第49話 サプライズ

目に涙を浮かべた茅秋は、鞄を置いたまま逃げるように走り出した。


俺は美冬ちゃんを置き去りにし、必死に追い掛ける。しかし、まるで俺の行く手を阻むように人の波が押し寄せ、茅秋を見失ってしまった。



「くそっ……!」



茅秋の鞄の中を見たところスマホがなかったため恐らく手に持っているのだろう。

何度も電話を掛けるが出ることはない。


どこに行ったんだ、茅秋……




────────────────────


用事をなるべく早く済ませ、足早に花火大会の会場へ向かう。



「結構ギリギリになっちゃうかも……」



電車が来るのを待ちながら、ホームの電子掲示板に表示された時計を見て、焦る気持ちが増幅する。


折角、悠くんの方から誘ってくれたのに、よりによってスケジュールにアレが入っていた。

屋台は回れなくてもせめて花火だけは一緒に見たかったため、合流する形で約束ししてもらった。



電車に乗り込み、奥の扉の前にもたれるように立った。正直、かなりヘトヘトだったが、悠くんにこれから会えると思えば疲れなんてどうってことなかった。


同じ車両にはちらほらとカップルがいて、女の子の方は浴衣に身を包んでいた。

きっと、彼氏に可愛いとか、似合ってるよとか言われたに違いない。ぎこちなく途切れ途切れに会話をする彼らは付き合いたてなのだろう。



もう少し前に花火大会の存在を知っていれば、予定を調整して、私も浴衣を着て悠くんに手を取ってもらいながら会場に向かったのかな……



目的の駅で降車し、駆け足で改札から出る。会場まではそう遠くはない。駆け足なら三分ほどで着くだろう。


滴る汗をハンカチで拭いつつ、会場に向けて踏み出すと、



ドーン……



「嘘っ!?」



低い爆発音が聞こえたのに驚いて、スマホの時計を見ると丁度花火の打ち上げが始まったところだった。



急がないと! ……そうだ、電話!



悠くんは今、妹の澪ちゃんといるはず。彼のスマホに電話を何度か鳴らすが出ない。恐らく花火の音で着信音に気付いていないのだろう。試しに澪ちゃんに掛けてみる。



『もしもし、茅秋お姉ちゃん?』


「澪ちゃん、今何処にいるの?」


『あー……ごめんなさい。私いま友達と回ってるの……』


「え!? それじゃあ悠くんは? 電話掛けても繋がらなくて……」


『分かんない。何処かで一人で見てるんじゃないかな……?』


「そっか、分かった。ありがとね」


『お姉ちゃん、ごめんね。私からもお兄ちゃんに掛けてみるから!』


「うん、ありがとう。またね」



私は電話を切り、闇雲に彼の姿を探し出した。どんな人混みの中からでも彼のことは見つけ出せる自信があったからだ。


まず屋台の出店スペースを走って見渡したがいない。一人ならレジャーシートの上で座ってみるエリアにいることは考えにくいだろうと、次は立ち見の場所へ走り出す。


人混みを掻き分け、ようやく立ち見の場所へと出る。ぐるっと辺りを見渡すと……いた。間違いなく大好きな彼だ。いきなり現れて、驚かせてやろうとこっそり後ろから近付くが、そこであることに気付く。


隣にいるのって確か……美冬ちゃんって子!?


足を止め、信じがたい状況に追い付かない頭の整理をしていると、二人は顔を近付け始める。美冬ちゃんは彼の首に手を回し、目を閉じた。

こんな光景、彼らが何をしようとしているかなんて誰でも分かる。


あぁ……私、浮気されてるんだ……


持っていた鞄が手から離れ、コンクリートの地面へ音をたてながら着地する。すると、その音に気付いた目の前の二人はこちらへ視線を向けた。

悠くんは目を丸くして驚き、美冬ちゃんは邪魔が入ったとばかりにこちらを睨んでいる。


私はここにいるのが怖くなり、逃げ出した。

逃げる私の後ろで悠くんが叫んでいる。

溢れる涙で視界がぼやけ始める。

悠くんたちが何をしていたかなんて知りたくない。



人混みから抜け、河川敷に出た。私は疲れきった足を休めるために斜面へと腰を下ろした。

しかし、呼吸を整えようとしても息切れが止まらない。汗も止まらず、次第に右手が痙攣し始める。意識が遠退いていき、倒れるように斜面に横になった。


「悠くんの……馬鹿……」

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