第50話 俺のせい
俺はどのくらいの時間走り続けているのだろうか。
茅秋を探し始めて、恐らく時間としては五分も経っていないが体感一時間は経っているような気がする。この広い公園を何周も探し回ったが茅秋を見つけることが出来ない。
……公園から出たのか?
俺は直感的に公園の近くにある河川敷へと向かった。
河川敷は会場の喧騒とは打って変わり、川のせせらぎが聞こえるだけで、恐ろしく静かだった。
額の汗を袖で拭い、斜面を端から端まで見渡すと、遠くに人が横たわっているのが見えた。暗くてよく見えないが俺は茅秋だとすぐに分かった。
「茅秋!!」
俺は再び走り出し、彼女の元へ駆け寄る。しかし、彼女はピクリともせず、ただ横になったままだった。
「茅秋、こんなところで寝てたら風邪引くぞ……?」
近寄りながら、冗談っぽく声を掛けるがやはり動かない。
何かがおかしい、そう思って顔を覗くと、青白くなった茅秋が酷く汗をかいて苦しそうにしていた。
「茅秋!!?」
軽く肩を叩いてみるが反応はない。気を失っているようだ。
俺は優しく茅秋を抱き上げ、祭り会場の救護所に向かった。かなりの人混みではあったが俺に抱えられているぐったりとした茅秋を見て、ぎょっと驚き、心配そうに道を開けてくれた。
すみませんと何度も言いながら俺は公園入り口付近にある救護所に全力で走る。
救護所に到着するなり、
「すみません! この子が気を失っていて……!」
と叫ぶように助けを求めると、顔に深いシワが刻まれた優しそうな白衣を着たおじさんが読んでいた本を閉じて椅子から立ち上がった。
「取り敢えずここに寝かせなさい」
「はい」
言われた通りに茅秋を簡易ベッドに寝かせる。
おじさんは閉じたままの茅秋の瞼を開き光を当てたり、手首の脈を測ったりしてから俺を見た。
「多分熱中症だね。そこの扇風機をここに持ってきて彼女に当たるように置きなさい」
「は、はい……!」
その後もおじさんは俺に茅秋の額と首元に冷水で濡らしたタオルを当てさせたりと、色々と指示をくれた。
少しして、
「……冷たくて気持ちいい」
「茅秋!」
茅秋は意識を取り戻した。
本当に良かった……
茅秋が目覚めたことに気が付いたおじさんは
「おぉ、起きたかい? お嬢さん、ちゃんと目は見えてるか?」
「……はい、見えます」
「じゃあ、今日は何日か分かるか?」
「はい、分かります」
おじさんの質問にゆっくりと答える茅秋。
すると、おじさんが今度は俺に話す。
「よし、にぃちゃん。そこの氷水の中にあるスポーツドリンクを飲ませてやれ」
「分かりました!」
おじさんが指差した氷水の入ったクーラーボックスの中からスポーツドリンクを取り出す。
「茅秋、少し起き上がれるか?」
「うん……」
俺は起き上がろうとする茅秋の背中に手を回して支えて、フタを開けたペットボトルを茅秋に渡す。
「おいしい……」
三口ほど飲んでから茅秋は小さくそう言った。
「そのペットボトルは全部飲みきりなさい。まだ会場は閉まらないからもう少し横になってて良いぞ」
おじさんはそれだけ言ってまたパイプ椅子に腰掛けて本を読み始めた。
少し休んでから、茅秋が「もう大丈夫」と言ったのでおじさんに一言お礼を言って帰り始めた。大丈夫とは言っても茅秋は失神してしまうほどの熱中症になったばかり、当然手を握って、何があっても良いように歩くのを支えた。
祭りが終わってからしばらく経ったので、すっかり駅までの道は空いていた。
俺達の住む街に着くまでほとんど会話はなかった。途中、俺が「大丈夫?」や「平気?」などと聞くが茅秋はこくんと頷くだけだった。
駅から茅秋の家までの道中、彼女の固く閉ざされた口がようやく開く。
「私、怒ってるんだよ?」
何に、などと訊かなくても理由は分かっていた。
きっと俺が茅秋に断りも入れずに美冬ちゃんと一緒に花火を観ていたからだ。
「何か私に言うことは?」
「ごめん」
「うん……言い訳はしないんだ」
「俺にそんな資格はないよ」
「じゃあ私から質問」
歩く足を止め、茅秋は俺へ向き直る。
「何でキスしたの?」
「へ?」
待て。確かにキスされそうにはなったが、未遂だし、たとえ茅秋の鞄の音で遮られなくとも俺は美冬ちゃんを止めるつもりだった。
「……キスしてないぞ」
「嘘は嫌」
「嘘じゃない! 不意打ちでされそうにはなったけど」
「ホントに……?」
茅秋は腰を抜かしたのか、その場に座り込んでしまった。
「でも……ごめんな」
俺は茅秋に手を差し伸べ、立ち上がらせた。
「私の方こそごめんなさい……」
「茅秋は何も悪くないよ」
茅秋の家の前に着くと茅秋は何か言いたげにもじもじし出した。
「どうした?」
「その……抱き締めて欲しいなって……」
「御安い御用だ」
そう言って茅秋を抱き締める。ちょっと力を入れれば壊れてしまいそうなほど華奢な身体を優しく包む込むように。
「なでなでして……」
茅秋は小さな声でそう言った。俺は言われた通りに茅秋の頭を撫でる。まるで小さな子供をあやしているようだ。
離れると茅秋はようやく笑顔を見せて、
「ありがとう。少し元気になった」
「良かった。倒れたばかりなんだから今日はすぐ休めよ?」
「うん、その……倒れているところ見つけてくれてありがとう」
それだけ言って茅秋は手を振って、家の中へ入っていった。
俺は茅秋の優しさに甘えすぎなのかもしれない。
そう思い知らされた一日だった。
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