらないことを黙って調べ上げようとするのは後ろめたいな。
「いや、俺はやめとくよ。茅秋が言いたがらないことを勝手に探るのは茅秋を裏切るような感じがして嫌だしさ」
「そっか……そうだよね。やっぱ私も行くのやめようかな! 友達のことは信じないとね!」
「いや、夏恋には尾行して欲しいんだ」
「……え? な、なんで?」
予想外の俺の返答に戸惑いを隠せない夏恋。
「茅秋が何か良くないことに巻き込まれてたら大変だしさ。あ、俺には教えなくてくれなく良いから様子を見てやってくれ」
「あ、そういうことね! 分かった。私に任せておいて!」
「うん。頼りにしてるよ」
そう言うと急に夏恋はしおらしくなり、頬を赤らめてコクコクと頷いた。
女の子ってよく分かんないな……。
家に帰るとポストに何か手紙が入っていた。差出人は書かれておらず、綺麗な字で『宮原 悠 様』とだけ書かれていた。
「……誰だ?」
家の中に入って、諸々の雑務をして、一息ついてからもう一度手紙を手に取る。
封筒の中には便箋がニ枚とラミネートされた手作りの栞が入っていた。栞には水色の厚紙と四葉のクローバーが挟まれていた。
『悠さんへ
この前のお祭りでは私の我儘を聞いていただき有難うございました。
茅秋さんのこと、本当に申し訳ございません。私が自分を抑制できずに、勝手な行動をしたあまり、お二人に悪い事をしてしまいました。あの時、もう少し私が大人だったらと後悔しています。
悠さんとの別れがあのような形にになってしまったのはとても残念です。』
間違いない。手紙の送り主は美冬ちゃんだ。美冬ちゃんとは、祭りのとき以来一度も会ってもいないし、話してもいない。ただ、彼女とは何の言葉も交わさずに、俺が突き放すような形で立ち去ってしまったので気になっていた。
手紙は次のように続いていた。
『 悠さんはお見合いの時のこと覚えていますか? 私は今でも鮮明に覚えています。一ヶ月ほど前に突然、お父様にお見合いをしてもらうなどと言われ、とても困惑しました。まだ結婚できる歳でもないというのにあまりにも早すぎる。好きな人と結婚したいのに。そう思っていた私にとって、最悪な話でした。そこで私は決めたのです。あえて印象悪く接して、相手方から断って貰おうと。
しかし、いざお見合い当日になると、人見知りということもあり、とても緊張して作戦通りにはいきませんでした。お見合いが終わった後、裏庭で気を紛らわすために四つ葉のクローバーを探していました。その時、私のすぐ隣に悠さんがしゃがみこみ、こう言いました。
「ごめんな、お見合いはうちの父さんが言い出したんだ。女の子なんだから好きな人とお付き合いしたいよな」
と。その後、あっという間に四つ葉のクローバーを見つけ、私に差し出して、
「もし嫌だったら気にせず、断って良いよ。誰にでも幸せになる権利はあるし、その幸せは自分自身で選ぶものなんだから」
と仰いました。その言葉で私の心は奪われました。
お見合いが終わった後、お父様に悠さんはどんな方なのか、何が好きなのか、どんな女性が好みなのかを色々聞きました。もうあの人しか好きになることは出来ないだろう、そう思ったのです。
いつしか悠さんはこう訊いてきましたね。「どうして俺のことが好きになったのか」と。そのとき私は一目惚れだと言いましたが、あれは嘘です。私は一目惚れをするほどチョロくはありません。あの日あの時、悠さんの言葉に私の心が掴まれたからです。悠さんには私の心を掴んだ責任を取って欲しかったのですが、悠さんの心にはずっと茅秋さんがいたんでしょうね。きっと、私とお見合いするよりずっと前から。』
……そうだったのか。
確かに俺はあの時、美冬ちゃんにそう言った。その時は俺自身も無理矢理に縁談を持ち掛けられて凄く沈んでいた。でも、それ以上に俺の父さんの勝手な考えで、相手の子の幸せを奪ってしまうのではないか。その申し訳ない気持ちの方が圧倒的に大きかった。
というか、ずっと茅秋を想い続けてる俺に、他の子なんて幸せに出来る自信もなかったため、やんわりと断るために投げ掛けた台詞のつもりだったのだが……。
『 私は怖いです。悠さん以上に素敵な方に会えるのか、悠さんを諦めきれるのか。でも、考えていても仕方ないことは分かっています。それに、悠さんの幸せを何より優先したいですから。月日を重ねて少しずつ現実を受け入れていこうと思います。
お別れする最後に大好きな悠さんと二人っきりで花火を見れたことは永遠に私の心の宝です。ありがとうございました。悠さんも記憶の片隅で良いですから忘れないで頂けると嬉しいです。
長々とごめんなさい。どうか茅秋さんとずっとお幸せに。 橘 美冬より』
最後の方の文字はインクが滲んで読みにくかった。きっと涙を流しながら書いたのだろう。
美冬ちゃんが電話ではなく手紙に記した理由は分からない。でも俺もお別れの言葉を今すぐに手紙で返さなくてはならない気がした。
ノートを綺麗に破り取り、茶封筒を引っ張り出して、ペンで俺の正直な気持ちを綴った。謝罪、感謝、そして別れの言葉を包み隠すことなく。
コンビニで切手を買って、手紙をポストに投函した帰り道、スマホが鳴っていることに気付く。
『……もしもし? 悠くん?』
「茅秋! こんばんは。どうした?」
声の主は茅秋。どうしてか俺は、いつも以上に茅秋からの着信に気持ちが舞い上がっていた。
『ううん。悠くんの声が聞きたかっただけ。……なんかご機嫌だね?』
「茅秋との電話が嬉しくてさ」
『ふふっ! 学校でも話したし、電話は毎日のようにしてるじゃない』
「それでもなんだか嬉しくてさ。茅秋、好きだ!」
『えぇ!? わ、私も大好きです……。な、なんか悠くんがおかしくなってる!』
俺は茅秋と掴んだこの幸せな現実を当たり前と思わず、ずっと大切にしたいと思った。
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