第26話 一難去ってまた一難
俺は今まで感じたことが無いほどの怒りを覚えていた。
茅秋の下駄箱にあんな事をした奴はC組の誰かで間違いない。だが、誰がやったのかが分からない以上どうもすることが出来ない。
すぐに先生に言ったものの、「ホームルームで全体に注意しておく」とだけ言ってまともに取り合ってくれなかった。
昼休みにボランティア部の仲間と伊深さんで部室に集まり、今朝の事を皆に話した。
「女の嫉妬って怖いわね……」
「いや……お前も女だろ……」
「私は嫉妬したからって嫌がらせをしようなんて思わないし」
夏恋が同じ扱いを受けたくないというよな口振りで涼に反論する。
「茅秋ごめん。俺のせいだ……」
「だ、大丈夫だよ! 悠くん! 上履きが汚くなったのはショックだけど、そこまで気にしてないし、ある程度は覚悟してたから……」
「いや、俺はお前が傷付くような事には巻き込みたくなかったんだ……後は俺だけでやる。皆ももうこの件には関わらない方がいい」
皆を守りたい、傷付けたくない。その思いで敢えて皆を突き放した。
「……嫌よ」
しかし、滝野が凛とした表情で反抗した。
「滝野、頼むよ……」
「嫌ってば。親友がこんな目にあわされたのに貴方だけに任せっぱなしだなんて私のプライドが許さない」
滝野の言葉に同意するように涼と夏恋が頷いた。
「乗り掛かった船だ。最後まで付き合うぜ」
「助けたいって思ってるのは私達も一緒だよ、悠」
「……皆、ありがとう」
俺が自分の我儘で皆を振り回していると勝手に思っていただけで、皆も俺と同じ考えだったのだ。
しかし、問題は犯人を見つけ出すことだ。正面から「嫌がらせをしているのは誰だ」などと訊いても「私です」と答える筈がない。何か良い方法がないだろうか……。
「私、考えたんだけど……」
茅秋が小さく手を挙げて口を開く。
「私がこのまま囮になれば……」
「駄目!!」
夏恋が即座に茅秋の出した意見をぶった斬った。
「囮なら私がやる。……茅秋は弱いくせに強がるから。こういう役は私がやるべきよ」
「夏恋ちゃん……好き!!」
「男の俺でもカッコいいと思ってしまったよ」
「え! それって好きってこと!? じゃあ全部終わったら恋人同士に……」
「何故そうなる!」
「むぅー…」
ぷく顔であざとく拗ねる夏恋。せっかくカッコ良かったのに台無しだな。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
今後の作戦としては、今まで茅秋がやっていたC組へ伊深さんに会いに行く役を夏恋が代わり、標的を夏恋に変えさせる。そして、嫌がらせをする奴等を全員炙り出したところで証拠を用意し、一斉検挙。
あの日、昇降口で伊深さんに嫌味を言っていた奴等は分かっている。恐らくだが、そいつらが今回のリーダー的存在なのだろう。
俺は無闇に介入することができないので彼女に任せるしかない……作戦が上手くいけば良いのだが……
────────────────────
作戦開始から3日目の夕方。
バイトの休憩中に夏恋から連絡が入った。
『犯人の顔と名前が全部分かった。人数は七人。全員C組で間違いないみたい。さっき全員で絡んで来たから証拠もしっかりゲットしておいた』
『了解。早速明日、先生に証拠を渡そう。それより大丈夫だったか? 』
すぐに返信すると、彼方もすぐに返してきた。
『大丈夫。突き飛ばされて、ちょっと肘を擦りむいただけ』
『怪我したのか!?』
『平気だってば(笑) 伊深さんの心の傷に比べたら大したことないよ』
またカッコいいこと言ってる……
『今度、ご褒美に何でも1つ言うことを聞くよ』
『ほんとに!? 何にしようかな~! 考えておくね』
『お手柔らかにな……?』
取り敢えず、夏恋のお陰でもうすぐ解決しそうだ。案外とあっさりだったな……
このまま簡単に終わると、そう思っていた。
次の日の朝、俺は夏恋、茅秋、伊深さんと職員室へ来ていた。
用があると俺達の担任の藍先生と、C組の担任である黒山先生だ。
「先生、これが証拠です。こいつらはこの三人に何度も嫌がらせを繰り返しています。」
二人に見せているのは先日、夏恋が七人に校舎裏へ呼び出され、調子に乗るなと突き飛ばされたり、夏恋がスマホに貼っていたボランティア部の皆で撮ったプリントシールを剥がして踏みつけている動画だった。カメラマンは涼である。彼に頼んで死角から撮影してもらった。
他にも、油性ペンで数えきれない程の罵詈雑言が書かれた夏恋の机の写真、茅秋の下駄箱の中にある泥だらけの上履きの写真、掃除当番を押し付けられて一人で教室の掃除をしている伊深さんの写真など……どれも見ていて不愉快になるものばかりだった。
これらを見た先生は眉を寄せ、唖然としていた。
「これを見てもまだ注意だけで済ませるおつもりですか?」
「……教員会議で話し合うよ。まあ、恐らくこの七人は停学処分になる」
黒山先生が淡々と答えた。震える声と寄せられた眉から、彼が怒っているのが分かった。
藍先生は嫌がらせを受けていた三人の頭を自分の胸に抱き寄せ、
「よく耐えた……! すぐに助けられなくてごめんな……」
安心したのか、伊深さんは号泣。茅秋と夏恋も目に涙を浮かべていた。
俺が思っていたより、茅秋は強いし、夏恋は弱かったのだ。彼女達を見て、もう自分だけの判断で何かをしまいと心に決めた。
昼休みに掲示板で虐めを行った七人の名前と停学処分の旨が書かれた紙が張り出されて、学校中が騒いでいた。
放課後、協力してくれた涼と滝野にも全てが解決したことを報告した。
聞くと伊深さんは俺しか友達がいないらしく、虐めが無くなったところで一人ぼっちに変わりないと乾いた笑いをしていた。そんな伊深さんを見て茅秋は「私達はもう友達だよ!」とフォローをしていた。
ここ最近いじめのことで部室の空気も少し張り詰めていたため、再び訪れた平穏にみんな楽しそうに笑っていた。
帰り際、皆と別れ、家の近くまで来たところでふと思った。
あれだけの虐めをするような連中が学校中の晒し者になって黙っているだろうか……
この瞬間、何かを良くない事が起きる気がした。虫の知らせってやつだ。
ボランティア部のグループラインで皆が今どこに居るか聞く。すると、すぐに通知音が鳴る。
涼はバスの中、家が同じ方向で一緒に帰っている夏恋と滝野はファーストフードに寄っているとの返信が来た。しかし、いくら待っても茅秋から連絡が来ず、既読数も3の文字から変わっていなかった。
心配になり、来た道を全力で戻り、茅秋の家の方へと駆け出す。
茅秋の家の三軒ほど手前の家の前で茅秋らしき姿と同じ制服の女生徒二名の姿があった。まだ米粒大でしか見えないのではっきりとは分からないが間違いない。
……確かあれは昇降口で伊深さんに絡んでいた、今回の虐めのリーダー!! まだ此方に気付いていないようだ。
茅秋は二人に突き飛ばされ、後ろへ転んでしまうのが見えた。続いて、一人が通学カバンで茅秋の頭部を殴った。
「おい!! お前ら!!」
まだ遠くの所から走りながら全力で叫ぶ。その声に気付いた二人は驚いて逃げ出した。
俺はそいつらを追いかけはせず、真っ先に転んだままの茅秋の元へ駆け寄る。
「茅秋! 大丈夫か!? 」
「悠くん……」
大きな外傷は見られないが、軽い脳震盪なのか意識が朦朧としている。
ゆっくりとお姫様抱っこで持ち上げ、茅秋の家に連れていき、肩でカメラ付きインターホンを鳴らす。
すると、茅秋の声によく似た茅秋の母、白鳥秋穂さんの声が聞こえてきた。
『はーい、あら? 悠くん?』
カメラには抱えられている茅秋が見えないらしく、俺にしか気付いていない。
「秋穂さん! 通して下さい! 茅秋が!」
少し後ろに下がって、俺に身を委ねてぐったりとしている茅秋が見えるようにして早く通して欲しいと訴える。
『茅秋!? どうしちゃったの!? 兎に角入って!』
秋穂さんがそう言うと大きな門がゆっくりと自動で開かれるが、待っていられず開ききる前に中に入り、玄関へ向かう。
開かれた扉からは秋穂さんが焦った表情で出て来た。
「どうしたの!?」
「軽い脳震盪だと思います。さっき、そこで学校で虐めをしていた奴等にカバンで殴られてて……」
「取り敢えず茅秋の部屋まで運んで貰ってもいいかしら!」
「はい!」
秋穂さんを先頭に茅秋の部屋へ入り、茅秋をゆっくりとベッドへ寝かせた。
「茅秋! 大丈夫?」
「うん……少しくらくらするだけ……」
母を心配させまいと笑顔で答える茅秋。
「すみません……俺がもう少し早く駆けつけられれば……!」
「ううん、ありがとう。どうしてこうなったのかは詳しく分からないけど、必死にこの子を助けに来てくれたのでしょ? その汗を見れば分かるわ」
秋穂さんは俺の額から流れる汗を見て言った。
「それじゃあ俺は今から学校に戻って先生にこの事を言って来ます」
「そう……よろしくね」
「悠くん……」
茅秋がぼーっとした表情で俺の名前を呼んだ。
「助けに来てくれてありがとう……大好き……」
「どういたしまして。良くなるまで寝てろよ」
その後、俺は学校へ行き、取り敢えず藍先生に全てを話した。
夜には茅秋から元気になったとの連絡が来た。あの時、俺が気付かずにいたら今頃茅秋はどうなっていたのか……考えるだけで恐ろしい。
次の日、掲示板を見たやつが話しているのを聞いて知ったのだが、茅秋に危害を加えた二人は退学になるらしい。
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