第51話 茅秋の様子

八月末。夏休みも終わり、久し振りの制服に若干の心地悪さを覚えながら登校する。

茅秋とは祭りで会ったきり、一度も顔を合わせていない。もちろんメールや電話では毎日のように話していたのだが。


あくびをしながら下駄箱で上履きに履き替えていると、懐かしく感じてしまう声が聞こえた。



「おはよう、悠!」


「あぁ、おはよ……う!?」



そこに立っていたのは夏恋。しかし、俺が驚いた理由はそこじゃない。

夏休み前には春から伸ばされ、肩にかかる程の長さになっていた髪が春よりも首元が見えてしまうほど短くされていた。夏恋は可愛いので男に間違われることはないだろうが。



「髪、切っちゃったのか……?」


「そうなの! 似合う?」



短い髪を撫でながら、満面の笑みで聞いてくる夏恋に思わずドキッとしてしまった。



「あ、今ドキッとしたでしょ?」


「えっ!?」


「図星だ! どう? 好きになりそう?」



ぐいぐいと距離を詰めてくる夏恋にたじろいでると、



「ちょっと夏恋ちゃん! 私の悠くんにちょっかいかけないでよ!」 



茅秋が全力で走ってきて俺たちの間に割って入り、俺のことを守るように夏恋に立ちはだかった。



「茅秋……分かってるわよ、ちょっとからかっただけ。今更あんた達の関係に水を差したりしないわ」



ほっと安堵の息を吐く茅秋。それを見た夏恋は不敵な笑みを浮かべてから俺たちだけに聞こえるように、



「私はいつでも乗り換えオッケーだからね?」


「夏恋ちゃん!!」


「なんてね。それじゃ、お先に~」



そう言って笑いながら手を振り、去っていった。



「もう夏恋ちゃんったら……」


「なんか雰囲気変わったな、あいつ」


「そっか、悠くんは夏恋ちゃんが髪切ったの始めて見たんだよね」


「え? いつから切ってたの?」


「悠くんが夏恋ちゃんをフってからだよ」


「あぁ、そういうことか……」



なるほど、漫画やドラマとかでよく見るフラれたからイメチェンして気持ちを切り替えるやつか……。茅秋ほどではないが夏恋もだいぶ前から俺に好意を寄せてくれていたみたいだから彼女からの告白を断るときはかなり心が痛んだ。



「夏恋ちゃんとはこれからも友達として仲良くしてあげてね?」


「もちろん、分かってる」



折角仲良くなったのにこれがきっかけで疎遠になるなんて俺も嫌だしな。



茅秋が上靴に履き替えるの待っていると、あることに気が付いた。徐に茅秋の手首を掴み、彼女の手を見る。



「茅秋、この絆創膏の数……どうしたんだ?」


「えっと、その、料理で失敗しちゃって……」



茅秋は困ったように笑って絆創膏だらけの自分の手撫でた。


でも茅秋ってそんなに料理が下手だったか?


夏休み中、茅秋とは電話やメールで色んなこと話したが、その中で料理の話もした。確か彼女曰はく、得意料理はビーフストロガノフ?だったはず。俺はそれが何かが分からなかったためネットで調べたが、俺みたいな素人が作れるようなものではなかった。


納得がいかず、じーっと茅秋の目を見ていると、茅秋は耳たぶを触りながら、



「し、心配しなくて良いよ! ちょっとした切り傷だから」



と言った。しかし彼女が何か隠していることはすぐに分かった。茅秋は嘘や隠し事があるときはに耳を触る癖がある。それは幼い頃からずっと変わっていない。茅秋が言いたがらないのだからあまり詮索しない方が良いだろう。



久し振りの授業に皆が疲れている様子の放課後。部活も依頼がなく、談笑だけで終わった。



「なぁ、悠! これから駅前のラーメン屋行かないか?」



凉が右手をチョキにして、箸でラーメンを食べる仕草をして見せてそう言ってきた。

夕飯のこと考えなくて良くなるし、良いかもな。



「いいね。行くか」


「そのラーメン屋ってこの前出来たばかりのとこ?」



夏恋が意気揚々と聞いてきた。



「そうだけど……お前も行く?」


「行きたい! 凄い行きたかったんだけど女子一人だと入りづらかったから! 茅秋と彩花と虹華も行こうよ。すごい美味しいって有名なんだよ!」



勢いで部員全員で行こうと企てる夏恋に伊深さんも滝野も賛同した。

まぁ、皆で行った方が楽しいしな。

しかし、茅秋だけは首を横に振った。



「茅秋、ラーメン嫌い?」


「ううん、好きだけど……今日は用事があるの」



悲しげにそう言う茅秋の頭を夏恋は優しく撫でて、



「用事なら仕方ないね。今度一緒に行こう?」


「うん……皆もごめんね。また明日!」



茅秋は走って帰って行った。

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